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めぇめ~私明日学校休むね~
かぐやの熱はだいぶ下がったけれど、まだ体は重そう。
私は学校を早退し、妹の看病を続けていた。
看病中、私たちは初めて、互いの心の奥底を話し合うことができた。
「お水、飲む?かぐや。氷、もう少し入れておくね」
「ありがとう、花千夢」
かぐやは私からコップを受け取り、ゆっくりと水を飲んだ。いつも通りの丁寧な動作だが、声に力が戻ってきている。
「ねえ、かぐや。さっきの、寝言で言ってたこと……」
私は、昨日聞いた「囲まれて、笑えるから、すごい」という言葉の意味を、どうしても確認したかった。
かぐやは、一瞬目を閉じて、そして、静かに微笑んだ。
「……貴女は、私がずっと前から見ていた『太陽』だよ」
私は、その予想外の言葉に、何も言えなかった。
かぐやは、ゆっくりとベッドから身を起こし、机の引き出しの一つを、私に見えないように、そっと開けた。
そして、くたびれた古いノートを一冊取り出した。
そのノートは、彼女の普段の完璧な持ち物の中では、異質なほど年季が入っていた。
「これ、見て」
かぐやは、そのノートを私に差し出した。
それは、まさしく『スクラップブック』だった。
私は恐る恐るページを開いた。
そこには、新聞や学園の広報誌の切り抜き、スマホで撮ったらしい写真のプリントアウトが、几帳面に貼られていた。
しかし、そこに貼られていたのは、かぐや自身の完璧な成績表や、生徒会での活躍記録ではない。
「うそ……これ……」
私は息を呑んだ。
そこにあるのは、すべて、私_天野 花千夢の姿だった。
学園祭の広報誌で、壁新聞を破天荒な絵で飾っている、絵の具だらけの私。
クラス対抗リレーで転倒し、顔中泥だらけで笑っている、私。
陽太や泉、他のクラスメイトたちに囲まれて、お弁当を広げて大笑いしている、私。
私が作った、ナメクジみたいな星形キーホルダー(第2話)の小さな写真まで、綺麗に切り抜いて貼られていた。
それぞれの写真の下には、かぐやの几帳面な字で、小さなコメントが添えられていた。
『花千夢の周りには、いつも賑やかな光が渦巻いている。誰もがこの光に惹きつけられる。』
『転んでも、すぐに立ち上がれる勢い。私は、決して真似できない。』
『この笑顔は、学園の太陽そのもの。この熱が欲しい。』
私は、胸が締め付けられるのを感じた。私が必死に憎み、捨て去ろうとしていた自分の不器用な部分、騒がしい部分を、かぐやはこんなにも熱心に、憧憬の眼差しで観測していたのだ。
「どうして……どうしてこんなものを集めてたの?」
私の声は震えていた。
かぐやは、静かにスクラップブックの最後のページを開いた。
そこには、何も貼られていなかったが、日付と、かぐやの文字で、ただ一文だけが書かれていた。
『いつか、花千夢のように、心から、何の計算もなく笑いたい。』
かぐやは、目を伏せて話し始めた。
「私は、生まれた時から『完璧でなければ』と自分に言い聞かせてきた。皆の期待に応えること。それが、私の存在価値だったから」
「でも、貴女は、花千はは違った。貴女は、失敗しても、すぐに皆の笑いに変えて、その場を明るくできる。その自由な魂と制御不能な熱が、私には何よりも眩しかった」
「私が『お姫様』のフリをしていたのは、貴女の周りの賑やかな光の輪に、どうしても自分が入ることができなかったから。私は、皆と繋がれない孤独を、完璧な制御と優雅さで隠していただけだよ。完璧でいれば、誰も私の心には踏み込めない。それが、私の安全地帯だった。…花千夢、貴女の言った通りに」
私が欲しがっていた「優雅さ」は、かぐやが自分を守るために作った「鎖」だった。
かぐやが欲しがっていた「人気者」は、私が必死に価値がないと決めつけていた「彗星の勢い」だった。
「かぐや……」
私は、スクラップブックを抱きしめ、初めて、妹の痛みを心から理解した。
私たちは、同じ星の下に生まれたのに、互いの光の方向しか見ていなかった。
お互いの影の中に隠された、本当の渇望には、気づかずに。
「ごめんね、かぐや。私、ずっと、あなたのことが……羨ましくて、憎くて、本当にひどいこと言っちゃった」
「私もだよ、花千夢。私は貴女を、私を輝かせるための背景として見ていた。ごめん」
私は、涙を流しながら、スクラップブックに貼られた、笑っている自分の写真を見つめた。
その笑顔は、かぐやが憧れていた、私自身の姿だった。
【第10話 終了_完結】
完結させていただきました。
ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。
本当は15話完結予定で準備していたのですが、
このあとはあえて書かないで、想像していただけると嬉しいな、という形で終わらせていただきます。
ありがとうございました。
_こめめ