テラーノベル
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第五章 終わりのその先
警察に捕まったのは、数時間後のことだった。
通報したのは通りすがりの誰か。
ヒナノの体が、まだぬるいのに。
俺の手が、血の匂いで染まりきっているのに。
世界は、勝手に進み始めていた。
――8月6日。
初めて見たその日付に、俺はただ、震えた。
ああ、やっと……
やっと、今日が“明日”になった。
でも、そこにヒナノはいなかった。
もう、二度と。
*
「動機は……何だったの?」
取調室。
刑事の声は優しかった。
まるで、迷子をあやすような。
でも俺は、何も言えなかった。
喉の奥が焼けているみたいに、
言葉が出てこなかった。
だって、どう説明すればいい?
「彼女を殺せば世界が動くと思った」なんて。
笑われるか、殴られるかだ。
でも、本当だったんだ。
殺した瞬間、世界は確かに変わったんだ。
血の温度と引き換えに、時間は進んだ。
ヒナノの死と引き換えに。
*
校舎の前で、泣き崩れるヒナノの友達の姿が、ニュース映像で流れた。
「信じられない……あの子が、殺されるなんて……」
何も知らない顔。
何も感じていない声。
それが、
無限に繰り返された世界の中で、
ヒナノと俺が築いてきた“記憶”を、
すべて無価値にしていく。
俺だけが知っている。
俺だけが覚えている。
ヒナノが、
何度も笑ってくれて、
何度も手を振ってくれて、
俺のことを、ちゃんと、見てくれていたことを。
──俺はそれを、殺した。
その罪だけが、時間と一緒に残り続ける。
*
裁判はすぐに終わった。
少年院にも行けず、医療少年院。
“責任能力が不完全”という言葉に、弁護士は妙に安心していた。
だけど、俺にとってはどうでもよかった。
どこに送られてもいい。
どうせ、ヒナノは帰ってこない。
ベッドの上で、天井を見上げる。
白い蛍光灯がうるさく光っている。
まばたきのたびに、彼女の顔が浮かぶ。
泣いていた顔。
笑っていた顔。
助けてって叫んだ顔。
全部、俺が壊した。
全部、俺が殺した。
あれだけ愛した女の子を、
「いなくなればいい」なんて思った俺が。
*
俺の中の世界はずっと8月6日で止まっている。
毎日が少しずつ進んでいく。
カレンダーがめくられる音がする。
だけど、何一つ進まない。
心は、永遠にあの日に置き去りにされたまま。
俺は、生きている。
それが、地獄だった。
──これは、
ようやく終わった、最悪の誕生日の物語。
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