ラメ入りぷっくりシール、持った。
プロフィール帳、持った。
デコった交換日記、持った。
対、甘宮恵(9歳)戦、出撃装備完了。
そして、今日のライブ用衣装も持った。
これで小学生女児アイドルの準備よし。
鞄の中につめこんだ物を確認し、家を出ようとすると後ろから天使の美声が降りかかる。
「お兄ちゃん、ライブしに行くの?」
「お、おうっ。夢来か」
今日は【アイドル研修生】として、初のライブ。
許容人数200人のライブハウスで、1時間だけのお披露目だ。
「わたしも見に行くから、頑張って?」
「お前みたいな美少女に来られたら、会場のみんなはどっちがアイドルかわからなくなるぞ」
「馬鹿言わないでよ。ライブが終わったらすぐ帰るよね? あんまり遅くなっちゃダメだよ?」
「お前こそ、帰りは早めにな。夢来みたいな子を会場の奴らが放っておくわけないしな」
「そんなのありえないから。ファンのみんなはお兄ちゃんだけを目当てに来てるはずだよ」
他のメンバーもいるんだけどな、なんて喉元まで出かかった言葉は消えてしまう。
軽い笑みで俺の注意をあしらう天使の顔が、俺の一番星と……被ったのだ。
「でも、お兄ちゃんがそう言うなら」
コクリと頷いた夢来は、俺のおせっかいをまんざらでもなさそうに笑顔で受けとめる。
魔法少女になってから毎日、大変な思いをしている。けれどこの笑顔を守れたのなら、こんな二重生活なんて軽い代償だ。
本心からそう思える。それは間違いない。
だけど……あいつがいなくなってしまった日から、俺の心にはポッカリと穴があいたような感覚が続いているのだ。
◇
「ずっと一緒って言ったのに……このままじゃ、きらちゃんに置いて行かれちゃう……」
「大丈夫だよ、めぐ」
ライブ会場に行く前に、俺は【シード機関】に寄っていた。講義前の甘宮恵へ交換日記を渡すためだ。
「でも、今日だってきらちゃんはライブで、わたしは候補生用の講義を受けるだけ」
「地道にやっていこう。焦って……しょ、消失しちゃったら悲しい……からさ」
「……うんっ、うん! そうだね」
にぱぁーっと無垢な笑顔で俺の腕をギュッとしてくれる甘宮に、どうしたものかと思う。強引に手をふりほどく訳にもいかず、俺は甘宮のなすがままにされる。
「わたしもいつかは研修生になって、きらちゃんと一緒に踊るー」
『ファヴニール』、『ユダ』、『デュラハン』、三体の【降臨】級を倒すのに一役買った俺は、【アイドル研修生】へと飛び級を果たした。具体的な序列は3313位から3109位だ。むろん、序列196位の切継、序列8位の星咲、序列6位の明智、三名による功績が大きいと判断されたのは言うまでも無い。むしろ俺はその場に留まったという命令違反で、昇格試験の評価はマイナスだった。そんな上の意思に『俺の存在が勝利の鍵を握っていた』と、意見を挟んでくれたのが切継と明智だ。
彼女らのおかげで昇級できたと言っても過言ではない。
周囲のアイドル候補生や研修生からは星咲に特別扱いされ、最後まで星咲におんぶにだっこ、という評価をつけられてはいるが……【シード機関】の方は俺に対しそれなりの高評価をしてくれている。
「じゃあ、おれ……私はそろそろライブハウスに行かないとだから」
「うんっ、がんばってね! あとでシール交換もたっくさんしようね?」
「お、わたしは、そのクマさんシールがいいな」
「きらちゃんが持ってるモモメロが欲しいなぁ」
「もちろんいいよ!」
あははは……。
すっかり女子小学生しちゃってる自分を残念と思わなくもないが……甘宮の無邪気さが、鬱々とした気分を紛らわしてくれるので助かっている。
◇
ライブ会場の控室に入れば、今日一緒にライブをする【アイドル研修生】たちが既に到着していた。俺たちは、暫定的な6人グループユニットを組んで今回のライブを敢行する。ちなみにグループの平均年齢は11歳とかなり幼めで、アイドル業界でも将来を期待されているメンバーばかりだ。
みんなは入念にメイクを施し、髪型のチェックをスタイリストさんに任せている。
その中には、クラスメイトの大志を殺処分した、金髪ツインテ双子姉妹の『汝乃ロア』と『汝乃リア』も含まれている。
俺の入室を姉であるロアが一早く気付き、薄い笑みを向けてくる。
「リアよ。やはり、わしの目論見どおりじゃったろ。あやつは早々に昇格してくると」
「お姉ちゃんがあの子に目を付けたのには納得がいきました」
「【地下女神】にも、目をかけられておるようじゃしの」
「ちょっとずるいですよ、アレは」
なにやらコソコソと俺の事を話しているようだけど、俺は敢えて無視をする。魔法力で聴覚を強化し、盗み聞きする手段もあるがそれはしない。星咲に特別扱いをしてもらい、序列200位以上すっとばしての昇級をきめてから、あーいったコソコソ風景は見慣れたものだ。
気にしないのが一番。
俺は迫るライブの準備をするべく、さっさと鏡面台へ向き合う事にする。
スタイリストさんが俺の髪に手を入れ、髪型を整え始めたところで聞き慣れた声が俺にかけられた。
「きらちゃん。星咲さんは消えてないわ。私達、魔法少女の心の中では永久よ」
ライブ会場の控室でクラスメイトと顔を合わせるのも不思議なもんだ。
そんな風に思いながら、【銀白昼夢】状態の俺は切継へと目を向ける。
「……わかっています」
どうやら俺の初主演ライブということで、切継はタイトスケジュールを調整してまで、わざわざ俺の様子を見に来てくれたらしい。
「わかっているならいいの。今日のライブ、練習の成果を出しきるのよ」
「……はい」
「星咲さんよりは頼りにならないかもだけれど、貴女にはわたしがついているわ」
「切継さんにはよくしてもらっています。ありがとうございます」
切継は星咲が消えてからというもの、よくこうして『白星きら』としての俺の面倒を見てくれるようになった。時間が空いてればアイドル業界の知識を教えてくれたり、ダンスコーチをしてくれたり。
そんな大先輩が俺を元気づけるように、膝をついては目線を合わせてくれる。
「ご飯さえくれれば、私は何でもするわ」
相変わらずの食いしん坊キャラだ。
控えめの笑顔を向ける切継に、コクリと頷き返す。
「こんなにチョロいお友達、他にはいないでしょう?」
切継なりの励ましをふまえたジョークなのだろう。
こいつは、クールに見えて優しい奴なんだ。鈴木吉良の俺に、あんなにも熱く星咲を庇う心があったのだから。
俺は彼女が応援してくれる気持ちに応えるべく、先程よりも力強く頷いた。
◇
ライブハウスは予測していたよりも人が多く、満杯状態だった。
来てくれた人達に笑顔を送り、俺は魔法少女アイドルとしてステージに立った。
振り付けは完璧以上に、綺麗に見せる。
だけど踊れば息が乱れる。
歌うと可愛さをつくろった表情も崩れそうになる。
それでもビブラートをきかせ、限界まで歌声を伸ばし終わった後――――必ず撮影カメラがアップで俺を捉え、それがバックのスクリーンに映されるターンだから。そんな一番苦しいタイミングに合わせて、一番の可愛い顔をつくる。
美しい瞬間をつくる。
どんな時も可愛くあらねばならない。
どんな時も輝いていなければならない。
今日までめちゃくちゃレッスンしたから、俺はソレができる。
星咲が消失してしまったのが悔しくて、あいつの背中を見て、超えたいと思ってしまった。その瞬間から死に物狂いで自分を追い込んで、今日に至る。
だから、だから――
今日のライブは我ながら最高の出来栄えだったと自負している。
誰よりも今日のライブを見せたかった相手はもういないけど……。
ファンのみんなの熱気が『立ち止まるな』と俺を後押ししてくれた。ライブが終わる頃には、不思議な充足感とチクリと痛む切なさが残るのみ。
きっとこれからも、こんな感情を引きずっていくんだろうな、なんて思う。
『きらちゃん、最高に可愛いよ! たくさん元気をもらえた!』
『最高のライブだった! 俺は明日も辛い仕事が……労働が待ってるけど、きらちゃんのおかげで頑張れるって思えた! ありがとう!』
ライブ後は、グッズ販売ブースで簡易的な握手会を開く。
その時に聞けるファンの生の声。感想や応援のメッセージを耳にして、必死に練習した甲斐があったと感動を共有する。胸の奥から湧き出る熱情が、凍りきってしまった心を溶かすように嬉しさを呼び起こしてくれる。
ファンとの一体感と言えばいいのだろうか。
こういう気持ちは初めてで、星咲もライブ後はこういう照れくささや、嬉しさを覚えていたのかなって想像する。
そうして思い至る。
魔法少女アイドルをしてみて、見たもの、聞いたもの、感じたもの。
やっぱり、今の気持ちを俺が誰よりも伝えたいと思う相手は既にいなくて――――
興奮と悲しみがグチャグチャと混じった状態で、俺の初ライブは終わった。
上がりきらない、煮え切らない感情が胸の内で燻ったまま控室へと戻る。既にライブを共にした5人の【アイドル研修生】たちが、リラックスしながらそれぞれの席についていた。
「今日、見に来てくれたファンの人達ウケるよね」
序列3105位の美琴悠里がそう喋り出す。
この場では最も序列の高い【アイドル研修生】だ。
「いい歳したオッサンがウチら見て、絶叫しながら応援とか」
「ロリコンかよーってね」
美琴悠里に迎合したのは序列3106位と3110位だ。
3107位と3108位である、汝乃ロア・リア姉妹は無言を貫いていた。
「あんな大人になりたくなーい」
「なりたくないって言えばさぁ、普通の大人にもなりたくないよ」
俺もメンバー3人の言葉を黙って聞く。
「電車に揺られてさ、毎日通勤してるサラリーマンの目。みーんな死んだ魚の目してる」
「くたびれてるあの感じ。なにが楽しくて、生きてるかわかんないよねー」
「あれが社畜っていうんでしょ?」
「そーいうのに限って、『こう見えても昔はメジャーデビュー目指してたんだ~!』とか語っちゃうオジサンいるよね」
「いるいる! 謎のバンドマンアピール」
「でた、『隙あらば自分語りオジサン』!」
「しかも妙に説教臭いし!」
「結局、現実に負けて夢を諦めたやつじゃんねー」
「キモいし、痛い」
「せいぜいうちらは、負け組から【幸福因子】を絞り取ろーって話」
彼女たちがファンに向ける悪意。
わかるよ。
平凡で、平和に生きてる奴らが……命を賭けて戦ってる俺らに、何を言いだすかと思えば――
何の価値もない日々の愚痴。
ふざけるな、誰のおかげで不平不満が言えると思ってる? 俺達がいなきゃ、そんな日常だってあっけなく崩れるんだぞ?
自分の幸せを自覚してない奴らが、何言ってんだって憤りたくなる気持ちはわかる。
でも、違うだろ。
現実に負けた?
違うだろ。
現実と戦ってるんだろ?
ストレス抱えて、あくせく働いて、頭下げて、踏ん張って、大切な何かをこぼすまいと、一生懸命に戦ってるんだろ?
彼ら彼女らは生きるために金を稼いでるんだよ。
学生だってそうだ。
毎日学校に行って、悪口とかイジメとか、嘘とか裏切りとか、人間関係でもめたりしながら、勉強しながら自分を高めるために、戦ってるんだろ?
魔法少女だったら幸福因子稼ぐために……生き残るために戦っている。
確かに、俺らと一般人じゃ戦場が違いすぎる。
一戦一戦、賭けてる物も『命』だからリスクの差は歴然だ。
それでも俺らと同じでみんな戦ってるんだ。
そんな奴らの、少しでも希望になれたらって、星咲は常々思ってたはずだ。
失望するなよ。
現実に負けて? 夢を捨てた?
現実に押しつぶされそうになりながらも、必死に戦い抜いている相手に――
勝手に失望してんなよ!
そんな奴らにこそ、希望が必要だろ?
明日をもしれない俺達にも、希望ってのは必要だろ?
一番わかってるはずのお前らが、なんて話をしてるんだよ。
「きらちゃーん。あなたもそう思わない?」
不意に話を振られた俺は、美琴悠里の両目を真っすぐに見据える。
「あぁ、そうだな――」
そして、輝きの中で散っていった星咲の笑顔を見習うように笑み浮かべる。
「毎日、戦ってる人達のために。少しでも幸せな気持ちを芽吹かせる、そんな存在になりたいよ」
「何言ってるの?」
アイドル嫌いの俺が、こんな台詞を吐く日がくるなんてな。
「だから俺――、私は最高のアイドルになってみせる」
こんな奴らにアイドルなんて任せておけない。
なら、俺が誰よりも一番にキラキラと輝けばいいだけだ。
なぁ師匠――――それが魔法少女アイドルってものなんだろ?
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