どれだけ駆けたのか分からない。森へ入り暫く経つと辺りは日が落ち暗闇に包まれた。
流石にこの中を移動する事は出来ない。ディオンは適当な場所で止まり下りると、木に馬の縄を結ぶ。
その後リディアを抱き上げ馬から下ろした。戸惑った彼女の瞳と視線がぶつかる。何か言いたげに口を開くが何も発する事なくそれは閉じた。
『枝を集めてくる』
ディオンは上着を脱ぎ地面に敷いた。そしてリディアを座らせる。珍しく彼女は大人しく言葉に従った。
『今、火を着けるから』
集めて来た枝や葉に火打石を使い火を着けた。肩から下げていた少し大きめの鞄から麻袋を取り出すと中のパンをリディアへと手渡した。
この鞄は何時も遠方に任務へ赴く時に使っていた鞄だった。故に野宿する為の物は全て揃っている。
屋敷を飛び出た際にシモンに手渡された。食料はきっとシモンが入れてくれたのだろう。
何も言わずに深々と頭を下げて見送ってくれた。少し離れた場所にいたハンナも同様だった。
本来ならば無責任な主人だと罵られても文句は言えない。それなのにも関わらず彼等は最後までディオンを主人として扱ってくれた。
罪悪感に苛まれる。だが、後悔はしていない。自分は全てを捨ててリディアだけを選んだ。そこに後悔などは微塵もない……。
『……はい』
リディアは受け取ったパンを半分にすると返してきた。その事に目を見張る。
『俺は腹は空いてないからいない。お前が食べな』
半分嘘だった。一日中馬で駆けて身体は疲れており、食べ物を欲していた。ただ精神的には食べる気力はない。それにこれから先どうするかも分からない故、食料は出来るだけ残しておいた方がいい。
『嘘つき』
『なっ』
意外な言葉にディオンは言葉が出ない。
『私は半分で十分よ。だからディオンも食べて』
『いや、俺は』
『確り食べないともたないわよ。捕まっちゃってもいいの?』
リディアはそう言って笑うとパンを齧る。
『私、王太子妃なんて柄じゃないもの。こうやってパンを齧る事も一生出来なくなるなんてごめんだわ。それにあのお母様至上主義の王太子となんて結婚したくないし』
少し戯けてリディアは話す。
ディオンは唇を噛んだ。なんて自分は愚かなんだろう。リディアが自分に気を遣い話しているのは明白だった。
自分はといえば、自分の気持ちばかりを考えていた。リディアの気持ちをほんの僅かさえ考える事もなく衝動に駆られ連れ出してしまった。
手をキツく握り締め俯く。これでは兄としても男としても失格だ。リディアの顔を真面に見れない。
『ディオン?……もう、しょうがないわね。ほら、あ~ん』
その声に顔を上げた瞬間、口に無理矢理パンの欠片を突っ込まれた。
『ゔっ⁉︎……ゴホッ』
『ふふ。何してるのよ』
『それはこっちの台詞だ! お前の所為……』
口の中のパンを咀嚼しながら文句を垂れるが、途中で口を閉じた。それはリディアが真っ直ぐにディオンを凝視していたからだ。射抜く様な大きく美しい瞳に目を逸らせなかった。
『ディオン、貴方は悪くない。だから大丈夫、大丈夫よ』
『リディア……』
全てを赦し幼子をあやす母の様な言葉に胸が締め付けられる。
『ディオン…………それにね、私……』
『リディア?』
『眠い……』
『は? あ、おい!』
手に齧りかけのパンを握ったままリディアは急に眠ってしまった。ディオンは慌てて力の抜けたリディアの身体を抱きとめる。
『本当、変わらないな……』
食事中に寝るとは赤子かと……苦笑した。まあ随分と無理をさせた故、かなり疲労しているのだろう。
ディオンは齧りかけのパンを一口齧り、もう半分と一緒に布に包み袋に戻した。朝にでも食べよう。身体が痛くならない様にと、ディオンはリディアを背後から抱き抱え自身をクッションにして目を伏せる。
ただリディアの様に熟睡する訳にはいかない。夜といえど、追手が来る可能性も考えられる。但し少しは休まないと身体がもたいない故、仮眠を取る。頭の中ではこれからどうするかを思案しながら……。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!