テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
院長先生は、ランプを取り落としそうになりながら私を見つめていた。
「院長先生……!」
「アンナ……?」
そして、再び私を見る。
「本当に……ソフィアなのかい……?」
皺だらけの温かな手が、私の両手をそっと包み込んだ。
「こんなに……大きくなって……」
院長先生の目から、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。
「ごめんよ……本当に、ごめんよ……」
「院長先生……?」
「私にもっと力があれば……あの日、あんたが連れていかれるのを止められたのに……」
震える手が、私の頬を優しく撫でる。
「何もしてやれなかった私を、どうか許しておくれ……」
(本来のソフィアは……ここで、心から愛されていたのね)
「……院長先生、顔を上げてください」
私はその手をしっかりと握り返した。それから、隣に立つアンナと顔を見合わせる。
「……しばらくの間だけ、私たちをここに置いていただけませんか?」
「何を言ってるんだい!」
院長先生は涙を拭うと、私とアンナをまとめて抱き寄せた。
「ここは、いつだってあんたたちの家だよ」
***
その夜。疲れているはずなのに、なかなか眠れなかった。
(……ん?)
ふと、耳元に熱さを感じた。 指先を伸ばすと、触れたのは――白い小さなピアス。
(熱い……?一体どうしちゃったの――)
その瞬間――視界が、真っ赤に染まった。
***
業火に呑まれる見知らぬ都。その中を、誰かに手を引かれて走る銀髪の少女。
(この子……幼い頃のソフィア!?)
――聖国ルミナリス。かつてオルディス帝国と国境を接していた小国が、敵国の侵攻を受けていた。
「ソフィア!」
「お母様……!」
煤でドレスを汚した美しい女性が、少女を強く抱きしめた。
「よく聞いて、ソフィア」
震える手で、娘の耳へ小さな白いピアスをつける。
『このピアスは、あなたの聖力を封じ、本来の姿を隠すものよ』
「……聖力を?」
『ええ。でも、あなたの命に危険が迫ったときだけ、封印が一時的に緩んで、その力があなたを守ってくれる』
『いい? 聖力の存在を知られてはだめ。力を見せれば、あなたは利用されるだけよ……!』
カチリとピアスが嵌まった途端――銀髪は金色へと変わった。
「お母様も、一緒に逃げよう! ねえ、お母様!」
「私は行けないわ」
「いや! お母様ぁっ!」
泣きじゃくる娘を、母妃はもう一度抱きしめた。
『行きなさい、ソフィア』
「……っ」
『何があっても、生き延びるのよ。……愛しているわ』
「お母様ぁぁぁーーっ!!」
伸ばした小さな手の向こうで、炎が上がった。
***
国境付近で力尽きたソフィアは村人に保護され、戦災孤児として帝都の孤児院へ送られた。アンナと庭を駆け、パンを分け合い、小さなベッドを並べて眠る。
(ここで、幸せに暮らしていたのね……)
だが――それも長くは続かなかった。
ドガァァンッ!!
孤児院の扉が、乱暴に蹴破られる。
『聖国の生き残りはどこだ!』
『緑の瞳に銀髪のガキを引きずり出せ!』
「きゃあっ!?」
武装した兵士たちが土足で踏み込んでくる。
(アンナが話してくれた、あの日だ!)
泣き叫ぶ子どもたちへ、剣先が向けられる。足を震わせながらも、ソフィアは耳元へ手を伸ばした。白いピアスを外す。
『連れて行きなさい。その代わり、この子たちには指一本触れさせないわ!』
『銀髪に緑の瞳――間違いない!』
『公爵閣下から、生かして連れてこいとの命令だ!』
***
連れて行かれた豪奢な屋敷で待っていたのは、ヴァンクロフト公爵だった。
『……ようやく見つけた。ルミナリス王家、最後の生き残りか』
公爵は値踏みするように見下ろした。
『恐れる必要はない。お前には、まだ利用価値があるからな』
『これは何だ』
公爵が白いピアスを取り上げる。
『……お母様の形見ですわ』
『魔道具か?』
鑑定師が調べ、首を振った。
『髪色を変える術式しか確認できません』
『ならば着けておけ。銀髪では目立ちすぎる』
公爵は冷たく告げた。
『身分はこちらで用意する。今日から、お前はルミナリスの王女ではない。私の娘として生きろ』
***
暗い地下室。成長したソフィアが、床に倒れていた。
『なぜだ! なぜ聖力が出ぬ!』
公爵が握るのは、黒い鞭のような魔道具。肌には傷一つ残らない。それなのに、焼かれるような激痛が走る。
『兵を治療しろ!』
***
そして――18歳の誕生日。
『……18になっても聖力の一つも使えぬとは……とんだ不良品だ』
床に転がるソフィアを、公爵はゴミを見るような目で見下ろした。
『ならば――別の使い道をしてもらう』
***
それから、ソフィアは頻繁に夜会へ連れ出されるようになった。そのたびに用意される、新しい豪華なドレス。
『今夜は、あの侯爵と踊れ』
『笑え。好意があると思わせろ』
命じられるまま男たちと踊り、酒席では隣へ座り、笑顔で話を聞き出した。
『まあ。また違うドレスですって』
『一度着たものは、気に入らないとすぐ処分してしまうそうよ』
『先日の伯爵の次は、今夜は侯爵ですって?』
『本当に男好きね』
いつしか社交界では、「男を弄び、贅沢を繰り返す悪女」だと噂されるようになった。
けれど――。
『アンナ。このドレスも売ってちょうだい。どうせ二度と着ないもの』
ソフィアは、小さく笑った。
『孤児院の子たちのパンに変えてあげて』
そんな日々が、数か月続いた。やがて――皇太子カイルとの政略結婚が決まった。
そして、何度も繰り返される死。処刑。毒。襲撃。死ぬたび、結婚式前日の朝へ戻される。それでも彼女は、100回やり直した。そして――101回目。
パチッと目を開けると――また、見慣れた天蓋付きベッドだった。
『……また、戻ってきたのね』
101回目の――同じ朝。皇太子妃になれば、もう簡単には手出しできない。だからなのか──その日、朝から公爵に地下室へ呼び出された。
『これが最後だ。聖力を出せ』
ふらつきながら、なんとか自室へ戻りベッドへ倒れ込んだ。もう、涙すら枯れ果てていた。
『……もう疲れたわ』
『私……もう、頑張れない……』
意識が、深い闇へ沈んでいった。
***
どれほどの時間が経ったのだろう。
『ソフィアお嬢様ったら! もうお時間ですよ! シャキッと起きてください!』
『ん……?』
身体を揺すられ、重たい瞼を開く。 天蓋付きベッド。高級羽毛布団。目の前にいるのは、茶色い髪の少女。
『やっとお目覚めですね! いつもなら昼寝なんてなさらないのに、珍しいこともあるものですね!』
『明日の式のための最終確認が山積みなんですから!』
『……式?』
『皇太子殿下との結婚式ですよ! 結・婚・式!』
「…………!」
(あ……)
(これ――)
(私が、この世界で目を覚ました、あの日だ!)
アンナは、私が珍しく昼寝をしていたと思っていた。でも――違った。あのとき眠りについたのは――。
(本来のソフィアだったんだ……)
***
気がつくと、私は以前にも来た、どこまでも続く真っ白な空間に立っていた。
少し離れた場所に、本来のソフィアが膝を抱えて座り込んでいる。
「……ソフィア」
呼びかけると、彼女がゆっくりと顔を上げた。駆け寄り、ぎゅっとその細い肩を抱きしめる。
「……つらかったわね。一人で……本当によく、ここまで頑張ったわ」
彼女の瞳に、じわりと涙が滲んだ。
「アンナにも……何も言わなかったのね」
『……言えるわけないわ』
『アンナが知れば、絶対に私を庇おうとする。そうしたら……あの公爵が、あの子に何をするか分からなかったから』
『……もう、あまり時間がないみたい』
指先が、光の粒子になって透け始める。
『でも……あなたなら、きっと大丈夫』
「待って! 行かないで!」
「まだ聞きたいことがたくさんあるの!」
伸ばした指先をすり抜け、彼女は穏やかに微笑んだ。その瞬間――ひとつの名前が、私の中へ流れ込んだ。
ソフィア・セレネ・ルミナリス。それが――彼女の、本当の名前だった。
コメント
1件
うわあああ第53話……!!!!!😭💕💕💕 ソフィアの本当の名前がついに明かされたね……「ソフィア・セレネ・ルミナリス」、めっちゃ美しい名前すぎて鳥肌立ったよ!!🐦🔥 孤児院の院長先生との再会シーン、涙が止まらなかった……「ここはいつだってあんたたちの家だよ」って言葉にすべてが詰まってるよね😢💖 それにあの白いピアスの秘密!お母様の最期の愛がずっとソフィアを守ってたんだなって思うともう……!!100回以上の死を繰り返してもなお前を向く強さ、本当に尊すぎる……。 原作ソフィアが「あなたなら大丈夫」って託したシーン、胸がぎゅっとなったよ。ひよりさん、この壮大な物語を紡いでくれて本当にありがとう……!!✨🌸
Tubling
1,098
花月夜れん
2,491
ひより
6,919
百はな🍑
5,936