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「今の……今の!!」
「転移魔法だ。さっき話に出ていたシーフォレスト樹海に転移した」
「転移魔法!? な、習ってない! ……っていうか、こんなのいつか習うの?」
驚くあたしに、首席騎士様は照れたように頭を掻いて、「いや、習わないが……実は裏技がある」と小さな声で教えてくれる。
なんでもね、成績上位者には図書館の奥に設けられた、特別なお部屋に入る権限が与えられるんですって。
「俺はそこで、この転移の魔法を見つけた」
分からない部分を先生に聞きながら習得したんだと、ぽつりぽつりと話しながら、首席騎士様は慣れた様子で樹海の中を進んでいく。よく分からない鳥の鳴き声やら、獣っぽい鳴き声やら、色々聞こえてきて実は結構怖いんだけど。
あたしはびくびくしながらも、首席騎士様のローブだかマントだか微妙な服をちょっとだけ掴ませてもらって、はぐれないように一生懸命に歩いていた。
「軽い魔物避けの呪文をかけてあるから、そう簡単には魔物に会わない筈だ」
暗にそんなに怖がらなくても大丈夫、と言われている気がするけど……ごめんなさい、ローブを離す気はないです……。はぐれたら絶対に、即死亡だもの。
首席騎士様は背が高い分、足も長い。彼が一歩進む間に、あたしはぶっちゃけ三歩くらい歩いている。
なんで、そんなにサクサク歩けるの、って内心文句も出ようってもんだ。
「なんだか随分、慣れた感じですね。こんな暗い樹海の中なのに、迷いがないっていうか」
「この樹海は何度か来たことがある」
「な、何度か!? だって、Aランクの魔物がいるって……」
「ここでは滅多なことでは出会わない。逆にレッドラップ山は魔物との遭遇率は低いが、そのほとんどがAランクだと聞く」
「ひええ」
「さすがに俺もレッドラップ山には足を踏み入れたことがない」
当たり前だよ! そんなの行ったことあったらおかしいよ! 心の中でツッコミまくっていたら、首席騎士様の足取りがふと止まった。
「そろそろか」
首席騎士様の頭が少し上がったのを見て、あたしも前方を見てみたら、樹々の向こうに、これまでとは明らかに違う、明るい光が見えた。
そういえば、さっきとは植生も変わってきている。陽があたる部分が増えたからだろうか、下草も多くなって、可愛らしいベリーなんかもあるし。やっぱりただ暗い鬱蒼とした樹海よりは、こんな感じの植物もあると、ちょっとなごむよね。
「……抜けた」
首席騎士様の腕が、太い樹の枝を押し上げたと同時に、目がチカチカするくらいの眩しい日の光が押し寄せてくる。
陽射しに慣れた目に飛び込んできたのは、ゴツゴツとした赤い岩肌が露出した、巨大なレッドラップ山の姿だった。
「すごい……」
それしか、言葉が出なかった。だって、あたしたちが通う王立魔法学校『リンケルダイト』がある王都からは、レッドラップ山なんて小さくかすんで見える程度だったのに。
麓から見上げる切り立った崖は、まるで人が入る事を拒んでいるかのよう。
「こんなの……登れるの……?」
「崖ではない部分もある。それに、君が登る必要はない」
そう言うが早いか、首席騎士様は両手を高く上げ、よく響く低い声で何か呪文を唱え始めた。早口言葉でも言ってるのかってくらい、複雑な詠唱。
悲しいけれど、あたしなんかでは聞き取ることすら不可能だ。違う国の言葉みたいに耳には入ってくるけれど、けして意味を聞き取れない。
首席騎士様の詠唱がひと際重く響いた時、空間にパリパリと音を立てながら、小さな光が閃いていく。
まるで薄い薄い虹色が輝くように、透明なような僅かに色があるような薄い膜があたしたちの周囲に張り巡らされた。
「結界を張った」
「結界……!」
転移の次は結界ときたか。どんだけすごいの、首席騎士様。
パートナーになってからまだわずか数時間しか経っていないというのに、あたしは早くも首席騎士様とのレベルの差というものを、ひしひしと肌で感じている。
なんかもうね、劣等感を感じるというレベルじゃないのよ。ひたすら「すごい」しかない。
「数日は拠点にするものだから、大きめに作っておいた」
見回してみたら、確かにあたしの寮の部屋より大きいかもしれない。なんていうか、結界って大きさまで自由に変えられるのね。そんなことも初めて知ったよ。
「確かに……しばらくここで野宿ですもんね」
討伐演習はいったん街をでてしまうと、魔物を狩るまで帰ってはいけない。帰った時点で終了したとみなされるからだ。「忘れ物した」なんて戻っちゃった日には、その時点で収穫なしとして演習終了の憂き目にあう。
「では行ってくる。君は自由にしていてくれ」
「は!? え!? ちょっと……!」
少し考え事してただけなのに、いきなりそんな事を言われて、あたしは飛び上がった。
「結界から出たら確実に魔物の餌食だ。絶対に結界から出ないでくれ」
「待って! ちょっ……」
「数刻で戻る」
それだけ言い残して、首席騎士様は結界を突き抜けると、あっという間に走っていってしまった。
目の前は崖だから迂回路でも探すんだろう、山のすそ野を尋常じゃないスピードで走り去っていく。三回瞬きする間に、もう豆粒くらいに小さくなってしまった。
何、あのスピード。
さっきまでって、あれでもあたしに速度を合わせてくれてたのか。
魔法なしでも、充分にすごい。生き物としての基本性能が違い過ぎる。
首席騎士様のあまりのハイスペックさに、あたしは彼が消えて行った山のすそ野を、呆然と見つめる事しかできなかった。