はらはらと流れる雫は、この世のどんなものより美しく清らかだと思った。
家族愛だと告げた瞬間、リディアの瞳からは止めどなく涙が溢れ出す。その時初めてディオンは気が付いた。リディアが自分の事をどう思っているのかを……。
ほんの少し前の自分なら歓喜し直ぐに妹を抱き締めただろう。だが今は違う。自分の愚かさに、ただただ腹立たしさを感じた。
(人のこと言えないね……)
本当に鈍感だったのは自分だった。
「リディア。悪いけど、少し休みたいから出て行って貰える?」
リディアの身体が震えていたのを感じた。だがそれ以上ディオンは彼女の顔を見る事もなければ声を掛ける事もしなかった……。きっと顔を見て声を聞いてしまったら我慢が利かず掻き抱いて「嘘だよ。お前を妹としてだけではなく、女として愛している」そう言ってしまうのは分かっていた。
音もなく涙を流す彼女はそのまま部屋から出て行った。
酷い兄だ。自覚はしている。だがこれでいい。全てリディアの為だ。
(これが、正しい……筈なんだ)
ディオンは顔を手で覆う。
昨夜から床に伏せている間に全てではないものの、少しずつ思い出して来た。
ーーあの古城での出来事は夢ではない。
これで何回目なのかは分からない。だが自分はこの時を繰り返し続けている。
未だに頭が掻き回されているかのようで気持ちが悪い、吐きそうだ。
ディオンは目を伏せた。
断片的な記憶や鮮明な記憶が混ざり合う。時系列は最早意味がない。
ーー本当の初め……あの日から、全ては始まった。
忙しさに感けている間に、叔父の勝手でリディアとラザールの婚約が決まってしまった。気付いた時には既に婚約は成立しており、いくらディオンでも覆す事は困難だった。仕方なしに一旦大人しく引き下がるフリをした。
婚儀を挙げるまでにどうにかしなくてはと思案し、だが手をこまねいていた時だった。ラザールと言う男は、リディアと婚約して僅か一ヶ月もしない内に外に女を囲い程なくしてリディアは婚約から半年程で婚約破棄され実家に戻って来た。正に僥倖だった。
あの日、妹が帰って来た日……安堵と歓喜に心が身体が震えた。そしてディオンの中にはこれまで以上の独占欲と執着心が芽生える。
ーーもう、リディアを手放ない。
(リディアは、俺の、俺だけのモノだ。誰にも渡さない。誰にも触れせない。誰にも見せたくない。自分だけの……リディアなんだ)
あの時のディオンはそんな狂気に支配されていた。
ただどうすればいいか分からない。どうやってこの愛を彼女に示せばいい……? 優しくしたい。幸せにしたい。護りたい。喜ばせたい。笑顔にしたい。
ーー自分だけを、愛して欲しい……。
ただディオンは自覚する程に不器用過ぎた。時間だけが無意味に過ぎていった。
そんな折、リディアが婚約破棄され実家に戻って来てから半年が過ぎた頃、事もあろうにリディアは王太子の婚約者に選ばれ王妃の強い要望から直ぐに婚儀を挙げる事になってしまった。
その事実に激しい目眩と動悸に襲われ頭の中は混乱した。冷静さなど最早何処にもない。怒りや悲しみ嫉妬、それだけだ。
気付いた時には、リディアの手を取り馬に跨っていた……。
ーーディオンはリディアを連れて逃亡した。
そして、ディオンは王太子妃を誘拐したとして反逆者として追われる身となった。
全てを裏切り、全てを捨て、彼女だけを連れた逃亡の日々が始まった。
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