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静まり返った部屋。
煙草の匂いと、微かな血の残り香。
ソファに座る者、立っている者。
それぞれが、それぞれの時間を過ごしている。
その中で──
一人だけ、異質だった。
南暁音。
壁際に立ったまま、微動だにしない。
視線はどこにも向いていない。
ただ、“そこにいる”だけ。
「……なぁ」
退屈そうな声が落ちる。
灰谷竜胆 が、ちらりと暁音を見る。
「お前、それでいいわけ?」
返事はない。
「無視かよ」
舌打ち。
その瞬間──
ガタン。
小さな音。
テーブルの端に置かれていたグラスが、床に落ちた。
「は?」
竜胆が眉をひそめる。
割れたガラス。
透明な破片が、床に散らばる。
原因は、暁音だった。
さっきまで動いていなかったはずの手が、
グラスに触れていた。
「……何してんだよ」
暁音は、床に視線を落とす。
しゃがむ。
そして──
そのまま、割れたガラスを“素手で掴んだ”。
ぐしゃ、
と鈍い音。
赤が滲む。
手のひらが切れている。
それでも、
「……」
表情は変わらない。
「おい、バカだろ」
竜胆が顔をしかめる。
暁音は、ゆっくりと手を持ち上げる。
滴る血。
そして、
ぽたり、と落ちた血を──
指でなぞった。
「……汚れた」
それだけ言って、
何事もなかったかのように立ち上がる。
沈黙。
空気が、明らかに変わった。
「……は、」
誰かが息を漏らす。
「気味わりぃどころじゃねぇだろ……」
その様子を、
灰谷蘭 が見ていた。
「……ねぇ」
くす、と笑う。
「それ、痛くないの?」
暁音は、ほんの少しだけ首を傾ける。
「……?」
数秒の沈黙。
「……わかんない」
その一言で、
場の空気が凍りついた。
「でさ」
蘭が、楽しそうに続ける。
「暁音ちゃん」
「……なに」
(ほんの一瞬の間)
「いいねぇ、それ」
蘭の目が、歪む。
「ほんとに人形みたい」
誰も、笑わなかった。
ただ一つ、確かなのは──
この場にいる全員が、
“同じこと”を思ったということ。
関わってはいけない。
それでも、
目が離せない。