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龍之介は、陸上部の1年生ホープであるノゾミをスカウトしようとした。
結果は失敗。
だが、それで簡単に諦めるような男ではなかった。
「あの足の筋肉の付き方……。やはり美しいな。舐め回したい」
「龍様?」
「いや、間違えた。あの瞬足。ぜひ、我が野球部で活かしてもらいたい」
今日の練習を終えた龍之介たち。
彼はミオやアイリとグラウンドの整備をしている。
「ノゾミちゃんか……。ボクも足が速い方だと思うけど、やっぱり本職の彼女の方が速いね」
アイリがそう指摘する。
彼女の走塁力の評価はBだ。
合気道部の中で、そして運動部全体の中で見ても、足が速い方である。
とはいえ、短距離走を専門にしている一部の陸上部員には敵わない。
そしてノゾミは、そんな短距離走メンバーの中でも1年生エースとして期待されている選手だ。
「そうかもしれないな。ま、足が速いからといって、即座に野球で大活躍できるとは限らないが……。遅いよりは速いに越したことはない」
龍之介は、ノゾミの足の筋肉を思い出す。
筋肉質な足だった。
陸上部だから当然といえば当然だが、それだけではない。
日々の練習が、あれだけの足を育て上げたのだろう。
「スカウト、上手くいきそうですか?」
「どうかな……。昨日の初対面での手応えはなかった。今日も練習が始まった直後に行ったが、他の部員に門前払いのような形になってしまってな。順調とは言えない」
ミオの問いに、龍之介がそう答える。
それを聞いて、アイリが口を開いた。
「じゃあ、ボクが行ってみようか? 女のボクなら、門前払いはされないかも……」
「いや、スカウトは俺の仕事だ。それに、少しばかり考えもあるんだ」
「考え、ですか?」
ミオが首を傾げる。
すると、龍之介は笑った。
「ああ! 今回は、俺に任せてくれ!」
「……大丈夫でしょうか?」
「ま、とりあえずは龍之介を信じてみようよ」
彼らはそんなやり取りをしながら、練習後のクールダウンや片付けを済ませる。
そして、ミオとアイリは帰宅していった。
一方の龍之介は、夜に差し掛かったグラウンドに一人で残っている。
彼が待っているのは――
「……よし。野球部の人たちは帰ったみたいですね。今日も、野球グラウンドをお借りして練習させてもらいましょう」
自主練にやって来るノゾミだった。
桃色青春高校は私立高校だ。
生徒数も多く、施設はそれなりに整っている。
だが、陸上グラウンドにナイター施設はなく、夜に練習を行うのは困難だ。
そんな彼女が目をつけたのが、理事長の肝入りでナイター施設が整えられた野球グラウンドだった。
「ふっ! はっ!!」
彼女は、短距離走の練習を始めた。
その様子を、龍之介はしばらく眺める。
(……良いフォームだ)
彼女の動きを見て、龍之介がそんな感想を抱く。
決して筋肉に任せた、力任せのフォームではない。
足腰を上手く使って、最小限の力で走る。
結果として出力されるその速さは、陸上部の中でもトップレベルだ。
(陸上部未経験ながら、すぐさま頭角を現しつつあるらしいな……。今度の大会では、先輩を差し置いてレギュラーになったとか……)
龍之介は頭の中でそう呟く。
一見すると、極めて順調な陸上人生。
にもかかわらず、彼女の表情はどことなく暗い。
龍之介はそれを見抜いていた。
「はぁ……はぁ……。まだまだ……」
ノゾミが疲れ切った様子で呟く。
彼女は、自らに課した練習メニューを全てこなしていた。
だが、それで満足はしないらしい。
「こんな程度じゃ……。もっと、もっと練習しなきゃ……」
「そこまでだ」
「!?」
ノゾミが、その声に振り向いた。
するとそこには、龍之介の姿がある。
「……何ですか?」
警戒するように、ノゾミは問いかける。
そんな彼女に、龍之介は答えた。
「ずっと練習していたようだな。凄い集中力だ」
「……すみませんが、あなたと話すことはありません。お引取りください」
「ここは野球部のグラウンドだぜ? 帰るべきはノゾミちゃんだろ? 無断使用を理事長に報告したら、陸上部が処分されるかもな」
「うっ……。そ、それは……」
「まぁ、そう警戒するな。野球グラウンドの無許可使用ぐらい、俺にはどうでもいいことさ。少し話そう」
龍之介はそう言うと、ノゾミの方へ近づいていく。
そして、彼女の前で立ち止まった。
「何かわたしに用ですか?」
警戒するように、ノゾミが尋ねる。
そんな彼女に、龍之介は答えた。
「ある。君の足に、一目惚れした!」
「……またですか」
「ああ、まただ。俺は君のことをスカウトしたい」
「何度もお断りしていますよね?」
「そうだな。だが、諦めきれないんだ」
そう言って、龍之介は頭を下げる。
それを見たノゾミがため息を吐いた。
「はぁ……。どうして、そこまでするんですか?」
「君の足が美しいからだ」
「……だから、それが分かりません。わたしは別に、美しくありません」
ノゾミはそう言う。
だが、龍之介は何度も首を横に振った。
「いや! 美しいんだ!! その足だけじゃなくて――先輩の期待に応えられるよう、精一杯頑張る姿勢! そのひたむきな姿!! 全部、美しい!!」
「……っ」
「確かに、俺は君のことを知らない。昨日初めて会ったばかりだし、君がどれだけの努力をしているか全ては知らない」
龍之介はノゾミにそう告げると、その場でしゃがみ込む。
そして、彼女の足を間近で見つめた。
「君の足は美しい」
「あの……、あまりじろじろ見ないでください……」
恥ずかしそうにノゾミが身をよじる。
しかし、龍之介は気にせず続けた。
「だが……その足が少しばかり泣いている気がして、放ってはおけなかったんだ」
「え?」
龍之介の言葉に、ノゾミが驚く。
そんな彼女に、彼は言った。
「オーバーワーク気味だ。君の足、痛んでいるだろ?」
「そんなこと……」
「分かるんだ。俺は、女子の足をずっと見てきたからな。筋肉の付き方、骨格、肉質……。そういったものを見る目は養われている」
そう言い切る龍之介。
彼の目から見ても、ノゾミの足はオーバーワーク状態だった。
そんな足に負担をかけ続ければ、いずれ壊れるだろうことは分かる。
「……わたしに休めって言いたいのですか? グラウンドを勝手に使ったことは悪かったですけど、部外者に言われる筋合いはありません」
「いいや、休めなんて言わないぜ。ノゾミちゃんの努力を否定するつもりはない。ただ、俺に疲労回復の手伝いをさせてほしいだけさ」
「……手伝い、ですか?」
「ああ。俺は君の足に惚れている。その美しい足をより完璧にしていくため、微力ながら全力を尽くそうじゃないか」
「……んっ」
龍之介がノゾミの足を触る。
彼女はそれを強くは拒絶しなかったのだった。