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#ロマンスファンタジー
百はな🍑
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ほどなくして――。馬で礼拝堂へ駆けつけたカイルは、手綱を引いた。
すでに周囲には、何人もの騎士がいた。野次馬を遠ざける者。地面に残された痕跡を調べる者。その中心で指示を飛ばしていたギルバートが、カイルに気づいて駆け寄ってくる。
「殿下!」
「状況は?」
「裏手で、黒魔法に使われたらしい家畜が見つかったっすよ!」
礼拝堂の裏には、一頭の山羊が倒れていた。その周囲には、黒い魔法陣が焼きついている。
「生命力を根こそぎ吸い上げて、魔力に変換したみたいっすね」
「黒魔法師は?」
「俺たちが着いたときには、もう」
カイルの表情が険しくなる。
「周辺をもう一度徹底的に捜せ。些細な痕跡も見落とすな」
「はっ!」
騎士たちが一斉に動き出した。
***
その頃――。私はアンナとともに、皇宮を抜け出していた。街は祭りに浮かれ、人で溢れ返っている。皇宮へ出入りする荷馬車の御者へ金貨を握らせ、私たちは積荷の陰へ身を潜めた。
向かう先は――貧民街の孤児院。かつて、アンナとソフィアが暮らしていた場所だ。
「今のお身体で、いきなり長距離移動なんて絶対ダメですからね!」
揺れる荷台で、アンナが声を潜める。
「まずは孤児院で体調を整えて、それから遠くの街へドロンしちゃいましょう!」
「でも、突然押しかけて迷惑じゃないかしら」
「院長先生なら、絶対に受け入れてくれますよっ!」
(……そうね)
(まずは、この子の安全が最優先よ)
ポケットへ手を入れる。指先に触れたのは――銀の懐中時計。取り出し、手のひらに載せた。裏蓋には、飾り文字で刻まれた名前。
《Sofia Selene Ordis》
(……この名前とも、もうすぐお別れなのね)
刻印を、指先でそっとなぞる。その下には、小さな琥珀色のトパーズ。カイル殿下から贈られた護身石だ。胸の奥が、ちくりと痛んだ。
(……何よ、これ)
あれほど逃げたかったはずなのに――。頭に浮かぶのは、あの人の顔ばかり。
(未練……?)
(違うわよ)
ぶんぶんと首を振る。
(思ったより長く一緒にいたから、多少情が湧いただけ)
それに――。
(一分一秒を惜しむ私にとって、時計は必需品だし!)
(だから持ってきただけ! 他意はない!)
必死に自分へ言い聞かせる。けれど――。
『勝手に首輪をつけておいて、他人に譲るなど許さん』
『一度噛みついたら――死んでも離さない』
無意識に、首筋へ触れた。
(……やめてよ)
(心臓が変な音を立ててるじゃない……)
ドン――!!
「……!」
大きな音が響く。幌の隙間から光が差し込み、夜空が鮮やかに染まった。
建国祭の花火だ。本当なら今頃――カイル殿下の隣で、二人で見上げていたはずの花火。懐中時計を、胸元でぎゅっと抱きしめる。
(……これで、いいのよ)
(もう忘れなきゃ……)
「お嬢様!」
アンナの声に、はっと顔を上げた。
「もうすぐ着きますよっ!」
「……ええ」
私は懐中時計を、ポケットへ押し込んだ。
***
礼拝堂の捜索を終える頃には、花火が上がり始めていた。
ドン――!
「……!」
空を見上げる。約束の時間だ。
「ギルバート! 残りは任せる!」
「えっ、殿下!?」
返事も待たず、馬を飛ばして皇宮へ戻った。そのままソフィアの部屋の扉を勢いよく開ける。
「ソフィア……?」
返事はない。部屋は真っ暗だった。寝室にも、衣装部屋にも――彼女の姿はない。それどころか、部屋は妙にがらんとして、荷物のほとんどが消えていた。
「…………」
机へ目を向ける。そこに置かれていたのは――署名済みの離婚書類。
「…………っ」
紙を握る手に、力が入る。その隣には、折り畳まれた白いハンカチが置かれていた。震える指で手に取る。布地の端に、銀糸で縫い込まれていたのは――。
《Kyle von Ordis》
自分の名前だった。狩猟大会へ向かう男性の無事を祈り、女性が贈る刺繍入りのハンカチ。
ソフィアは来月の狩猟大会で、これを自分へ渡すつもりだったのだろうか。なのに――それを離婚書類と一緒に残して、消えた。
「……何なんだ、お前は」
ハンカチへ視線を落とす。
「こんなものまで作っておいて……」
声が、わずかに震えた。
「……本当に、俺を捨てるつもりなのか……?」
そのとき――。ふと、あるものが頭をよぎった。
(……時計は?)
昨日ソフィアへ贈った、銀の懐中時計。部屋を見回すが、どこにもない。
(持っていったのか?)
「…………」
護身石には、自身の魔力が込められている。持ち主に命の危険が迫れば反応し、おおよその居場所を感じ取れる。今は――何も感じない。
(少なくとも……今すぐ危険が迫っているわけではない)
それだけが、せめてもの救いだった。ハンカチを、左胸のポケットへしまう。
コンコン。
扉が開き、書類を抱えたギルバートが顔を出した。
「殿下~? 執務室にいねえと思ったら、やっぱりこっちっすか。現場の報告書を――」
「ギルバート!」
「……はい?」
「ソフィアが消えた」
「…………は?」
「荷物をまとめ、離婚書類を置いていった」
「ええええっ!? り、離婚!? 妃殿下が逃げ出したんすか!?」
ギルバートが泡を食う。
「城下町と主要街道へ人を回せ。まだ遠くへは行っていないはずだ」
「見つけても騒ぎにはするな。居場所だけ、真っ先に俺へ知らせろ」
「……御意!」
ギルバートが駆け出していく。再び静かになった部屋で――カイルは無意識に、左胸へ手を当てた。
ドーン!
建国祭の花火が、夜空に鳴り響く。
***
「お嬢様、着きましたよっ!」
荷馬車を降りる。目の前には、温かみのあるオレンジ色の煉瓦造りの建物が佇んでいた。アンナが懐かしそうに微笑む。
「ここが、私たちの家ですよっ!」
私には、ここで暮らした記憶なんてない。それなのに――。
(……なんだか、懐かしい)
アンナが木の扉を、とんとんと叩いた。
「院長先生!」
ギィ……。古い扉がゆっくりと開く。
「一体誰だい――」
ランプを掲げた白髪の老女が、こちらを見る。その瞳が、大きく見開かれた。
「……ソフィア?」
コメント
1件
第52話、めっちゃ切なかった…!ソフィアが懐中時計をぎゅっと抱きしめるシーンと、カイルがハンカチ見つけるとこでグッときたわ。あの刺繍、狩猟大会のために用意してたんだなって思うと…。離婚届と一緒に置いていく切なさよ。二人のすれ違い、胸が痛いけど続きが気になりすぎる🔥