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虚桜真白
お久しぶりです。リクエストそっちのけで書いてしまい申し訳ないです。
椅子の背を鳴らしながら伸びをする。ちらりと時計を確認すると、終業時間までもう少しといったところだった。今夜は金曜だが例の残業仲間はどうするつもりなのだろうと様子を見にいくことにした。
居酒屋やら何やら華の金曜日を楽しもうとする波とは真逆の方向へと進み、少し離れたオフィスの一角を目指す。
富士山の付箋に『休憩中』とだけ書いてあった。どうやら今夜も残業らしい。離席ついでに自分も休憩を取ってしまおうと、人気のない場所を求めてエレベーターに乗る。移動が面倒ではあるのだが、屋上の少し奥まった場所に全く人のいない場所があるのだ。自販機もそばにあってそこそこ利便性も高いので重宝している。しかし今日は、先客がいるようだった。ベンチの背から見知った頭が覗いている。
そこで回れ右をしてもよかったのだが別の場所を探すのも面倒で、そのまま足を進めた。日本ならいいかという気持ちもあったのと、自分なら邪険にはされないだろうという仄かな期待もあった。
日本は背もたれに頭を預け、その顔のうえに腕をのせている。こちらがやってきたのに全く反応がない様子を見るに寝ているのだろうか。普段は忙しそうに動き回っている両足も重力に負けたような無造作さで伸ばされていた。なんというか、こんなにだらけきっているのは珍しい。風邪を引かれては困るので、あと10分経ったら起こしてやろうと同じベンチの逆の端に座り、植えられた木の葉脈を目で追う。何か目的を持っていなければこちらまで寝てしまいそうなのだ。
夕方とはいえ西日はまだまだ強い。ジャケットの黒が熱を吸ってしまったようなので、仕方なく脱いで右腕に掛け替えた。ついでに袖も二回ほど捲る。
「……ジャケット脱いで、寒くないですか?」
日本はそのままの体勢で口だけを動かして聞いてきた。どうやら肌寒くなって起きたらしい。
「体温高いからな。」
「子供体温ってやつですか。」
「嫌だろこんな図体でかいの。」
くすくすと響く笑い声は掠れ気味で、しまいにはあくびが混じった。腕をさすっていたのでジャケットを頭からかぶせると日本はモゾモゾと先ほどの体勢に戻ってしまった。
「お前こんなところで寝て大丈夫か?」
「あんまり。腰がパキパキ言ってます。」
「エナドリいるか?」
「そんな社畜みたいなこと言わないでくださいよ。万能薬じゃないんだから……。」
「今日も仲良く残業だろう。ほら、起きたなら風邪引く前に中に戻るぞ。」
現実突きつけないでくださいよ、とくぐもった声が聞こえる。時計を見ると目安の10分が過ぎていた。あとは放っておいても自分で戻ってくるだろうとベンチから腰を浮かせかける。その瞬間不意にすとん、と左肩に心地よい重みが預けられた。
「日本?」
「もう色々借りといて図々しいんですけど、肩貸して貰えますか……。」
モゴモゴと尻すぼみになっていく布の塊がおかしくて思わず吹き出してしまう。
「うわ、揺れる。」
「すまん。」
どうにか笑いを抑えると、日本は肩に当てる頭の位置を何度か調整すると大きく息を吐き出した。
「ジャケット顔に被せたままでいいのか?」
うーん、と不明瞭な返事が聞こえる。相当眠いらしい。シャツのように軽い素材なわけでもないのだから寝苦しいだろうとジャケットを退けてやろうと思ったが、以前寝顔を見られたくないと言っていたことを思い出してやめた。
それにしても、本当に珍しい。
規則正しい寝息が聞こえ始めた頃、そんなことを考える。
日本が疲れたからと言って他人にもたれてくるようなことはこれまで無かったように思える。むしろ弱みやら疲労やらはひた隠しにして溜め込む方かと。アメリカやら中国やらに振り回されている内に多少他者に甘えでもしないとやってられないようになったのか、それとも俺ならいいかと考えたのか。
後者なら嬉しいと思う。日本の健康状態的に。
一点からぬくみが伝わってくる感覚は日本の家にあった冬用の家電……確かコタツ、と似ている。かなり体温が高いように感じるが眠っているせいだろうか。日本の呼吸と同時に微かに上下するジャケットに手を伸ばす。そっと退けると、日本の頬に少しだけ赤みが差していた。やはり暑かったんじゃないか。思わず漏れてしまう笑いを喉の奥で噛み殺しながら、少しだけ、と目を閉じた。
夢を見るでもなく、文字通り眠りに落ちていたようだ。日本が身動きするのに、起きているのか眠っているのか曖昧な状態から我に返る。目を休めるだけで寝るつもりはなかったのだが。あくびをしながら日本が頭を離す。肩から重みとぬくみが消えたのを少し残念に思いながら日本が伸びをし終えたところで声をかけた。
「おはよう。」
「おはようございます。……結構寝ちゃいましたね。」
「それはよかった。」
少し肩が痺れているような気がする。ぐるぐると腕を回していると、日本が遠慮がちに口を開いた。
「あの、お礼代わりに晩御飯行きませんか?」
いきなりの発言だったが、日本の性格上時間差で申し訳なさが出てきたというところだろう。むしろ誰かを頼るようになって褒めたいのだが。
「それは払い過ぎじゃないか?コーヒーくらいでいいんだが……。」
「えぇー、肩痺れちゃってるでしょ?採算取れませんよ。僕、ちょっと前にドイツさんが好きそうなお店見つけたんです。」
どういう計算が成されたのかはわからないが、日本側の黒字らしい。俺とて日本のおすすめの店は気になる。肩を貸したくらいで折り紙付きの場所を教えてくれると言うのならば、なんだかぼったくっているような気分にもなるというものだ。
「じゃあ割り勘で。場所はどこだ?」
「ちょっと歩きます。」
「駐車場あるか?今日車だから送ろう。」
「え。ちょっと何で自分から損しにいくんですか。」
なぜか日本がむっとした表情になった。これは何か無茶を言わないと納得しない顔だ。しかし、こういうことを言われて咄嗟に何か思いつくようなタイプではない。
「……じゃあ、また疲れたら肩貸してやるからいい店探しておいてくれ。」
日本は少し考え込むような素振りを見せた。こいつはたまにどういう基準で動いているのかわからないが、あまり食にこだわらない俺の好きそうな店とやらを探すのはかなり難易度が高いように思えるのでまぁクリアできるだろう。
「うん。それでいいです。」
案の定、日本はにっこりと頷いた。
***
「……ドイツさん。」
「どうした。」
「肩貸してください……。」
連休明けの火曜日。終業時間間際、なぜかやつれた顔の日本に声を掛けられた。
屋上まで移動し、数ヶ月前のベンチに腰掛ける。土日月と休みだったので次に借りにくるなら来週か来月かだと思っていたのだが。
「お前まさか休日出勤か?」
「いえ。めちゃめちゃ積みゲー消費しました……。なんか、逆に休み過ぎた反動でしんどくて……。」
休んだら休んだで疲れるとは難儀な奴である。
「まぁ、昨日まではこの時間まで寝てたのにとか思うよな。」
「ドイツさんでもそんなことあるんですね。」
「許せ。3日間とも12時くらいまで寝てたんだ。」
「いつも12時くらいまで起きてるんで帳消しですよ。」
「お前は早く寝ろ。睡眠は貯金しても意味ないんだからな。」
そよそよと吹く初夏の夜風に見合わない話をしながら、日本がもたれやすいように背筋を伸ばした。ぽすんと軽く肩が沈み込む。それから前回と同じように収まりのいい位置を探して頭をぐりぐりと動かしている。何だか丸まる前の猫が快適な体勢を整えようとくるくる回ったり、ニーディングしたりするのに少し似ている。
そんなことを考えている間に居心地の良い場所を見つけたのだろう。頭の動きが止まり、肩に重みが加わった。
そして一緒に目を瞑ること30分ほどで、日本は目を覚ました。
スマホの写真整理をしていると出てきた日本に連れて行ってもらったフレンチの写真を見返しながらそんなことを思い出していると、不意に声がした。
「へー。お前そこ知ってるんだ。」
「フランス。人のスマホを勝手に覗くな。」
サッと画面を伏せると、えーお堅〜いと笑われた。
「お前にしてはセンスいいじゃん。そこリーズナブルなのに美味しいからおすすめなんだけど。」
「よく行くのか?」
まぁね、と返されたので日本には悪いが二度と行かないことにした。ワインも美味しかったのでどうせこいつも飲むのだろう。休日に酒が入った同僚に出くわすのは心底嫌だ。
「日本におすすめしたんだよね〜。お酒が美味しいお店知らないかって聞かれて。」
そう言われ、改めて画面を見返す。確かに内装といい少しいけ好かない感じの店名といい、言われてみればこいつが好きそうな店だ。
「へーフランスってばおしゃんなお店紹介しちゃってるんね〜。張り切っちゃってー。」
「しばくよイタリア。」
ほらなんかこういうお皿持ってそうなんよ、とふらっと寄ってきたイタリアが勝手に画面を拡大して指を差す。
「書類できたか。」
はい、と手渡された紙をめくって確認していると二人が喋り始めた。
「てかフランスも日本に聞かれたんね?」
「お前も?」
「うん。いいお店知ってるだけ教えて〜って。」
思わず手が止まる。
「へーん。何だ僕だけかと思ってたのに。でもお前のおすすめ気になるね。」
「教えてあげよっか。」
「腹立つ。」
ドイツ、スマホと言われたのでパスワードを入れて検索エンジンを差し出してやる。
「おいドイツ、そいつにも怒れよ。」
「こいつは注意しても仕方がない。」
そうそう無駄無駄とイタリアはなぜか胸を張る。一応注意しておくと、一切褒めてはいない。
「あのね、こことこことここ。」
「全部こっから近いとこじゃん。さては社食に飽きたな日本。」
食いしん坊だもんね、と二人が笑う。
「お前ら、いい加減席に戻れ。昼休みはまだだろう。」
はーいとおざなりな返事をしてイタリアとフランスはどこかへ散っていった。あの様子では集中が切れたとか言って早めに休憩に入りに行ったのだろう。
しばらく静寂に浸っていると、コツコツと足音がした。
「すみませんドイツさん。」
ひょっこりと日本が顔を出す。
「日本。……休憩か?」
「今日は違いますよ。確認したいことがあったんです。」
今大丈夫ですか、と言われ頷くと日本が付箋に書いてあることを読み上げていく。一通り答え終わると、日本は思い出したように口を開いた。
「あ、そういえば次のお礼用のお店は色々探してるんですよね。リクエストとかってあったりしますか?」
今はイタリアンで考えてるんですけど、とスマホを取り出してオフィス近くの地図を開いてみせた日本を見て、思わず手を掴む。
「……和食。日本食がいい。」
***
おすすめの店からおすすめの和食店に条件を変更したのでネタが尽きてしまわないか心配だったが、流石は日本というべきか、一生かけても食べ切れそうにないほどいい店があるらしい。それに自分の好きな店の中から紹介していく方が楽しいらしく、最近妙に愉快げに目覚めるようになった。
「天ぷらとラーメンどっちがいいですか。」
お好み焼き屋から出るなり、日本はぴこぴこと惑わせるように2本の指を動かした。
「待て。ラーメンにも色々種類があるわけだろう?ヒントをくれ。」
「ヒントって……別にクイズでもないんですから。塩ですよ。」
「……天ぷら。」
「じゃあ今度はラーメンにしましょうか。」
「それで頼む。」
ドイツさんも食いしん坊になってきましたね、とほろ酔いの日本は肩を揺らして笑う。確かに日本に肩を貸すようになってから平均的なドイツ人のものとはかけ離れた食生活になってきているような気がする。まぁ何でもビールで流し込むよりは健康的なのだろうし問題はない。
「お前には負けるけどな。オコノミヤキにご飯ってどこに消えてるんだ。」
歩道橋を渡りながらそう言うと、日本は誇らしげに胸を張った。
「色んなとこにですよ。ご飯なんて食べても食べても足りないんですから。」
本当にどこへ消えているのやら。一向に太る様子もないのだから不思議だ。やはり日本食は健康食なのだろうか。いや、ヘルシーではあるのだろうがいかんせん塩分摂取量が多すぎる。なぜこれで健康寿命世界一をキープし続けているのか甚だ疑問だ。国民をターミネーターにでもしているのか。なんとなく日本の頬を引っ張るともちもちと伸びた。
「ここか。ここに消えてるのか。」
「痛い痛い痛い。」
妙に納得してぼんやりと頬を弄んでいると日本が身を捩った。
「あれ」
「あ、おい……!」
その拍子にバランスを崩したのか、日本は階段の一段目からずるりと足を滑らせた。咄嗟にカバンを放り出して脇から腕を差し込んで肩をホールドする。すかさず引き上げると、歩道橋の上で足の間に男を座らせる男という何とも珍妙な格好になってしまった。急激な運動にぜぇはぁと息をする。きょとんとした顔の日本と目が合う。すると、日本はけらけら笑い始めた。
「ふはっ、何かすごい面白い顔してますよドイツさん。んふっ、ふふっ……」
「……お前なぁ。……いや、さっきのは俺が悪いか。」
一度ため息を吐くと何だか急におかしくなって、二人して笑った。ひとしきり笑った後、先に立ち上がって、立とうとする日本に手を差し出す。
日本はズボンについた汚れを払うと、思わずといったふうにぽつりと呟いた。
「……帰りたくないなぁ。」
「そうだな。」
素直にそう返すと、日本は驚いたように振り返った。そのまま数秒見つめあう。
「……にほ、」
「なーに言ってるんですかドイツさん。明日も仕事でしょ。早く帰らないと。」
「……そうだな。」
ささ帰った帰った、と日本がくるりと背後に回ってきて背中を押す。しかし身長差で押しても意味がないと判断したのか、するりと手を取られて駆け出される。
ほとんど引きずられるようにして駅まで着いて行って、僕あっちなのでと終電に押し込まれてからスタンションポールに額を打ちつけた。顔が熱い。
逃げられた。
結局後戻りしたのは俺自身のくせに、そんなことを思った。
そのまま数駅分電車に運ばれて自宅へと向かう。駅から出たはいいものの、自宅までの距離をいつになく遠く感じて近くの公園で休むことにした。
そのまま夜風を浴びつつぐしゃぐしゃになった頭の中を整理していると、かすかに砂を踏む音が耳に届いた。顔を上げると、やけに長いシルエットが街灯に照らし出されていた。
「よぉドイツ。」
「……ソ連さん。どうも。」
どさりと音を立てて勝手にベンチの隣に腰を下ろされる。ふんふんと気ままな音程の鼻歌が聞こえるので、おおかた散々飲み歩いてきたのだろう。
「辛気臭ぇ顔だな。景気でも悪いのか?」
「触れにくい話題から入らないでください。」
「じゃあなんだ。」
くぁ、とあくびを噛み殺しながらそう尋ねられ、ふとこういう類の悩みは雑に聞き流されるくらいが丁度いいのではという考えが頭をよぎった。
「……日本のことなんですけど。」
「なんだ惚気か。」
秒殺だった。
「なんでこの人に話そうと思ったんだ俺……。」
「おいおい聞こえてるぞ。まぁ俺が頼れる男だからじゃないか?」
思わず膝に両肘をついて目を覆うと、笑いながらバシバシ肩を叩かれた。普通に痛いのでやめてほしい。
「本人に聞けばいいじゃねぇか。」
「……それができないからわざわざ相談したんですが。」
むっとして金の片目を軽く睨むと、ふっと口角を緩めてみせられた。
「お前ら何のために仲良しやってんだ?」
「そんなこと俺に聞かれても。」
「日本といるメリットは?」
「楽しい。」
「日本がお前といるメリットは?」
中々酷なことを聞く。楽な姿勢に座り直すところを横目で捉えたので気長に考えさせてもらうことにした。
「……わかりません。」
「だろうな。」
「だってそんなの日本にしかわからないことじゃないですか。」
だろうな、と先ほどと全く同じ答えが返ってきて、おちょくられているのかと隣を見やる。
「日本にとってもそうだろ。お前が自分に付き合ってくれるのがただ単に友達だからなのか、それともそれ以上が欲しいからか。わかんねぇのは別にお前だけじゃねぇよ。」
そう言われ、何か返そうとしたがやめた。そのまま静かに続きを待つ。
「俺らから見ればお前らはいつまでもガキだけどよ、お前らもう大人だろ?」
「ガキって……普通に大人ですけど。」
「もう我慢しなくていいんだぜ。」
ソ連はニヤリと唇をつり上げた。
「別に相手のこと蔑ろにしろって言ってるわけじゃないからな。実際お互い大切にできんのは間違いなくお前らの美点だ。……ただな、お前らはもっとわがままになった方がいい。」
スッと細められた目にいとも簡単に誤魔化し続けてきた感情を見抜かれて、仕方なく観念して頷く。
「そんだけあいつのことで悩めてんならそんなに悪いことにはなんねぇよ。」
そんなに悪いことにはならない。話の割に雑な着地点だ。
「他人事ですか。」
「他人事ですねー。」
あとは勝手に決めろ、とソ連は伸びをした。俺だってそこまで馬鹿ではない。自分が今日本に受けている扱いはかなり特別な種類のものであることは自覚している。勿論自分の気持ちも。ただ、俺たちはあまりにも長く一緒にいすぎたのだ。お互いに前にも後ろにも進むのが怖くなってしまうほどに。
「ソ連さん。」
「何だ。」
やっぱりこの人もしっかり誰かの親なんだな、と心の隅で思った。うちのろくでなしとは違ってこういう的確な方向を指し示してくるところは尊敬できるなとも。俺の父親は反面教師としての才能だけはあったことが救いか。
「飲酒はほどほどにした方がいいですよ。」
「絶妙に可愛げの足りねぇ奴だな。」
ぱし、と背を叩かれる。今度は痛くなかった。素直に感謝できなかったことを見透かすかのように笑われて、居心地が悪かった。
***
数週間後。例のベンチにもたれていると、頭上に影が差した。
「こんにちは。休憩ですか?」
日本だった。あの日以来久々に会ったような気がする。
「……あぁ、ちょっと問題があってな。」
まぁ座れ、と隣のスペースを手で叩く。
「問題って……あの、仕事関係でしたらわからないようにぼかしたりして話してみませんか?」
傍目八目と言いますし、と日本は遠慮がちに言った。心配しているとわかるくらいに眉が下がっている。僕口固いですよ、と付け加えて日本はじっとこちらの様子を伺った。
「……先延ばしにしてきた問題が一つあってな。」
「はい。」
「いい加減どうにかしようと思って動き始めたんだが、あまり上手くいきそうにないんだ。」
「珍しいですね。」
ふむと日本は考え込むように首を傾げた。
「最初から答えは見えてたんだが何せ悩んだ期間が長すぎてな。ちょっと見ないふりをしているうちに随分拗らせた。」
日本の眉間に軽いシワができた。それは大変だ、と表情が雄弁に語っている。
「……当事者以外にはむしろいい状態に見えるだろうし、俺達からしても別に悪い状態なわけでも悪化しそうなわけじゃない。ただ……多分、このままだと先がない。ずっとこのままになる。」
首を傾げて考え込んでいた日本が、弾かれたようにこちらの目を捉えた。それだけで決心やら何やらが頭の中でぐしゃぐしゃと絡まってしまいそうになる。
「……現状が何かの拍子で壊される前に、ちょっとでも正解に近付きたいわけですか?」
頷いてみせると日本は目を逸らした。
「多分、お互いに答えはわかってるんだ。ただ……お互いわがままになりきれない。」
「それは厄介ですね。」
どう思う、と尋ねると小さな拳が膝の上で握られた。もう日本も俺が何について悩んでいるのかはわかっているらしい。今度は俺が目を逸らした。
「……やっぱり、進むべきでしょうね。きっとドイツさんはわがままが下手でしょうから、特大のわがままが必要になる前に。」
ふっと笑う気配がして、俺は日本の顔を見下ろした。両目の黒は微かに揺れていて、笑みの形をとった唇はほんの少しだけ緊張しているように強張っている。
「……日本。」
「はい。」
「肩、貸してくれないか。」
「はい。」
ぽすり、と自分より狭い肩に頭をのせる。案外落ち着く位置を探り当てるのが難しくてモゾモゾと頭を動かしてしまった。日本がくすぐったそうに笑う。
「……手も、いいか?」
「……はい。」
左手を硬く握りしめられていた右手に伸ばす。手の甲に軽く触れると、日本の手が解けてただ握るだけのつもりだったのに指同士が絡んでしまった。やけに顔が熱い。それは隣の日本も同じだったようで、真っ赤に上気した顔と目が合った。じわりと重ね合った手のひらに汗が滲む。お互いの指の間をつっと汗が滑り、隙間が少し近くなる。
予感がした。理由はわからないが何かが変わる気がする。遠くから微かに、いつかのような柔らかい風が吹いてきた。
(終)
コメント
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みぅです🤍🥀 第35話、読み終わりました……噛み締めてます。 ドイツと日本のベンチでの距離感、すごく好きです。「肩貸してください」っていう日本の言葉、あれだけでどれだけ信頼してるか伝わってきて。ぬくもりとか、手を絡めるところとか、最後の「手も、いいか?」からの流れ、心臓がぎゅってなりました。 「お互いにわがままになりきれない」って台詞、重くて切なくて美しい。ソ連さんの「もう我慢しなくていいんだぜ」も刺さった……。ずっと見守ってきた読者として、この一歩が嬉しくてたまらないです。にわかさん、本当にありがとう。続きが待ち遠しいです🥀