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くだらねえな。 桜舞う並木道を一度も見上げることもなく、俺はズンズン歩いていく。
周辺には制服姿の小集団がポツリポツリ。桜を見上げて「綺麗」と騒ぎ、スマホでパシャパシャ撮っては「映え」とか騒いでやがる。くだらねえ。
その上、「きゃー!」と甲高く響く叫び声に、反射的に視線を右に目をやると、そこには白浜の浜辺と太陽で照らされた青い海。押しては引く波に合わせて、誰が一番前に出られるかを競う中学生達。
眩しさだけで出来た青春小説の一ページかと思うぐらいに、マジでくだらねーことで騒いでいやがる。
学ランは俺が通っていた中学のもので、ここは通学路。下校時間だと分かっているが、どうにも気分が悪い。
目を逸らそうと俯いた時、足元に花びらがひらりと舞い落ちた。
──その瞬間、脳裏に浮かんだ一文。
『桜の花びらがひらり、またひらり。背後より呼びかけられる、その名前。鼓膜に心地よく響いた声は、まるで鈴を転がしたかのような可憐でやわらかく、新たな出会いを予期させてくる。そんな夢心地に魅了された俺は、足を止め体をそちらに向けると──』
これは確か、中学の時に書いた一節。
くだらねえ。くだらねえ。
そんな黒歴史を振り払おうと、手入れもしていない髪を強く掻き、地面を強く蹴り付け歩き出した、その時。
「須藤翼さん」
背後から響いた声に、心臓がドクンと鳴った。
この名前を聞くのは、一体何年振りなのだろうか。胸の奥より、強く締め付けられる感覚が襲ってくる。
足を止めて、ゆっくり振り返る。
その目に映ったのは、白いセーラー服に、赤いリボン。膝元まで伸びる紺のスカートを靡かせ、風によって揺れる髪をそっと手繰り寄せる、しなやかな仕草。ぱっちりとした瞳と微笑みは、舞う花びら以上に鮮やかだった。
「藤城くんが須藤 翼さんだったんだね! さっきの小論文読んで分かったの! だって……!」
息を切らし、目を輝かせて、こちらにグングンと迫ってくる。クラスの中心にいる奴。
こいつの発言から、早々に悟る。
平穏な高校生活は、僅か二週間で終わりを告げてきたのだと。
「須藤 翼」
それは小説投稿サイトの筆名。
とは言っても、それは中学二年までの話であり、個人情報を漏らさないように細心の注意を払っていた。
進学先も、同級生がいない遠い高校をわざわざ選んだのによ。
……終わったな。
そう心付いた俺はこいつに背向け、桜の花びらを踏み荒らしながら、並木道を進む。
しかしこいつは、俺にぶつかる勢いで真ん前に駆け込んで来て道を塞いできやがった。
「ごめんなさい! 迷惑だったよね?」
そう口に出して頭をガパッと下げてきたが、俺はこいつの言葉に一切耳を傾けず、その横を抜けていく。
「二年前にアカウント消したよね? だから、また会えて、嬉しくて……」
しつこく俺の斜め後ろに付いてくるが、その足取りはおぼつかず、はぁ、はぁ、と息を切らせている。
バカがつくほどの真面目そうな、こいつのことだ。ホームルームを最後まで受けて、走って追いかけてきたのだろう。
徒歩三十分の距離を駆け足で? バカだろ? そこまでして、俺を笑い者にしたいってわけか?
そう思うと、抑えていた感情が沸々とわいてきた。
「勝手にしろよ!」
気付けば俺は荒げた声を出しており、ハッとなって振り向く。するとそこには、身を震わせ、潤ませた瞳をこちらに向けてくる姿があった。
血の気が引く思いだったが後には引けず、腹に溜まったものを吐き出していく。
「俺をバカにしたいんだろっ! クラス中に言えばいいじゃねぇかよ! 気分悪ぃんだよ!」
そう言い放ち、柔らかな桜の花びらを蹴散らせていった俺は前だけに目を向ける。
こいつが追い付けなくても、息が切れて何も話せなくても関係ねえ!
ただそこにあるのは、秘密を知られた事実だけ。こいつは敵、それ以上の関わりは不用。
胸の奥で渦を巻くのは怒りじゃない。秘密を暴かれた恐怖と、どうしようもない惨めさ。
それがより拍車をかけ、尖った刃を言葉に乗せて放つ。
……俺は、ここまで性根が腐ってしまったのか?
追いかけてきた女子の話もまともに聞かず、怒鳴り散らすのか?
喉の奥に酸っぱいものが込み上げ、吐き気が胸を焼く。
空を見上げれば、ひらひらと落ちてくる桜の花びら。それがまるで、あの日の雪のようで、俺は。
足を止め振り返ると、足をもたつかせながら息を切らせて駆け込んでくる、こいつの姿。
「待って……。違うの。バカにしたいんじゃなくて……」
呼吸を整えるのを忘れて話しかけてくる様子に、さすがに置いていくことはせず、話を聞くと腕組みを見せた。
「ありが……とう。あのね……、私は……」
俯き、はぁ、はぁ、と肩を上下に動かす息遣いに、いささかの疑念を持つ。頭一つ分小さなこいつの前でしゃがみ込み、視線を合わせた。
太陽の下に照らされた顔はやはり青白く、目を閉じ、険しい表情より、息苦しさが伝わってくる。
こいつのパリッとした制服の袖を掴んで、無理矢理しゃがみ込ませる。
「落ち着くまで喋んな」
こんな命令口調にも関わらず、険しい表情は僅かに和らぐ。
海風が並木道まで潮の香りを運び、陽光は桜を透かして舞い散らせる。
呼吸を整えたこいつはゆっくり立ち上がり、「時間を取らせてごめんなさい」とバカ律儀に一礼した。
そして、真っ直ぐな眼差しで言った。
「私に、小説の書き方を教えてください!」
両手で学生鞄を握り締め、深々と頭を下げてくる。
その目は先程までの怯えはなく、決意に満ちた眼差しでこちらを見つめていた。
──これが未来との、長く、険しい戦いの始まりであり。高校一年生にして人生を捨てていた、藤城直樹の人生を変える序章だったのだろう。