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新しい年が始まって3ヶ月が経った。
3月。
私は年末で派遣の仕事を辞めた。
宮崎さんには少し嫌味を言われましたけどね。
…………いや、相当言われました。
ブツブツと1日中嫌味を言われて、黒崎先輩を狙ってた職員さんは泣き出すし。
「何で派遣さんがぁぁぁ!!」
「私の方が派遣さんより絶対に可愛いのにぃ!!」
「黒崎先生、絶対に騙されてるよぉぉ!!」
「うわぁぁぁん!!!」
と、最後は大号泣でカオスな状態で、仕事が出来ない職員さんは早退して帰って行きました。
辞めることに加え、その事でも宮崎さんからブツブツ文句を言われる始末。
いやいや、私に文句を言われても……。
文句あるなら黒崎先輩に言って下さいよ。
黒崎先輩が退院してから一緒に新居を探して、3LDKのマンションに引っ越すことになった。
その引っ越しが今日。
「奥さーん!冷蔵庫はこちらでいいですか?」
「はい!そこで大丈夫です。って、あのまだ……」
「奥さーん!食器棚は冷蔵庫の隣でいいですか?」
「はい。って、だから、あのまだ……」
「奥さーん!このテーブルは……」
「リビングにお願いします」
だからまだ奥さんじゃないって!
でも訂正するのも面倒だからいいや。
私が必死に働いてる時に、黒崎先輩はと言うと……。
ベランダでタバコを吸いながら黄昏ていた。
「ありがとうございました」
「では失礼します」
大きな荷物の運び入れと配置も終わり、引っ越し屋さんは帰って行った。
引っ越し屋さんと私が仕事をしている間、ずっとベランダにいた黒崎先輩。
「引っ越し屋さん、帰りましたよ」
私はベランダに出て黒崎先輩の隣に並んだ。
「うん」
ジャージ着て、引っ越し作業する気マンマンな格好してるくせに何もしてない黒崎先輩。
「疲れました」
「お疲れさん」
黒崎先輩はそう言ってニッコリ微笑む。
その笑顔がめっちゃムカつく。
「誰かさんが全く手伝わなかったセイで、1人で動き回って凄く疲れました」
だから、そう嫌味を言ってやった。
「俺は手伝わなかったんじゃねぇよ。遠慮しただけ」
「はい?」
「家具の配置は女の方が得意だろ?」
「そうですけど……」
「だから俺は遠慮したの」
そう言って頭をポンポンとしてくる黒崎先輩。
家具の配置以外にする事はあったのに。
ただ面倒臭いだけだったんじゃないの?
と、言いたかったけど、それを言うと何倍にもなって返ってくるから言葉をグッと飲み込んだ。
マンションの周りには高い建物がなく、ベランダからは景色が綺麗に見えた。
夕日が街をオレンジ色に包んでいた。
「綺麗だなぁ……」
「ん?」
「ここから見える景色」
「だろ?この景色が気に入って、ここに決めたようなもんだからな」
「でもちょっと冷えて来ましたね」
3月とは言え、夕方になるとまだまだ寒い。
「先に入ってますね。黒崎先輩も早く入らないと風邪ひいちゃいますよ」
そう言って、ベランダからリビングに入ろうとした時……。
黒崎先輩に後ろからギュッと抱きしめられた。
身体が“ビクン”と跳ね上がり、それが“ドキドキ”に変わっていく。
「こうすれば寒くないだろ?」
私を抱きしめる黒崎先輩の腕にギュッと力が入るのがわかった。
背中に黒崎先輩の温もりが伝わってくる。
「なぁ?」
「何ですか?」
「高原は俺をいつまで先輩って呼ぶの?」
「えっ?」
「そろそろ名前で呼んで欲しいなぁ……。なぁ、姫子?」
黒崎先輩に初めて名前で呼ばれた。
しかも呼び捨て。
それだけなのに、たったそれだけの事なのに、なぜか特別な気がして嬉しくて顔が熱くなっていく。
「早く呼んでよ」
「えーっと……そんな、いきなり言われても……」
今まで黒崎先輩って呼び続けてきて、いきなり名前で呼べと言われても……。
「じゃあ、いつ呼んでくれるの?」
「…………いつか」
「いつかって、いつだよ」
黒崎先輩はそう言ってクスリと笑った。
「いつかは、いつかです!」
「早く呼べよ〜!」
「今は無理!」
「何でだよ〜!」
私を後ろから抱きしめていた黒崎先輩の腕の力が緩み、いきなり私の脇の下をくすぐり始めた。
「キャッ!ちょっ!や、やめて〜!」
くすぐったくて暴れる私。
くすぐるのを止めない黒崎先輩。
黒崎先輩から逃げようとした時、今度は正面から抱きしめられた。
少しだけ私を離して、私を見下ろす黒崎先輩。
黒崎先輩を見上げる私。
「早く呼べよ」
黒崎先輩は呟くように静かにそう言った。
「…………拓真、さん」
私は小さな声でそう言ったけど……。
「はっ?聞こえねぇ」
「拓真、さん……」
今度は少しだけ大きな声で名前を呼んだ。
男性を名前で呼んだ事なんてない私は、恥ずかしくて消えてしまいたいと思った。
「“さん”は、いらない」
「じゃあ、拓真くん?」
「“くん”もいらねぇ」
「えー!無理無理!」
私は首を左右にブンブン振った。
拓真さんか拓真くんが限界。
呼び捨てなんて絶対無理!
「じゃあ“くん”付けの方でいいや」
「何、それ。人が勇気出して呼んだのに」
「人の名前を呼ぶのに別に勇気なんていらねぇだろ?」
「私はいるんです!」
黒崎先輩は女慣れして、女性を呼び捨てで呼ぶなんて平気で出来るかもしれないけど、彼氏いない歴=年齢の私には勇気のいることなんですからね!
「はいはい」
黒崎先輩は少しバカにしたようにそう言ってクスッと笑った。
ムカつく。
「腹減ったし、なんか食いに行こうぜ」
黒崎先輩はそう言って私から離れるとリビングの中に入って行った。
私も後に続いて中に入る。
腹減ったって、アナタは動いてないでしょ!
「俺、着替えて来るわ」
黒崎先輩はそう言ってリビングを出て寝室に行った。
しばらくして……。
「姫子!」
寝室から呼ぶ黒崎先輩の声。
名前で呼ばれることに慣れてなくて、胸がドキッとなった。
「はーい!」
私は返事をして寝室に行く。
「なぁ、俺の服どれ?」
「…………って、何で裸なんですか!」
ダンボールだらけの寝室。
上半身裸でパンイチの黒崎先輩がダンボールを漁っていた。
「あ?だって着替えるから脱いだだけで」
「そ、そうですけど……」
黒崎先輩の裸を見るのは2回目だけど、目のやり場に困る。
「服を探してから脱げばいいじゃないですか!てか、ダンボールに入れた物を書かなかったんですか?」
「うん」
「普通、何を入れたか書くでしょ」
「だって、めんどくせぇじゃん」
私は黒崎先輩に聞こえるようにワザと大きな溜息をついて、ダンボールを見ていった。
「今日、着ていたジャージはどこから出したんですか?」
「あぁ、あれ今日で5日目だから」
「はっ?汚ない!って、まさか……」
私は黒崎先輩のパンツに目をやった。
それに気付いた黒崎先輩。
「パンツは毎日着替えてるに決まってんだろ?」
「なら良かったです。とりあえずジャージは洗濯機に入れといて下さい!」
「はいはい」
「とりあえず私はリビングを探すんで、黒崎先輩はもう1回、ここを探して下さい!」
私はそう言って、寝室から出ようとした時、黒崎先輩に腕を引っ張られた。
「キャッ!」
その勢いで私の身体はベッドに倒れてしまった。
私の上に馬乗りになる黒崎先輩。
少し前に垂れた前髪から覗く切れ長の目が私を捕らえる。
「黒崎、先輩?」
「先輩じゃねぇだろ?」
「あっ……」
黒崎先輩は私の顔を見てニヤリと笑った。
そして、私をギュッと抱きしめると首筋にキスしてきた。
「ちょ、やめ……」
身体に力が入らない。
身体中が熱くなっていく。
「拓真、くん……」
私が名前で呼ぶと、黒崎先輩は首筋から唇を離した。
「もう遅い」
黒崎先輩はそう言って、再びニヤリと笑うと今度は私の唇にキスをしてきた。
舌を絡ませた大人のキス。
それだけで身体は溶けそうなくらい熱くなっていた。
唇を離した黒崎先輩は、首筋に顔を埋めてきた。
「…………んんっ」
声が漏れないように我慢して、手で口を押さえる。
「我慢すんなよ」
黒崎先輩は私の口から手を離して、そう言ってきた。
首筋から胸……それから……。
黒崎先輩の唇がだんだん下に降りていく。
その度に、自分でも聞いたことがないような声が漏れる。
「限界……」
黒崎先輩は呟くようにそう言った直後、私の身体に電流が走ったような鋭い痛みに襲われた。
「…………いっ!」
「力抜けよ」
無理無理、そんなの無理!
痛くて余計に力が入る。
私は涙目で首を左右に振るけど、黒崎先輩は私の身体をギュッと強く抱きしめた。
さっきよりも大きな痛みに襲われる。
痛くて声が出ない。
初めては痛いと聞いていたけど、ここまで痛いとは思わなかった。
でもその痛みが、だんだんと快感に変わっていき自然と口から声が漏れるようになっていた。
黒崎先輩の背中に手を回す。
黒崎先輩も私の身体をギュッと抱きしめた。
「ゴメン……余裕なかった……」
真新しいダブルベッドの上で、黒崎先輩が私の頭を撫でながらそう言った。
私は何も言わずに首を左右に振る。
「なぁ?」
「ん?」
「姫子の両親に挨拶に行かないとなぁ……」
「えっ?親には私から話すからいいよ」
お母さんには電話で結婚すること、同棲することは連絡はしていた。
「そういうわけにはいかないだろ?大事な娘を嫁にもらうんだよ。電話だけで済ますのはダメだろ」
「でも……」
実家に帰ったら兄嫁がいる。
また何を言われるかわからない。
「兄ちゃんの嫁さんに何を言われるか心配?」
「……うん」
「俺が一緒だから大丈夫だろ?もし何か言われても俺が言い返してやるよ」
黒崎先輩はそう言って私の手をギュッと握ってきた。
「今度の休みに行こう。行くこと伝えといて?」
「わかった……」
私はそう言ってコクンと頷いた。
「よーし!じゃ!飯食いに行こうぜ!」
黒崎先輩はそう言ってベッドから出た。
「身体動かしたら腹減った」
黒崎先輩がケラケラ笑う。
私はベッドから上半身を起こした。
…………えっ?
黒崎先輩を見て目を見開く。
何で?何でジャージじゃない服を着てんの?
「ちょ、服……」
黒崎先輩はこちらを向き、ニヤリと笑った。
騙された……。
まんまと騙された。
服が見つからないとか嘘で、本当は最初から見つかってたんだ。
でも見つからないフリをして私を寝室に呼んで……。
やっぱりムカつく。
私はベッドの上で無言で服を着替える。
「怒った?」
「別に?」
私は黒崎先輩に背を向けた。
「姫子?」
「うるさい!」
私はそう言って黙々と服を着替える。
「そんなに怒るなよ〜!俺に抱かれたのが嫌だった?」
私は首を左右に振った。
「じゃあ、何怒ってんだよ?」
「服がないって言ったのに、本当はあったことに怒ってます!」
「そんな事で怒るなんて、姫子は可愛いな」
黒崎先輩はそう言って、私の頭をポンポンとすると寝室を出て行った。
そんな事!そんな事って!
私にとっては、そんな事ではありません!
それに余裕のある黒崎先輩にもムカつく!
私は服に着替えて、リビングに行った。
キッチンの換気扇の下でタバコを吸ってる黒崎先輩。
「着替えたか?」
「晩ご飯、奢ってもらいますからね!」
「はいはい」
「“はい”は1回!」
黒崎先輩は灰皿にタバコを押し付けて、換気扇を切りリビングに戻って来た。
財布とスマホ、キーケースを持つ黒崎先輩。
「早くして下さい!黒崎先輩!」
私は“黒崎先輩”を強調して言った。
「おまっ!名前で呼べって言ってるだろ!もう1回襲うぞ!」
そう言いながら黒崎先輩は玄関に行く私を追いかけてくる。
誰が名前で呼ぶか!
ずっと黒崎先輩って呼んでやる!バーカ!
「キャッ!」
靴を履き終えた私を黒崎先輩は後ろからギュッと抱きしめた。
「名前で呼べよ」
「ヤダ!」
「ダメ!」
黒崎先輩が私の身体を反転させた。
「何で名前呼びに拘るんですか?」
「何でって言われても……」
「じゃあ、黒崎先輩でいいじゃないですか」
「お前、ジジイとババアになってもそう呼ぶのかよ」
「そうですよ。子供が出来ても、おじいちゃんとおばあちゃんになってもずっと呼びますよ。黒崎先輩」
私はそう言って笑うと黒崎先輩がいきなりキスしてきた。
唇を離す黒崎先輩。
「お前には負けたよ」
黒崎先輩はそう言って笑う。
「早くご飯食べに行きましょ?」
「あ、うん」
黒崎先輩は私を離し、靴を履く。
「何、食べに行きます?」
外に出た時に黒崎先輩にそう聞いた。
「何でも」
「じゃあ、焼肉がいい!」
「お前、肉ばっか食ってると姫ブーになるぞ。って、いってー!」
私は黒崎先輩の足に蹴りを入れた。
「そのあだ名で呼ばないで下さい!」
私はそう言って先を歩く。
追いかけてきた黒崎先輩は私の手をギュッと握った。
胸が“ドクン”と高鳴る。
大嫌いだった黒崎先輩。
でも、いつの頃からか側にいつもいて私を助けてくれた黒崎先輩を私は好きになっていた。
まるで甘い恋の魔法にかかったみたいに。
「黒崎先輩、好き……」
「はっ?何?聞こえねぇ」
「好き……」
私はそう言って、黒崎先輩の手をギュッと握り返した。
*イジワル先輩の甘い恋の魔法*
ーENDー