テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第十話 あなたが温まるまで
城下町の石畳は昼の光を跳ね返して、少しまぶしい。
焼きたての匂いが漂うパン屋の前で、私はまだ温かい丸パンをちぎって口に運んだ。
「やっぱりここのパンは違います、とても美味しいわ」
隣に立つウラシェルは何も食べず、静かに人の流れを見ている。
相変わらず無駄のない立ち姿。まるで飾られた彫像みたいだと私は思った。
その横顔を見ていたら、ふと思いついた。
「ねえ、ウラシェル」
「……はい」
「お金はあげるから、互いにプレゼントを買い合うのはどうでしょう」
「……仰せのままに」
この従順さが、とても愛おしかった。
「三十分後に、またここで集合しましょう」
私は軽い足取りで人混みの中へ入っていった。
カバン屋、靴屋、装身具店、櫛の店。
店先を覗いては首を傾げて、また次の店へ。
ウラシェルに似合うもの。
ウラシェルに必要なもの。
ウラシェルが喜ぶもの。
分からない。全然分からなかった。
立ち止まったのは、毛皮と冬物を扱う店の前だった。
分厚くて、重くて、羽毛をたっぷり詰めたキルトの上着。
首元にはふわふわの狐の毛皮がついていて、顔の周りまで暖かいだろう。
まだ慣れないこの地での生活は孤独感で仕方がないはずだ。
ウラシェルは寒く、辛いはず。
「これ、包んでください」
パン屋の前で落ち合って、私たちは包みを交換した。
「あなたに似合うと思いました」
少し誇らしい気持ちで言うと、ウラシェルは静かに受け取って、自分の包みを差し出してきた。
中に入っていたのは、革のロングブーツ。
飾り気もなく、ただの安物ブーツ。
でも。
「素敵……」
心からそう思った。
「これから毎日これ履きます。ありがとうウラシェル」
私はとても嬉しかった。生きてた中で、きっと一番。
ウラシェルは私があげた上着をまじまじと見つめていた。
「狐の毛皮で、強風が吹いても顔も寒くなることはないでしょう。私があげたマフラーと是非一緒に」
「……感謝いたします」
よかった。気に入ってくれた。
これで風も寒くないはず。よかった。
私はまた正しいものを与えた。
その時だった。
どん、と背中にぶつかられて、体がよろける。
「きゃ……」
振り向いた先にいたのは、酒臭い大きな男。
「どこ見て歩いてやがるこの小娘!」
赤い顔、濁った目。
初めてウラシェルと城下町で出かけた際も、こういう汚れた人たちの声が聞こえてきた。
私へ振り上げられる拳。
私はただ動けず、その拳が降ってくるのを待つだけしかできなかった。
怖くなって目を瞑った。
──あれ。
降ってこない……?
瞼を開けると、その手首を掴んだ手があった。
「……触るな」
低い声。
ウラシェルだった。
いつもより荒々しくて、凛々しい目。
なぜか、美しい横顔が一段と輝いて見える。
鍛えられた腕が、男の力を真正面から止めている。
「なんだてめぇは!あぁ?」
男が怒鳴る。
ウラシェルは睨み上げた。
整いすぎた顔が、逆に凍るみたいに冷たい。
「失せろ。酔いが醒める前に消えないと、次は腕じゃ済まない。二度と拳を振りあげられないほど深く抉ろうか」
いつもの丁寧な話し方じゃない。
荒くて、鋭くて、別人みたいな声。
男はウラシェルの脅しでか、それとも美貌か、一瞬ひるんで、舌打ちして人混みに消えていった。
静かになった道で、ウラシェルはすぐ私から目を逸らした。
「お怪我は」
いつもの声。いつもの言い方。
でも私は、すぐに返事ができなかった。
胸の奥が、熱くて苦しい。
私の前に立った背中。
掴み止めた強い手。
さっきの荒い声。
この人は、私を守ってくれた。
それが何度も、胸の中で繰り返される。
「……ウラシェル」
名前を呼ぶ声が、自分でも驚くくらい甘く震えていた。
彼は気づいただろうか。
きっとこれからも、気づかない。
でも気づかなくていい。私がいつか教えてあげるのだ。
この瞬間、私の中に生まれてしまった気持ちを。
ここから始まる。
私の恋に。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!