テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
王都へ向かう馬車の中は、妙に静かだった。
車輪が石畳を踏むたびに、規則正しい振動が揺れを生む。そのたび、向かいに座るレオニスの肩がわずかに強張る。
長時間だ。本当に長時間、セレナと向かい合ったまま。
それがどれほどの拷問か、彼以外に理解できる者はいない。
セレナは小首を傾げた。
「……陛下?」
「……なんだ」
短い返事。だが声に張りがない。
「お顔が優れません。酔ったのですか?」
「気にしなくていい」
セレナは身を乗り出す。
「顔色が悪いです。お水をお持ちしましょうか? それとも休まれますか? あ、窓を少し開けましょうか?」
近い距離にレオニスはこめかみを押さえた。
「……本当に、気にするな」
やや強めの声。
セレナはきょとんと瞬いた。
「はい……?」
その反応に、今度はレオニスが僅かに視線を逸らす。
ガタッと馬車が揺れると、セレナがバランスを崩す。
「危ないぞ」
「申し訳ありません!」
レオニスが抱き止めたセレナは顔を真っ赤にして、すぐに離れる。
「気を……つけろ」
彼の理性は、ここ数時間ずっと戦場にある。
セレナの無防備な微笑み。褒め言葉の連続。純粋な瞳。
そして無自覚。それが一番たちが悪い。
そのとき、馬車が止まった。
外から声がかかる。
「陛下。着きました」
レオニスの側近の騎士クリスだった。
「そうか」
レオニスは内心で安堵したように話す。
「早速ですが、急ぎの用が」
「……なんだ」
「例の魔物討伐について」
討伐。確かに急ぎの案件ではある。
「……わかった」
レオニスは立ち上がる。
「自由にしていろ」
「はい」
素直な返事。彼はその声だけで胸が熱くなり、馬車を降りる寸前、一瞬だけ振り返る。
セレナと目が合う。
柔らかい微笑み。
レオニスは堪らずに無言で外へ出た。
入れ替わるように、一人の騎士が馬車へ乗り込む。
「クリスです。本日、護衛を仰せつかりました」
端正な顔立ちの青年騎士。
だがその視線は冷えている。
「よろしくお願いいたします、クリス様」
セレナはにこりと笑う。
その無邪気さに、クリスの眉がわずかに動いた。
「……陛下と随分親しいようですね」
「え?」
「先ほどまで、随分と楽しげでした」
棘がある、明らかに。
セレナは首を傾げる。
「そうでしょうか? 陛下はお優しい方です。少しお疲れのようでしたので心配で」
「セレナ様、陛下がお疲れのようすは私も分かりました……ですが、その、優しいとは?」
クリスの声が低くなる。
「陛下は、甘い方ではありません」
「ええ、存じております。厳しくて、冷静で、とても芯が強いお方です。でも」
セレナは微笑む。
「本当は、誰よりもお優しい」
クリスの拳がわずかに握られた。
「……セレナ様、貴女は陛下の何を知っているのです」
空気が変わる。
しかしセレナは気づかない。
「全部は存じません。でも、わかることはあります」
迷いなく言う。
「陛下は、ご自分より他人を優先なさる方です。だからこそ、無理をされる」
クリスの目が揺れる。
「だから私は……」
セレナは柔らかく、しかしはっきりと続けた。
「陛下のお力になりたいのです」
その言葉に。
クリスは、何も言えなくなった。