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ヴィクトールは、わずかに目を細めた。その表情に、王の威厳はなかった。ただ一人の男としての、弱さと願いが滲んでいた。
「……お前に拒まれなかったことが、嬉しいと思ってしまった。どうかしているな、私は」
「どうかしているのは、私もです」
ハイネはゆっくりと後ずさり、ふっと目を伏せる。
「この関係が、どれほど危ういものか……頭ではわかっているのに」
「だが、それでも──」
ヴィクトールが一歩踏み出しかけた、その瞬間。
「それ以上、来ないでください」
その声には、かすかに震えがあった。
けれど、明確な拒絶ではなかった。ただ、胸の奥で必死に何かを堰き止めるような、静かな痛み。
「私は、あなたの王子たちの教師です。あなたの側近であり、信頼を預かる者です」
「……そして、あなたはこの国の王です。……想いを交わせば、傷つくのはきっと、私たちだけでは済まない」
ヴィクトールは黙って、その場に立ち尽くした。
ハイネの目に映るその姿は、あの誰よりも強い王ではなく、ひとりの孤独な人間だった。
「どうか…何もなかったことにしてください。今夜のことは、ただの夢です」
「……夢、か」
「ええ。どうか……忘れてください」
そう言ってハイネは背を向けた。
その小さな背中が、今までよりずっと遠く見えた。
そして部屋には、誰も言葉を発さないまま、静かな夜が戻った。
けれど、互いの胸に残った熱だけが──夜が明けても消えなかった。