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不思議な感覚だった──
同じ姿。
同じ声。
同じ記憶。
だが、違う〝意識〟
目の前にいるのは
自分自身に擬態したレイチェル──
けれど、彼女の中にあるのは
確かに〝自分〟の心。
擬態によって蘇る記憶の残響が
人格として一時的に現れている。
時也は椅子に腰掛け、枕元のレイチェル──
否、擬態した〝時也〟を静かに見つめた。
顔も声も自分と寸分違わぬ存在が
ベッドの上で穏やかに目を開けている。
『⋯⋯もし、僕が、読心術の存在を明かさず
政治の駒になどならなければ⋯⋯
雪音は生きていたかもしれない』
その言葉に、時也は静かに目を伏せた。
やはりこの擬態は
記憶を写し取っただけではない。
〝自分〟が隠していたはずの
心の奥底の後悔までをも──
全て炙り出してくる。
だが
それを否定することはしなかった。
「いいえ⋯⋯それは、無いでしょう。
例え政治の駒だとしても
利用価値が無ければ
まだ幼く力の無い僕達は⋯⋯
兄妹揃って始末されていたでしょう。
〝厄介者〟として──」
その声は
自身に向けられたものとしては酷く冷静で
厳しいものだった。
擬態の時也は俯きながら
しかし揺るぎない眼差しを向けてくる。
『それでも
政治の駒にならず、傍に居たなら⋯⋯
雪音が未来視の異能を明かすのを
止められていたかもしれない』
「⋯⋯あの男に──父に知られるのは⋯⋯
確かに、止めたかった」
時也の声に、わずかな悔しさが滲む。
「それは⋯⋯
傍に居られなかった、僕の失態です」
『何故、あの時僕は⋯⋯
雪音の〝嘘の予言〟を信じてしまったんだ
あれさえなければ、雪音は⋯⋯雪音は──』
擬態した〝時也〟の目元が揺れる。
吐き出されるその言葉は
いつも胸の奥に押し込めていた重みだった
「あの時
僕が屋敷に留まれば、殺されると⋯⋯
雪音は、言っていた」
言葉を重ねるほど、声がかすれていく。
「⋯⋯僕が殺されれば
自分がどう扱われるか、解るだろうとも」
『俺が⋯⋯もっと⋯⋯強ければ⋯⋯っ』
その言葉に
時也はしばしの沈黙を挟んだ後、頷いた。
「そうですね。
雪音を喪ったのは、僕が⋯⋯
弱かったから、です」
言い切ったその声は
償いではなく、誓いだった。
「だから、強くならねばならない。
今度こそ、護るために」
ベッドの上の〝もうひとりの自分〟が
ふっと目を伏せる。
『⋯⋯雪音が居なければ⋯⋯
世界に意味など無い』
「えぇ。
あの世界には、意味がありません。
だけど──
少なくとも、今のこの世界には意味はある」
その言葉に〝彼〟が息を呑む。
『──アリア、さん⋯⋯』
「はい。
雪音の最期の願いは
僕が〝愛し愛されること〟
彼女は⋯⋯その未来を予見して
命を賭して、導いてくれた」
言葉の端々に、深い感謝と、敬意と
そして愛が込められていた。
「雪音のおかげで
僕は最愛の人に出会い
愛し愛される幸せを知った」
『雪音にも、知って欲しかった⋯⋯』
「そうですね⋯⋯」
時也は、その願いの重さを噛み締めるように
小さく呼吸を整えた。
「ですが、喪ったものは還らない。
ならば、遺された意思だけは──
必ず、叶えなければなりません」
静かな夕暮れの光が、窓越しに差し込む。
その光の中で〝二人の時也〟の声が
重なり合っていく。
『⋯⋯その為に、この世界でも
〝神殺し〟をまた行うとしても⋯⋯』
「はい。
必ずや、不死鳥を〝産まれ直させ〟ます」
その言葉には、躊躇いも迷いもなかった。
『もし、僕が不死鳥ならば⋯⋯
彼女の為に
今直ぐにでも、首を差し出してやれるのに』
「えぇ⋯⋯
僕は、彼女のためならば
この命など惜しくはない」
心から、そう言えた。
その愛が
痛みを抱えながらも
生きる理由をくれたのだから。
『⋯⋯⋯⋯』
ベッドの上の擬態した〝自分〟が
ふっと目を閉じた。
瞼の下の睫毛が濡れている。
──時間切れ。
「レイチェルさん
そろそろ⋯⋯擬態を解きましょうか」
時也の呼びかけに
擬態はゆるやかに解けていく。
細くしなやかな体格が
再び華奢な少女の輪郭へと戻っていく。
髪が短くなり、色が変わり
目元がやわらかな翠緑に染まっていく。
そして、濡れた睫毛が、かすかに震える。
「⋯⋯っ⋯⋯ごめん⋯⋯なさい⋯⋯
時也、さん⋯⋯!」
レイチェルはかすれた声でそう呟いた。
涙は止まらなかった。
だがその涙は
もう悲しみだけではなかった。
共有された過去。
語られた誓い。
そのすべてが、彼女の中にも宿り
静かに、雪のように
心に降り積っていた──⋯