パパイア 様より、哀れなクズ日さん
※差別の意図はありません
今日もまた、妹を慰める。
可哀想な妹は、薄桃色の瞳を涙に浸して泣いていた。
優しく撫でて抱きしめれば、泣き声は少し落ち着く。
よそよそしく抱き返してくる妹を見て、僕は静かに微笑む。
(なんて馬鹿な子なんだろう!)
私は、兄のことが大好きだ。
頭が良くて、優しくて、健気で。
私がひどいことを言ってしまっても、ぎゅっと抱きしめて慰めてくれる。
この家に私と兄の居場所はない。
なぜなら、この家の人間には絶対にあるはずの目がないから。
外からの嫁入りだったり婿入りだったりしない限り、この家の血を継ぐ限り、象徴とも言える赤い目を持っているのだ。
私は桃色だから、まだマシな方。
一応人間として扱ってもらえている。
だけど兄は…盲目だ。
真紅のような綺麗な目をしているけど、その目には何を映すこともない。
そんな欠陥品は我が家に相応しくないとして、兄は盲目なのに使用人と同じ扱いをされている。
わざわざ色付きのグラスまで買ってきて、その目の色を変えろとまで言い出していた。
掃除、洗濯、料理、まだ小さい親族のお世話…
盲目の兄は仕事が遅く、他の使用人たちからも煙たがられていたらしい。
でも優秀な兄は、大人になるにつれて日常生活を問題なく送るようになっていた。
相変わらず仕事は大変なはずなのに、それでも私が1番だって言ってお話を聞かせてくれたり、ちょっとしたお夜食を作ってくれたり、辛い時は慰めてくれたり。
私はやっぱり、兄が大好きだ。
だから、こんな家にいてはいけない。
私は頑張ったと思う。
兄はこの家の人間として見做されていないから、簡単に出ることができる。
それでも私を置いていかない優しい兄だから、無理矢理外に出した。
心苦しかったけれど、二度と帰ってこないで!目の見えないお兄ちゃんなんていらない!と、今思い返せば非人道的な言葉を吐いてしまったけれど、なるべく沢山の荷物を持たせて締め出し、 家には戻らず 人生を謳歌している。
行動の意味をわかってくれて、手紙だってたまにくるのだ。
代筆を頼んでまで書いてくれているらしく、いつも「体には気をつけて」と書いてあって、私のことを大切にしてくれていることがこれでもかというほどわかる。
「お兄ちゃん、元気そうで良かったな…」
少し、ほんの少しだけ、寂しいけれど。
兄が幸せなら、私は辛くても大丈夫。
きらり
カーテンの隙間から、日の光が差す。
ああ、もう朝かと気だるい身を起こせば、妻と娘はまだ眠っていた。
目覚まし時計をかけていたのに、なぜ自分はその前に起きてしまうのだろうか…
2人を起こさないようにゆっくりベッドから這い出て、音を立てないようにそっとドアを開け閉めする。
薄暗い廊下を歩き、肌寒さすら感じる朝の中で動く。
今日も良い日になりそうだ。
台所まで歩いて、冷蔵庫を開いた。
中には卵に牛乳にハムに娘のおやつなどなど、色々な食材が入っている。
卵とハムを取り出し、四角形のフライパンで焼く。
朝ご飯にはお弁当の余りも出すため、先に作るのはお弁当だ。
身が固まってきた卵焼きに切ったハムを乗せ、破けないようにしながらくるんと巻いた。
巻けなくなれば少し卵を継ぎ足し、焼けたらまたハムを乗せる。
溶いた卵がなくなるまで繰り返せば、ハム入り卵焼きの完成だ。
「我ながらふつくしい出来だ…流石は僕」
美しい焼き目に自画自賛して、ふっくらと良い匂いを香らせる卵焼きを冷ます間に、ほかほかに炊けた米を握っておにぎりを作る。
余ったハムを入れてみた。
惣菜のおひたしをカップに入れて、切り分けた卵焼きとおにぎりとを、 娘の小さな弁当箱に詰める。
僕と妻の分は娘よりも大きく多く詰め、僕はようやく朝ご飯へ取り掛かり始めた。
できて少し経った頃、妻は娘を連れてきて、そのまま椅子に座る。
「朝ご飯、ありがとうございます。今日も美味しそうですね」
まだ少しぎこちない妻に笑みを返し、食べようか、と声をかけた。
「「「いただきます」」」
食器の音と美味しいと言う声を聞き、やはり普通の幸せとは素晴らしいと思い直す。
僕の妹は今も身代わりとなってくれているらしく、古臭い手紙には時々、一般人が見れば驚くような虐待の内容が書かれている。
別に慣れたものだし、返事も適当に気遣うような言葉を並べているだけだが。
妹以外、僕のことなどとうに忘れているだろう。
物心がついた頃から盲目のふりをしていて正解だな。
完全に勝った。僕は、頭のおかしいやつから逃げ切ることができたのだ。
赤い目を持っていたとしても、あいつらにとっての欠陥品になれば見逃される。
そのことがわからない馬鹿な妹。
さぁさぁ、犠牲者に乾杯としよう。
まだ朝だから、麦茶でね。
そうして家族で団欒し、出勤の早い妻に弁当を渡して娘と見送った。
僕も仕事はしているが、今日は夕方からなので問題ない。
幼稚園の時間まではまだかかる。
娘と教育番組を見て、舌足らずに歌う娘の頭を撫でた。
別に血なんて繋がっていないが、昔からのくせなのか、小さな子供には少し優しくなってしまう。
やっぱり僕は完全勝利しているのだ。
あいつらは昔と血に拘る老害だから、男尊女卑が凄まじい。
対して僕は血縁ですらない小さな娘を可愛がり、妻に対して感謝と愛を伝え、なるべく家事を請け負うようにしている。
手をあげるなんて以ての外。
まあ…妹の顔は忘れたが。
もうほとんど縁も切れたようなものだから、これはセーフだろう。
娘を幼稚園へ送り、夕食の買い出しも終わらせた。
昼食は適当なあまり物を摘んだし、仮眠も済ませている。
「はぁ…仕事やだな」
僕はバンケットスタッフだ。
仕事内容はホテルや結婚式場などの宴会で、料理やドリンクのテーブルサーブ、片付け、ビュッフェでの大皿を運ぶなどなど。
今日はとある名家同士の交流会らしい。
深夜まで続くが、きっと酒は嗜む程度だろう。
交流会というより、腹の探り合いが目当てに違いない。
ああいう雰囲気はとても疲れる。
仕事自体は楽しい。
だがそれはそれとして、巻き込まれる形でプレッシャーをかけられるのは嫌いだ。
嫌と言っても仕方ない。完璧にこなして、家族を養うために頑張るとしよう。
そうして迎えた仕事の時間。
ちらほらと参加者が集い始め、その中に見覚えのある顔を見た。
「…叔父様?」
恐ろしいほど整った顔に、血を吸い込んだような赤い瞳。
男なのにそこらの女より長い黒のまつ毛。
時代遅れな白い軍服。
「……まさか、名家って…」
ゲストの名前を一切覚えない悪癖が、とんでもない事故を起こしてしまった。
しかし時は進んでゆくもので。
見覚えしかない顔がわんさかやって来た。
そしてどうやら、もう片方の名家というのも知っているやつらだ。
お客様として玄関を通る姿を何度か見ていた。
妹は宴会の開始数分間近に、連れて来られている。
あの桃色の瞳は健在で、見栄のためか綺麗な服を着させられていた。
表情は暗く、よく見ればボロボロ。
酷い目に遭っているというのは知っているが、売られていないだけマシだろう。
もしもバレたらどうしようか。
…いや、そもそも僕は色付きのグラスをかけていないし、あれから何年経ったと思ってる。
顔も変わったろうし、赤い目はなんとか誤魔化せばいい。
なるべく、近づかないでおけば安全であるはず。
宴会の始まりから数十分、妹から声をかけられた。
「ねぇ」
近くに他のスタッフはいない。
この子の保護者たちは、向こうでお話中だ。
「…はい、何かご用でしょうか」
「お兄ちゃん…だよね?」
「……何のことでしょうか。私はただの一スタッフであり、お客様の親族ではございません」
「絶対違うよ、お兄ちゃんでしょ?」
…鬱陶しいな。
だが、相手は本当にお客様だ。
失礼な態度は取れないし、なんとかしてあしらわなくては。
「申し訳ありませんが、私に妹がいた記憶にございません。私は一人っ子です」
「お兄ちゃんは、もう目が見えるの?あの時あんなこと言ったの謝るから…そんなこと言わないで…」
「………」
「私、本当はお兄ちゃんの目が綺麗な赤だってこと知ってたよ。やっぱり綺麗……そうだ、お祖父様たちにも教えなくちゃ!」
「…え?」
「こっちにいるはずよ。来て、お兄ちゃん!」
「は、ぇ、や、やめろっ!引っ張るな!」
さっさと離れればよかったのに。
妹は僕の手をぐっと掴み、暗い顔をしていたのが嘘のように明るく、楽しそうに駆ける。
はしたないとか下品だとか、そんなのもう関係ないのだろう。
今度は…今度は、 僕が身代わりにされる…
必死に振り解こうとした。
所詮相手は女で、僕より年もずっと下。
「離せっ!やめろ!!」
「お祖父様!お祖父様聞いてくださいっ! 」
振り解けない、逃げられない。
「チッ…今話しているのがわからないのか?後にしろ 」
「で、でも…」
「後にしろと言っているだろう。また躾られたいのか?」
「ひっ…ご、ごめんなさい…」
妹は先走りすぎたようだ。
明らかに会話の途中である現当主サマに話しかけ、チラリともこちらを見ずに追い払われた。
安堵に胸を撫で下ろし、今のうちに離れようと努力する。
「私は構わないぞ?その娘は確か、陸軍殿の直系だろう。家族の会話を邪魔するほど、私は野暮ではないさ」
奥の見えない青い目を細め、グラスを揺らして言い放たれた。
「………貴殿が言うのなら、仕方あるまい。話してみろ」
「!!…あ、えっと、お祖父様…」
やめてくれ、その先だけは言わないでくれ!
「私の、お兄ちゃんがいました!」
「…兄だと?貴様にそんなものはいなかったと記憶しているが」
「…お兄ちゃんは、前は目が見えなかったから…でも、今は見えるみたいで、それに見てください!お祖父様“そっくり”の 赤い目!!」
空気が強張り、冷え込む。
気がつくと、僕は微かに震えていた。
「…ほう…そういえば、目の見えない欠陥品がいたな。君、名は?」
「ぁ…ぇ、と……に、日本…で、す…」
「日本…あぁ、覚えている。あの欠陥品の名が、確かそういった」
ぐっと大きな片手で頬を掴まれ、まじまじと目を見つめられる。
本当に僕とそっくりの赤い瞳に喜色を浮かばせ、狩りをする猛獣を彷彿とさせるような鋭い視線。
妹の手は離れたが、僕は一歩たりとも動くことはできなかった。
「…ナチス、私は少し用事ができたようだ。勝手ながら、今日のところは帰らせていただこう」
「あぁ、好きにするがいい。私も適当に酒を飲んで帰るとしよう。その代わり、また後日紹介を頼んだぞ? 」
こくりと頷いたご先祖様は、僕に有無を言わさず帰路を辿る。
妹は少し後ろを楽しげに歩いており 、助けてくれる気はないらしい。
あぁ、運命とはなんと残酷なのだろう。
ご先祖様はご兄弟を呼び、僕と妹は車に押し込まれた。
運転はご先祖様自ら行ってくれるらしく、両サイドの2人がいなければそれなりに楽しめたかもしれない。
「まさか後継がこんなところで見つかるとはなあ」
「欠陥品が嘘のように見違えた。帰るのが楽しみだ」
「あぁ。お前たち、早々に壊すなよ」
「わかっているとも。大切な大切な僕らの後継者なのだから、ブレーキはかけるさ」
「…にしても、いい目を持っているな。抉って飾りたいほどだ」
抵抗すれば何をされるかわからないから、黙ってただされるがままになる。
妹への関心はゼロのようで、あの子は車窓から見える景色に目を奪われていた。
目元や頬を愛しそうに撫でられ、少しくすぐったい。
それと同時に、恨めしい、憎らしい、というドロドロとしたものが溢れ出しかけた。
やがて車は減速し、記憶通りの古い屋敷に辿り着く。
引き摺られるように車から出され、地下へ向かって連れて行かれた。
妹は途中で別れてしまい、もういない。
きっと勉強でもするのだろう。
いいな、羨ましいな。
僕は同じ勉強だとしても、内容は躾だ。
パシン!と鞭がしなる。
「ぁ、」
視界に赤が散らばり、すぐに痛みが走り抜けていく。
数日後、その日は数少ない交流の一環である茶会が開かれていた。
「紹介しようか。我が一族の後継者となった、日本だ」
「…日本と申します。良き関係を築いてゆけるよう、粉骨砕身で努力いたしますので、何卒よろしくお願いいたします」
絶望が滲んだ低く音程が一定な言葉を並べて、包帯だらけの青年は礼をする。
「…また一緒に過ごせるね」
お兄ちゃん
物陰から覗いていた少女は、悪魔のようにケラケラと笑った。
コメント
13件
そうなんですね! ならよかったです。苦戦するようならお気軽にコメどうぞ〜 少しでも支えになれるように頑張ります! ではゆっくりお待ちしております!
そうですか!良かったです〜! もう一つのリクの進捗どうですか? ちょっと難しいですかね
コメすごい遅くなってすみません。 今回も素敵なお話有難う御座います!やっぱりクズ日さんの栄養素高すぎますね。