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まなこ〜友
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#ますしき
T
5,800
週末を使い、雅の部屋から少しずつ荷物を運び出した。寝るためだけに帰っていた雅の部屋は、驚くほど物が少ない。
家具をどかした後の床には埃ひとつ落ちておらず、拍子抜けするほどスムーズに退去作業は終わってしまった。
その後、私は我が家の間取りを眺めながら、何を新調すべきかなどの計画を立てる。
「何の家具を新調しようかな。ベッドもいっそ大きくする? 前から思っていたけど、二人で寝るには少し狭いわよね」
今あるのはセミダブル。一人なら贅沢に大の字になれるけれど、大人二人が並ぶと、寝返りを打つのにも気を使う。おまけに私の部屋は、一人で住むことしか当然考慮していなかった為、雅の荷物を受け入れるスペースすら確保できていない
あれこれとレイアウトを考えていると、雅が後ろから抱きつき、私の顔を覗き込んでくる。
「ベッド? 俺はあれでいいよ。お前とくっつけるじゃん」
どうしてくっついて寝る前提で話を進めるのか。部屋も余っているし、別にこの男専用のベッドを用意したっていい。
「……別々で寝るって手もあるわね。暑苦しいの嫌だし」
「はあ? ありえねー」
本気で心外そうな声を出しているけれど、私は寝る時くらいは広々と手足を伸ばしたい派だ。二人で眠るなら、せめてダブルサイズは譲れない。
家具の配置を考えながら、メジャーでサイズを測っていると、ポケットのスマートフォンが長く震えた。
画面を見ると、雅も後ろから一緒に画面を覗いてくる。
表示されているのは、母の名前だった。
「はい、もしもし」
『もしもし、元気にしてるの? 夏帆』
母からの定期連絡だった。雅と付き合っていると伝えてからは、以前の早く良い人を見つけてという催促が止み、電話の頻度もぐん、と減っていた。
「あー、うん。今はちょっと引越し準備で忙しいかな」
『引っ越すの?』
「私じゃなくて雅がね、近々一緒に住むことになったから」
報告しながら、すぐ真上にある顔を見上げる。私が母にさらっと同棲を伝えたのが意外だったのか、雅は少し驚いたように瞬きをした。だけどすぐに、本当に嬉しそうな顔で笑う。
何、この可愛い生き物。至近距離での顔面破壊力が強すぎて、一瞬、脳の回路がショートしそうになる。
嬉しそうなのは、目の前の男だけではなかった。
電話越しにも、母の弾んだ声が響く。
『ええ! そうなの! 結婚の話とか全く出ないからどうなってるのかと思ってたけど、進んでるのね』
「付き合ってまだ結婚考えるほど長くないのも事実ね。心配しなくても続いてるから安心して」
そう答えながら、私は胸の内で小さく息を吐いた。嘘を吐いていたあの時に比べれば、今の罪悪感はかなり減った。
きっかけがどうであれ、今の私にはもう後ろめたいことは何もない。着実に進んでいると報告できて、母を安心させられたことに、私も少し安心した。
『そうなの、また遊びに来なさいよ。今度は泊まりで』
「あはは、うん。考えとく」
適当に相槌を打って電話を切る。雅を連れて実家に泊まるというのは、まだ少しハードルが高い。そもそもこの男も…、と考えたが、この男なら別にいいよと泊まりにきそうだと思い、げんなりした。
スマホを置いて息を吐いたとき、ふと先ほどの会話で大事なことを思い出した。
もうすぐ年末年始がやってくる。例年通りなら、私は数日間実家へ帰省する予定だった。
その時、雅はどうするのだろうと過った。
大学時代から、彼が実家に帰るという話を聞いたことがない。それもそのはずで、雅の家庭環境は少し複雑なのだ。
「雅、年末年始どうするの?」
「適当に過ごすよ、実家なんてほとんど帰ってないし」
案の定、大学時代からそこは変わっていないようだった。
雅には母親しかいない。中学に上がるタイミングで両親が離婚し、それ以来、母子家庭で育ったと聞いている。
けれど、離婚を機に母親は家を空けることが増え、中学生活を送るうちに親子の会話は消え、雅自身も家には寄り付かなくなったらしい。
雅は特に仲が悪いとか恨んでいるとかはないと大学時代に話していたけど、特に近寄る理由もないと帰省をしなかった。
最初は寂しさを強がっているのかとも思ったけれど、どうやら本気で興味がないらしい。
「……今年は二人で過ごす?」
私の提案に、作業をしていた雅の手が止まった。
それからゆっくりとこちらに向き直る。
「いや、いいわ。夏帆の親に実家にも帰らせないで縛ってるとか思われたくないし、心配すんだから帰れよ」
「いい年こいた大人がそれも変でしょ。それとも一人がいい?」
「そうじゃねぇけど。本当に気にしてないし、心配しなくても利口にしてるから、安心して行ってこいよ。俺から離れたくないなら止めねぇけど」
「何で私が? あんたでしょ。強がりね」
「黙れよ」
軽口を叩き合うと、雅は私の頭をくしゃりと乱暴に撫でて、また作業に戻っていった。
一人で過ごすことになる雅を、同情したわけじゃないけど、彼に寂しい思いをさせたくないとは思ってしまった。
雅は雅で、私の家庭環境を理解し、自分よりも家族を優先しろと言ってくれている。
本当は、一緒に過ごしたかったのは雅じゃなくて、私の方だったのかもしれない。
コメント
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うわ、この話、めちゃくちゃ好きだ……。雅の「利口にしてるから」って台詞に、彼なりの遠慮と優しさが滲んでてグッときた。そして最後の「一緒に過ごしたかったのは雅じゃなくて、私の方だった」って気づき、すごく自然で胸に残る。お互いを思いやりながらも素直になれない二人の距離感が、じわじわと縮まっていく感じが心地よかった。