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「好きな子が出来たから別れて欲しい」
付き合っている海斗先輩から別れを告げられたのは高校2年生の秋。
高校に入学して誘われるままサッカー部のマネージャーになった私は、同じサッカー部の一つ上の学年の海斗先輩に出会って大好きになって、自分から告白した。
笑顔で「俺も好きだったよ」と言ってくれた先輩。
彼女になって幸せな毎日で、それが突然に終わりが来るとは思わなかった。
「え?……ど、どう言うこと?」
「だから、他に好きな子が出来たんだよ」
海斗先輩は困ったような顔で苦笑いをした。
「そんな……」
言葉を詰まらせる私に
「そういうことだから……今までありがとう」
と言って私の前から去っていた。
信じられなくて、嘘だと思いたくても海斗先輩から別れを告げられたのは事実で、私は思いっきり泣いた。
海斗先輩は卒業を控えていたから、部活は引退している。
だけど学年は違っても校内で先輩とすれ違うことぐらいはあった。
すれ違った時の海斗先輩は私の方を見ることはなく、先輩の隣にいたのは派手目な顔立ちで陽キャと言われるタイプの女子。
私とはタイプが違う女子が側にいるということは、海斗先輩の新しい彼女
———好きな子なの?と私がその女子を見ている事に気づいたのか。
「ねぇ、今日の帰りはどうする?」
と勝ち誇った顔で私を一瞥した。
「—————っ!」
私は足早に去るしかなかった。
もう先輩は私の事は本当に、好きじゃなくなったんだ。
張り裂けそうな胸の痛みと心の傷。
そんな気持ちを抱えたまま、とうとう先輩は卒業式を迎えた。
卒業式を終えた先輩に、サッカー部員の皆でお別れの言葉をかける。
皆から少し下がった位置で、立っていた私の姿を捉えた先輩の顔。
眉間に皺を入れて目を細めて私を見ていた。
私を疎んじている?
そう思った私は俯き気味に
「おめでとうございます」
と小さな声で言うと、海斗先輩は
「ありがとう。元気でな」
と優しい声をかけてくれた。
私はその声に呼応するように顔を上げて先輩の顔を見ると、悲しげな笑顔を私に向けていた。
だけど海斗先輩は悲しく笑うのに私を見る瞳は慈しむように見ていたから、その表情に私は戸惑ってしまった。
でも今なら先輩にもう一度、前のように話しが出来るのでは?と思った。
「せ……」
と言いかけたのだけど、先輩は部員の皆に
「じゃあな!頑張れよ」
とエールをかけた後、背を向けて去っていた。
その背を見送っていた私とサッカー部員。
見送りが終わったと部員の一人、また一人と去っていく中で私だけが動かずに立ちすくんでいた。
一人残ってしまった私に「あら?」と言って近づいてきた卒業生の女子———前に先輩の隣にいた女子だった。
「未練がましく海斗を見ていたわね」
と嘲るように笑って
「海斗があなたと別れた理由、知っている?」
と言ってきた。
黙っている私に
「海斗はあなたのこと重荷だったみたいね」
とクスクス笑って去っていた。
私は下唇を噛む。
学校を出て、海沿いの道路の遊歩道を一人歩く。
私達の学校は海から少し小高なところにあって、海斗先輩と二人で何度も歩いた道。
海斗先輩と別れて一人で帰る事になった道。
先輩と一緒に歩いて海に沈む夕陽を何度も見た。
きらきらと光る波と波の飛沫の音を聞きながら、海斗先輩とお互いの夢や将来の事とかもいっぱい話した。
ある日、いつものように二人で歩いていたら海の方ではしゃぐ声が聞こえた。
二人で視線を向けると、砂浜にいた親子連れがサッカーボールを蹴って遊んでいた。
その姿を見つめていると先輩が
「俺も自分に子供が出来たらビーチサッカーしたいな」
と言った。
「うん。私も一緒に」 と言ってしまった私は、はっとして口に手を当てあてて顔を赤らめていると
「灯華(ともか)……」
と海斗先輩が私の名前を呼ぶ。
「一緒にビーチサッカーしような」
と言って海斗先輩は、赤く頬を染めている私にそっとキスをした。
高校生の私達。
まだこれからどうなるなんてわからない。 なのに将来の夢、一緒にいる夢を見た私が……重たかったんだ。
誰もいない砂浜の海を見つめて、涙がぼろぼろこぼれ落ちた。
この気持ちが海の藻屑となって、消えてくれたらいいのに……
打ち寄せて引く波の静かな音を聴きながら、私の恋は終わりを告げた。
──時は流れて私は企業で働く社会人として過ごしていた。
今日は太田悟と待ち合わせをして二人でレストランバー『freeze moon』という店に来ていた。
悟とは同僚の紹介で知り合った。
恋に臆病になっている私に良い人がいると紹介されて、何度か食事に行くようになっていた。
「此処は俺のお気に入りの店なんだ」
「そうなんだ」
「最初は取引先の人で、あ、その人は橋本さんというSE(システムエンジニア)なんだけど」
その人にお気に入りの店だと紹介されて、悟は一度一緒に来たが、自分も気に入ってしまった。
それからも何度か来ている店なんだと、悟は言った。
「素敵なお店だね。私も気に入ったわ」
私が微笑むと、悟は満面の笑みを浮かべた。
「ところでこの前にも言ったけど、本気で考えて欲しい」
「……」
「結婚を前提に付き合って欲しい」
悟からの告白に私はどう答えればいいのか、悩んでいた。
一緒にいて話も合って楽しい。
海斗先輩を想っていた時の気持ちとは違うけど、この人と一緒にいる時間を大事にしたいと思い始めていた自分がいる。
この気持ちが恋愛に当てはまるのか。
はっきりとはわからないけど、過去に縛られないで前に進みたいという気持ちはある。
私はゆっくりと頷いて言う。
「私でよければ……宜しくお願いします」
悟は瞠目してから、花開くような明るい顔になって 「ありがとう!」
と言って両手で私の手を握った。
私は悟の彼女になった。
重たい女だと、言われないようにしなくちゃいけないと思ってしまう私は、少しトラウマになっていたんだなって思った。
私達がそろそろ食事を終えようとした時だった。
来店したばかりのカップルが手を繋ぎながら歩いて、私達のテーブルを通り過ぎようとした。
「あれ?橋本さん」
と悟がカップルの男性に声をかけた。
悟の向かいに座る私は男性の後ろ姿しか見えなくて、悟が立ち上がって男性と話す。
「久しぶりですね。元気でしたか?」
と言った悟に
「ええ。元気ですよ」
と言った声は聞き覚えのある声。
「あ、紹介します。前に私が告白したいと言ってた女性。その彼女で今日から付き合うことになりました」
悟が嬉しそうな声で私を紹介したので、その男性がゆっくりと私に振り返る。
私と男性はお互いの顔をみて目を見張った。
「灯……華?」
と、私の名前を呼んだ男性の顔。
眼鏡をかけていたが、私が忘れるはずのない顔。
「海……斗先輩?」
呟くように海斗先輩の名を呼ぶ私に
「え?知り合い?」
悟が驚きながら言う。
私が頷くと、海斗先輩が
「彼女は……私の高校時代の部活の後輩です」
と言った。
後輩──元カノだと言わなかった。
いや、元カノだと言う方が気まずくなる。
わかっているけど……
一緒にいたことを無かった事にされているような気持ちになって、私の胸には小さな痛みが走った。
「そうなんだ!すごい偶然だね」
と笑顔を向ける悟は、海斗先輩の横にいる女性の手に視線を向けた。
悟は海斗先輩に
「彼女さん……ですか?」
と遠慮がちに聞く。
私も悟と同様に視線を女性の手に向けていたが、視線をゆっくりと女性の顔へと移したのだけど——
その女性は、私の顔を凝視していた。
──え?何?
動揺する私に、聞こえた海斗先輩は悟に
「そうですね……」
と返事をした。
その言葉に大きく反応したのは、女性の方だった。
目を大きく見開いて海斗先輩に
「ちょっと……」
と言いかけたのを遮るように、海斗先輩は繋いでいた女性の手を素早く引っ張っる。
「では、私達はここで失礼します」
と言って、海斗先輩は立ち去ろうとした。
悟は「え?あ、はい」と返したのだけど、すぐにハッとした顔になった。
「あの、橋本さん!」
慌てた声で引き止める悟に、海斗先輩は無言で見つめる。
「退職されると聞いたのですが、本当ですか?」
と聞いた悟に
「え?ああ、そうです」
海斗先輩は、穏やかな笑みを浮かべた。
「独立してフリーで仕事をすることになりました」
「そうなのですか?」
「ええ、御社には改めてご挨拶に伺うつもりです」
「そうですか。お待ちしています」
悟と会話を終えて海斗先輩は立ち去ろうとしたのだが、けど、歩みを止めて私達に振り返った。
「そういえば、お祝いの言葉を言ってなかったね」
と言ってから、私の顔を真っ直ぐに見て
「お幸せになってください」
と言った。
海斗先輩の口元は笑みを見せていたが、眼鏡の奥の瞳は笑っていなかった。
無機質な瞳で、私はその瞳が何を意味しているのか、わからない。
ただ、わかっていたのは、自分が何故か悲しくて、泣きたい気持ちになったことだけだった。
──海斗先輩と再会した後に迎えた土曜日。
私は通っていた高校の側にある海沿いの道路、その遊歩道に佇んで海を見ていた。
海斗先輩と再会したあの日──悟と恋人同志になって夜を過ごすはずだったのに、私は悟と一夜を過ごさずに帰った。
そして恋人になってからの初めての週末なのに、悟と一緒にいないで此処にいる。
どうして此処にいるのか。
過去は過去として、新しい一歩を踏み出して悟と共に歩く決心をしたのに、海斗先輩と再会。
『お幸せになってください』と言われた言葉を、過去から後押しをしてくれたのだと、受け止めたらいいだけ。
それなのに、その言葉と先輩の声が……頭の中で反響する。
鳴り止まない反響に抗えなくて、立ち止まってしまって動けなくなってしまった私は自分の気持ちを見失っていた。
「……悟が話していた橋本さんが、海斗先輩だって、気づけなかったなぁ」
苦笑いして独り言を呟く。
どこにでもある苗字で同じ人だと思わないよ。
海斗先輩、大学は経営学部に進学したはずなのにSEをしていたなんて……。
一緒にいた時に話していた将来の夢は変わっていたんだなぁって、思った。
だけどあれからは数年も経っているんだ。
人は色々変わって当たり前か。
外見も眼鏡かけていたなぁ……と考えていたら、ふと思い出した。
先輩と別れる前、あれは夏休み前だった。
帰り道にキラキラ光る波を見ながら先輩が
「最近、日差しが眩しくてキツイわ」 と
受験勉強のし過ぎで、視力が低下したと苦笑いした。
あの時の先輩の顔を鮮明に思い出した私は
「今の私の方がキツイわ……」
また独り言を呟いていると、黒い車が私の近くで止まった。
白いTシャツとジーンズに黒のテーラードジャケットを羽織りサングラスをかけた男性
「海斗……先輩」
が降りてきた。
先輩は運転席にいたのは、先輩と一緒にいた女性──彼女だ。
先輩は彼女に何かを言っていたが、彼女は私に目を向けると微笑んで会釈をした。
そして彼女は車を走らせて去っていくと、先輩は私に近づいて
「こんなところで何をしているんだ?」
と微笑む。
「先輩こそ……どうして?」
「近くに用事があってな。通り過ぎるところで灯華を見つけた」
海斗先輩は嬉しそうに笑った。
「私は散歩に来ただけで……」
「此処まで散歩って、随分遠くまで散歩しているんだな」
「……」
「太田さんは一緒じゃないのか?」
私が小さく頷くと先輩は
「……そう」
と言って海を見た。そして
「下まで行こうか」
と言い、遊歩道から砂浜に通じる階段に向かう。
「手を繋いでくれないか?」
「え?」
「俺、目が悪くなって階段を降りるのが不安定なんだ」
情けない顔で笑みを作る海斗先輩。
「サングラス……」
外せばいいのにと思ったら
「光が眩しくて外せないんだ。一応、度は入ってるから外せない」
そう言って先輩は私の手を握り
「行こう」
と言った。
砂浜に二人で座って海を見る。
「先輩、いつからそんなに目が悪くなったの……ですか?」
先輩はクスっと笑って
「前みたいな喋り方でいいよ」
と付き合っていた時のような話し方でいいと言ってから
「……灯華といた時から視力が悪くなって、徐々に悪くなった」
と言った。
そしてサングラスを外して、私の鼻先まで顔を近づけると
「裸眼ではこれぐらい近づかないと見えない」
と言って、すぐに顔を離す。
先輩に顔を近づけられたことで、私の体が熱くなり胸の鼓動が高鳴る。
何故、こんなことを平気でするのだろう?と思ったら、私の頭の中がぐちゃぐちゃになって
「私と付き合わなければ良かったですね」
と嫌味を、さらに
「だから他に好きな子が出来たんだね」
と言ってしまった。
私の言葉に先輩は大きく目を見開いていたが、サングラスをかけて
「それが原因じゃない」
と静かに言った。
もう感情が抑えられない私は
「じゃあ、好きな子は誰だったんですか?!」
先輩の横で勝ち誇った顔をして、卒業式に私に未練がましい重たい女と言った先輩女子。
後から部活仲間が、先輩と付き合ってなかったという事を教えてくれた。
先輩は誰を好きになったのか、それすらわからないままだった。
それを今、ぶつけようとする私に先輩は
「さあ……昔の事だったから忘れた。
それが何?
今、知ってどうするの?今更だろ?」
と言った。
その通りで、今更それを聞いたとして何になる?
私が黙り込むと先輩は優しい声で
「過ぎた事だよ。
灯華は太田さんとこれから一緒にいる。
いずれ結婚して母になって幸せになっていくのに、過ぎたことはどうでもいい。そうだろ?」
「……」
「幸せになれよ」
と言った。
過ぎた事──そう、もうあの日々は過ぎた過去。
先輩に言われて、私だけがまだ終わらせてなかった過去の恋。
涙が出そうになるのを堪えて、私は笑顔を無理やり作って言う。
「……そうだよね。今更聞くことでもないのに、変なこと言ってごめんなさい」
「気にすんな」
と言ってくれた先輩に、私はわざと明るい声を出して言った。
「海斗……先輩も、彼女さんと結婚する予定?」
なんで、こんな事を聞いてしまったのか?
自分自身の中でうまく整理ができていなかったけど、先輩も彼女と結婚する予定があるのなら、私達はお互いに違う相手がいて、その相手と前に進んでいく。
私達は別の道を歩いているんだと認識したかった。
先輩は少し黙り込んだ後
「……結婚の予定はないよ」
と言った。
「……そうなんだ」
「うん。俺はこの先結婚する予定もないし、子供を持ちたいとも思ってないから」
「え?」
だって、前に子供が出来たらビーチサッカーしたいと言っていたはずでは──と言いそうになったが
「どうして?」
とだけ聞いた。
「……まぁ自分がこれから生活する事で精一杯だから」
苦笑いする先輩に
「独立するって言ってたもんね。今は考えられないって事?」
って聞いたら先輩は
「……そう思ってていいよ」
歯切れが悪そうに言った。
その時に先輩の携帯の着信音が鳴って、先輩が電話をとり
「ああ、砂浜にいる」
そう言って電話を切った。
そして先輩は
「俺、帰るわ。じゃあな、灯華。幸せになれよ」
と言って立ち上がると、階段の方へ歩きだした。
私も立ち上がって先輩と一緒に行こうとした。
だけど、階段の上から彼女さんが姿を表して
「海斗!」と呼んで、先輩のそばに駆け寄った。
彼女さんは私を見て会釈すると、先輩の手を握り二人は寄り添うように階段を上がって去っていった。
その光景──また先輩の背を見送っていたけど、
あの時とは違う。
先輩にはもうパートナーがいる。
私も悟がいる。
私達はもう別の道、別の人生を歩く。
同じ人に2回も失恋したような気持ちになったけど、過ぎ去った事には振り返っちゃいけない。
先輩に『幸せになれよ』と言われたように、私は幸せにならなくちゃいけない。
涙が自然にポロポロと溢れたが、泣くのはこれが最後。
幸せになるから……そう誓って私の恋は本当に終わりを迎えた。
──あれから私は順調に悟と交際をして、悟との挙式を迎えた。
純白のウエディングドレスを纏い、私は教会から出てブーケトスを行った。
私が投げたブーケが弧を描いていく中で、私の視線は教会の格子状の塀の向こうにいる男女を捉えた。
それはサングラスをかけた海斗先輩と、先輩から一歩下がった位置にいる彼女さんだった。
悟は自分の仕事関係で私の先輩にあたる人だからと言って、自分の招待客として、海斗先輩に結婚式の招待状を送っていた。
だけど海斗先輩からの返信には、欠席がついていた。
“お幸せに”と手書きで書かれた一文だけが、添えてあった。
先輩は元彼だから、遠慮したのだと思った。
だけど先輩は、参加はせずに遠くで見ていてくれた。
先輩なりの行動。
祝いを込めてくれたんだと思ったら、涙が出そうになった。
海斗……私、幸せになるね。
──そっと心で誓った。
──
海斗は終始無言で教会から出てきた花嫁の姿を、目に焼き付けるように見ていた。
そして「行こうか」と言って、教会に背を向けて歩き出す。
車に向かう海斗の左手には、白い杖があった。
海斗は車の後部座席に深く座ると
「写真、上手く撮れた?」
と聞く。
「ちゃんと撮れたわよ」
花嫁を撮影した海斗の携帯を渡すと、海斗は
「ありがとう……姉ちゃん」
嬉しそうに笑った。
花嫁の灯華さんは最後まで、私のことを海斗の彼女だと思っていたようだけど、私は海斗の実の姉。
灯華さんと初めて会った時、海斗は咄嗟に私を姉と言わず恋人の振りをさせた。
海斗がそう思わせようとした理由がわからなかったから、海斗に
「なんで彼女のふりをさせるのよ?!」
と怒った。
だけど灯華さんの為だったとわかって、私は海斗に強く言えなかった。
でも今は、花嫁である灯華さんを見つめている海斗を、見ていられなくて
「ねぇ、本当にこれで良かったの?」
と聞くと、海斗は悲しげに笑った。
「これで良かったんだよ。俺と一緒にいても幸せになれない」
「そんなことはないって……」
「姉ちゃん!」
海斗は大きな声を出して、私の言葉を遮る。
「俺は目が見えなくなって、いやもうほとんど見えないんだよ?」
海斗は情けなく笑った。
──そう、海斗は失明する。
海斗の眼は難病と言われる疾患で、遺伝によるもの。
もちろん実姉である私も保因者だけど、海斗は発症した。
海斗の眼の異変は海斗が高校3年生の夏だった。
日差しが眩しいと、目が見えにくいと言う海斗に、初めは受験勉強で眼を酷使したせいかもと思っていた。
だけど違っていた。
私達の血筋が、遺伝のせいだったけど、海斗だけに発症した。
遺伝でも全員が発症するのではなくて50%の発症率で、隔世遺伝で発症することがある。
私達家族、親戚の三世代に発症した人がたまたまいなかったから、保因者であることを知らなかった。
この病気は緩やかに進行してすぐに失明するということはないけど、稀に劇症型があり、海斗はその劇症型だった。
告知されてからの海斗は、時間を惜しむように奔走した。
自分が失明しても生きていけるようにと、大学で経営学を学びながら、視覚障害者も就労が出来るSEの資格を取得した。
そして今、ほとんど見えなくなった海斗はSEとして独立した。
海斗は携帯の中のある灯華さんの写真を、拡大しながら言う。
「俺は見えなくなっても一人で生きていく準備はした。だから結婚や子供を作るなどの未来は、考えられないんだ」
顔を上げて、私を見る海斗。
「そりゃあ、この病気になっても結婚している人もいる。
保因者であることを話し合って、子供を持つかどうか選択したり、子供を持つ人もいる。
皆、それぞれ考えて向き合っていることも、知っている。
でも俺はね、自分の子供に病気が発症するかもと言う不安を、与えたくないと思うから」
「……」
「最近、遺伝子研究が進んでいるから、将来は怯えなくていいかもしれないけど……不確かな事は期待したくない」
そう言って灯華さんの写真に目を向けた海斗。
「ビーチサッカーはもう出来ないから」
愛おしそうに見つめる。
拡大しないと見えない海斗は、しばらく写真を見ていたが、静かに目を閉じた。
「最後に灯華の幸せそうな顔が見れたから、それだけで俺は満足なんだ」
と言った。
灯華さんの姿を目に焼き付けたのを最後に、海斗の眼は光を失った。
──二人の恋は終焉を迎えた。
fin