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〈今川澪 視点〉
” this world would be a whole lot better if we just made an effort to be less horrible to one another “
「お互いが少しでも思いやりを持つよう努力すれば、この世界はずっと良くなるだろう」という意味を持つこの言葉
実際に、トランスジェンダーを公表した俳優の多様性を謳った名言である。
_私は彼と同じく俳優業をやっていた。
芸名は今川澪、売れることに必死で仕事を選ばずにやり遂げた昨年の時代劇ドラマで大目玉を当て大ヒットした。
「主演の今川澪さん、クランクインしまーす!」
歓声と拍手が無駄に大きな音を出してスタジオに鳴り響く。
今までの脇役とは違い今回は詐欺師映画で初の主演を勝ち取った私は、ドギマギしつつもセットに足を踏み入れた。
「続きまして、𓏸𓏸役の五十嵐彩瑛さんクランクインしまーす!」
先程までの空気とはまた異なる冷たい風が吹くのが感じ取れた。スタジオに居た全員が彼女の方を振り向き、騒然とした表情で見つめる。
コツコツと徐々に大きくなるヒールの音に私は息を呑んだ。
黒く艷めく肩にまで満たない髪、漫画でしか見ないようなスラリとしたスタイル、これまでに目の当たりにした事の無い惹き付けられる美形顔。
神様はこの完璧な模型を造るのにどれほどの時間を費やしたのだろう。彼女は長い脚で私の目の前まで迫り、にこりと会釈した。
しかし、その瞳の奥にはどこか冷ややかで切なげな何かが映し出されているようにも思えた。
彼女は五十嵐彩瑛、数多くの有名作品に出演した名の知れた大物女優だ。
品とマナーはあるが、無愛想で何を考えているのか分からないサバサバした性格である。
他人に興味を持たない人なんだと誰もが認識していたが、路チューを週刊誌に撮られ一時期活動休止に追い込まれていたそう。
「今川澪ちゃん、初共演ね」
気がつくと、テレビの中のおとぎ話に登場するような人物が、私に語りかけていた。
「ですね、映画やドラマはいつも拝見させてもらっていました。共演なんて本当に夢のようです」
私は彼女の切れ長の美しい目と、潤った唇に交互に目を泳がせながら精一杯の笑みを浮かべた。
_「今日の撮影は以上でーす。この後、クランクインを記念した打ち上げをするので是非皆さん来てくださーい」
新人ディレクターがそう叫ぶと、他の出演者達はゾロゾロとスタジオを後にして行った。
_「澪ちゃんは行くの?飲み会」
少しだけ五十嵐さんに興味があった。酒に弱い私は少し返答に躊躇したがすぐに
「行きますよ。五十嵐さんが行くなら」
と答えた。
ガヤガヤと賑わう会場に入り、十数人で祝杯を挙げた。ディレクターや監督と話しながらも、僅かに視野に映る五十嵐さんを横目で確認していた。
_どんどんと声が遠くなっていく。頭が真っ白になり、身体はポカポカと暖かかった
重すぎる瞼を押し上げながら頷くも、やがて敗北し飽和していく私自身に身を任せた。
_微かに聞こえる低く落ち着いた声
「…困ったな。マネージャーとも繋がらない…」
その言葉を最後に、完全に音がプツンと消えていった。
_知ってる、この天井
気がつくと私は、女優が住んでるとは思えないほど狭く暗い自分の家の廊下に横たわっていた。
突如上から除く美しい顔が、眉を潜めて心配気な顔でこちらを見つめている。
「澪ちゃん、大丈夫?お酒弱いなら先に言っておいてくれないと…」
長く細い首筋に、潤った唇、そして私を見つめる大きな瞳。
酒のせいなのか、シラフでもこうなっていたかは分からない。
私は理性が効かなくなっていた
_「彩瑛さん」
私は五十嵐さんの胸ぐらを掴み、顔を引き寄せてキスをした。