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輝明さんの裏の顔を知り、ショックに打ちひしがれる間もなく、彼に復讐することを決めた。皆で顔を突き合わせて復讐計画に集中し、さっきまでバタバタしていたゆえに、自宅でひとりきりになると、心の中に空しさが一気に広がっていく。
それと同時に、胸をかきむしりたいほどの悔しさで、唇をかみしめた。
彼の本性を見抜くことのできなかった、私にも非がある。交際期間が1年もあったのに、二股をかけられていたことすら、まったく気づけなかった。輝明さんを完全に信頼している私を見ていたからこそ、彼は結婚後も不倫を続けることができたのだろう。
「悲劇のヒロインを演じてる場合じゃないわ。私だけがやれることをしなければ!」
岡本さんが手渡してくれた調査書から、支店にいる愛人の遠藤さんの電話番号を探す。そして迷うことなく連絡をとった。コール音がしばらく鳴ったあとに出た声色は、喫茶店と同じだった。
『もしもし……』
「もしもし。私、津久野の妻です」
『あ、昼頃電話くれた関係、だったりします?』
喫茶店で岡本さんと喋った口調とは一転した、おどおどした感じは、やはり本妻である私が電話をかけたことで、彼女が衝撃を受けたと思われる。
「ええ。夫に襲われたのが不倫のキッカケだったということで、謝りたくてお電話いたしました」
事前に考えていたセリフが、流れるように口から飛び出した。だけど電話の向こう側は息を潜めて、黙り込んでしまう。
「本当に申し訳ありませんでした。あの人に脅されて、不倫を続けていたんでしょう?」
『あ……そ、んな感じで、す』
喫茶店での彼女のセリフ(体の相性がよかったから、言われるままに不倫した)というのを聞いていたので、キョどる遠藤さんの態度に違和感を覚えた。もしかしたら彼女が告げたことが、すべて真実じゃない可能性がある。
『奥さん、私が部長の不倫相手になったのは、ふたりめなんですけど、知ってました?』
「えっ?」
それは、調査書には載っていないことだった。
『津久野部長が結婚してすぐのときに、会社の同期同士で結婚した、花森さんという同僚の奥さんを寝取ったんです』
「……知りませんでした」
もしかして、W不倫していたってことになるの⁉
『花森さんの奥さんは、同期の中でマドンナ的な存在で仕事もできる、優秀な人だったみたいで。その彼女を落とした花森さんもイケメンで、仕事のできる方ということで、美男美女カップルだったみたい』
遠藤さんの説明を、複雑な心境で聞き入る。どうして輝明さんは、そんな同僚の仲を裂いたのか、まったく理解ができなかった。
『お互い課は違うけど、営業の仕事で花森さんが、部長の仕事を偶然奪っちゃって、課の売り上げが落ちたのが原因だって言ってたよ。ムカついたから寝取ってやったって、自慢気に言ってたなぁ』
(信じられない! 仕事を横取りされたからって、それをキッカケに不倫するとか、なんて短絡的な思考なんだろう)
心底呆れていると、饒舌に語った遠藤さんが笑った感じで、私に話しかける。
『寝取り飽きた部長が、私に手を出したっていうことで、わかってくれた?』
「ええ……」
『それで現在進行形で愛人がいる部長と奥さんは、別れるんでしょ?』
スマホから聞こえた”別れる”という言葉で、不倫されて挫けた心を立て直す。
「そのことで、約束してほしいことがあって電話したの。それを守ってくれたら、夫と離婚するわ」
『ほんとに? 部長の気を惹くために、わざわざ彼氏を作ってヤキモチ妬かせたりして、苦労していた日々が解消されるとか、絶対に守るって』
遠藤さんが輝明さんにかなり執着していることを知り、その気持ちを使ってやろうと思いつく。喫茶店では別れると言ったのに、私が告げた離婚の二文字に歓喜している様子は、正直なところ尋常とは思えない。
「輝明さんに、ちょっとした罰を与えようと考えているの。きっと心を折られるだろうから、彼を支えてあげてね」
木に縛りつけることと、会社に報告することを隠すべく、罰という言葉を使った。
会社に不貞行為に訴えたら、輝明さんだけじゃなく不倫相手の遠藤さんだって、なにかしら処分が下されるだろう。ふたり揃って仲良く、落ちるところまで落ちればいいと思っていたら。
『それって、どんな罰を与えるの? 見てみたいかも!』
「え……?」
予想外のリアクションに、私は思いっきりたじろいだ。
『撮影して送ってよ。そしたらこのこと、部長に秘密にしてあげるから』
「わかったわ。今かけてるスマホに動画を送ります。だから輝明さんには――」
『わかってるって。ナイショでしょ? 私Sだからこういう悪いコトをするの、結構楽しみなんだよね』
気を取り直して、3日後に決行することを伝えて、さっさとスマホを切った。
「すごい疲れた……」
こっちの想定を超えたセリフを言われ続けたことに、心底辟易する。だけど一番手のかかる相手を選び、最初に挑んだのはよかったと思われる。
一旦落ち着くべく、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出し、蓋を開けて勢いよく飲む。喉の乾きを癒すことはできても、心の空虚はそのままだった。
「ふぅ。次にすることは、両家に報告することよね」
輝明さんが私と付き合うにあたり、お互いの実家が近所だというのを知ったからこそ、私と付き合ったなんて――。
「不倫するのも、巧妙に隠しているところを見ると、実家の距離が近いのを便利に思ったから、私と交際した可能性があるわね」
今回は、それを使わせてもらうことにする。
是非とも私の実家に両家が集まり、ここぞとばかりに罰を与えられている彼の姿を、みんなに鑑賞してもらおうじゃないの!
こうして輝明さんの両親ならびに、私の両親に不倫の報告をし、今後の予定を告げた。そして実家に帰る私を気遣い、それぞれの母親から優しい声をかけてもらえたおかげで、勇気が出たのだった。