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◇◇◇◇
バリスハリス王国、王城。
重厚な扉の向こう、レオニス王の執務室には、いつもより多くの人影が集まっていた。
壁際には近衛騎士。長机の周囲には大臣と魔術師たち。中央の机には、ノクスグラート周辺の地図が広げられている。
その中でひときわ目を引く男がいた。
銀縁の眼鏡を掛け、整った顔立ちに理知的な光を宿した青年。大臣のダルフィード。
長い指先で書類を整え、静かに状況を見極める姿は、戦場よりも書斎が似合うようでいて、どこか底知れない冷静さを纏っている。端正な横顔と無駄のない所作は、宮廷の令嬢たちの噂にも上るほどだ。
レオニスは椅子に深く腰を下ろし、指先で机を叩いた。
「報告をまとめろ」
魔術師の一人が進み出る。
「今回の魔物襲撃ですが、自然発生ではありません。魔力の残滓を調べた結果、強制的に群れを形成させられた痕跡がありました」
「孤高種が群れるなど、通常ではあり得ません」
近衛騎士が付け加える。
壁際に立つフェンも頷いた。
「私も違和感がありました。あの森の魔物は縄張り意識が強い。あんな統制はしない」
ダルフィードの視線が地図へ落ちる。
「仕掛けたのはやはり、陛下の仰られていた通り、星篝の魔女」
室内がざわつく。静かに眼鏡の位置を直した。
「しかし、あの魔女が単独で動くとは考えにくい」
落ち着いた声。感情を排した理論の響き。
「背後にいるのは」
「ユークリッド・ヴァルディウスだろう」
レオニスは即答した。空気が一気に重くなる。
「ヴァルディウス王国の王、ユークリッド。その王の狙いは何なのか。この場の誰もが知っている」
ダルフィードはゆっくりと顔を上げた。
「白の魔女」
沈黙。
レオニスが続ける。
「ヴァルディウス王国と戦争が起きるかもしれない。準備を進めろ」
その一言に、張り詰める空気。
「お待ちください、陛下」
ダルフィードは一歩前へ出る。眼鏡の奥の瞳が鋭く光る。
「ヴァルディウス王国との戦争は、被害が尋常ではないと予測できます。兵力差、資源量、魔術師の総数。どれを取っても楽観視できない」
理路整然と、感情なく積み上げる。
「その戦争は何故起こるのですか? 狙いは明白です。バリスハリスから白の魔女を取り戻すこと」
室内の視線が一斉に集まる。
ダルフィードは静かに言い切った。
「白の魔女をヴァルディウスへ引き渡せば戦争は無くなります。それで済む話なのです」
近衛騎士たちの空気が凍る。
「なぜ、しなくてもいい戦争を、一人の女のために?」
冷酷ではない。ただ合理。
その横顔は美しく、だが言葉は刃だった。
レオニスはゆっくりと彼を見た。
「ならん」
重い一言で断じる。
「それは絶対だ」
一歩、前へ。
「ダルフィード。白の魔女は俺の嫁になる器だ」
執務室の空気が固まる。
フェンの目が見開かれ、魔術師が息を呑む。
ダルフィードの眼鏡の奥の瞳が、わずかに揺れた。
「俺の命はこの王国だ」
レオニスは胸に手を当てる。
「だから俺は、好きな女のために命を掛けると言っておるのだ」
静寂。
だがレオニスは続けた。
「一度でも俺の女を守り切れないとなれば、この国の誇りは地に落ちる」
声が鋭くなる。
ダルフィードは黙って聞いている。
やがて、ゆっくりと息を吐いた。
眼鏡のブリッジを押し上げる仕草は、いつもの冷静さを取り戻す合図。
「……なるほど」
膝を折る。
「失礼いたしました。合理だけでは測れぬ価値もある、ということですね」
その声音には、わずかな敬意が混じっていた。
「戦争準備、即座に整えます」
理知的な大臣は、王の覚悟を理解した。
レオニスは静かに頷く。
「ヴァルディウスが動くなら、こちらも応じる」
窓の外、旗が風を受けてひるがえる。
戦の気配が、確実に近づいていた。