テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
柏木裕真には、秘密がある…
校舎裏に呼び出され、初対面の女子が顔を赤らめて思いを告げてくるときに、いつも夢想してしまうこと…もしも、これが、◯◯だったら。どんなに、胸が潰れるほどに、嬉しいだろうか、と。 断り文句すら、既に考えなくても出てくるようになった彼が、昇降口に急ぐ理由。
スマホで漫画を読みながら待っている小柄な後ろ姿。夏服が、汗で少し透けている。染めたことのない真っ黒な髪は、小学校のころから変わらない。自分を待ってくれている、ということに、特別な意味なんかないと分かっているのに、痛いほどの嬉しさが溢れてどうしようもないことも。
秘密だ。
「ん、終わった…?」
津田雪也は、顔を上げ、振り返ると、ちょっと笑いかけた。いつも無表情な顔が、笑うと少し幼くなる。いつもぶっきらぼうで、クラスメイトには、ほとんど笑顔を見せない雪也。彼が、自分には笑いかけることに、ちくちく胸を刺すような喜びを毎回味わっていることも。
秘密だ…。
「お待たせ!行こうぜ」
友達用の、親しげな、爽やか系の笑い方を見せる。いつか、笑い方を調節するのにも慣れてしまった。秘密を気づかれないように、でも好感を持ってもらえるように…そんなことをしているうちに、なんだか自分がどんな人間だったのか、よく分からなくなってくる。クラスでは、誰もが話しかけてくる陽キャの立ち位置。勉強は嫌いじゃないし、去年膝を駄目にするまでやっていたサッカーも好きだった。今だって、授業で活躍するくらいは、軽くやれる…そんな自分であるだけなのに、「好き」と初対面で言ってくる女子たちは、一体何を思ってそれをいうのか。
自分が笑顔の下に隠している、握りしめ続けている「秘密」の存在すら知らないのに。
「漫研、今日休み?」
「部室、エアコン効かないからさあ」
汗で張り付くシャツを指で浮かせ、風を入れながら言う。「うちでやるほうが作業はかどるんだよね…まあ、部誌さえ原稿出せればいいから」
その指先、鎖骨のかたち、透ける肌の色に、目を奪われてしまうことなんて…
絶対に秘密だ。
(今日絶対これで抜こ…)と、裕真は思った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!