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事故から2週間。
ベッド生活からやっと卒業できた。
骨折も良くなってきており、頭の状態も良い。
やっと自分で歩けるようになり、私はふと思いついた。
“ 記憶障害を患った演技をする “
まずは優也に認識してもらうため、試しに洗濯機を忘れたフリをしてみた。
「優也くん、これ、何?」
涼音が指を指していたものは洗濯機だった。
「洗濯機、、、だけど、、、、、」
優也は少し眉間に皺を寄せた。
バレてしまったか?
私は精一杯寂しいような悲しいような表情を作り全力で演技をする。
「使い方が、分からないの」
「分からないって、、、記憶障害、?」
上手く引っかかってくれた。
私は心の中で大きく、強くガッツポーズをした。
それからは優也の名前を忘れてみたり、家の場所が分からないふりをしてみたり色々なことをやってみた。
それでも優也は全く怪しむことなく、全てに引っかかってくれる。
作戦通り。
少しづつ攻めていこう。
最終的には外に出て逃げるんだ。
そう自分に言い聞かせながら毎日を過ごした。
「涼音、これ飲める?」
3日ほど記憶障害を続けていると、突然薬を差し出された。
どう見てもいつも見慣れた薬では無い。
ていうか、そもそも病院へ連れて行かせてくれなかったため薬は処方されてないはず。
違法薬物。私は瞬時にそう判断した。
「うんっ!飲めるよ私!」
ぱっと素早く受け取り、バレないように口元を隠しながらそっと袖の中へ入れる。
「みて!飲めた〜!」
「おっ!偉いじゃ〜ん!」
全く怪しむことなく褒めてくれた。
そして私の頭を撫でる。
前まで大好きだったその手は、怖くて仕方ない。
絶対大丈夫。
そう自分に言い聞かせて心を落ち着かせた。
それから私は演技を続けて事故から約2ヶ月がたった頃。
鍵のある場所と、私へ対する警戒と監視を緩めたいため少しハードなチャレンジをすることにした。
「1人で散歩に行ってみたいの。すぐそこの公園まででいいから、外を歩いてみたい。お願い、優也くん。」
ここ2ヶ月はずっと優也の買い出しを付き添い、常に2人で行動することが基本となっていた。
家のドアの鍵は私が内側から開けられないように2重で鍵をしており、鍵は優也が管理している。
ドキドキしながら待っていると、優也はあるお守りを渡してきた。
「これを持っておきな。そしたら何かあったら俺がいつでも助けに行ってあげるから。」
「うん!優也くんが助けに来てくれるなら安心だねっ!行ってきます!」
GPSが入ってる。
持った瞬間の感触と重さですぐに分かった。
さらに鍵付きの紐で私の服と繋がれた。
自由にはできないがこれで外へ行けるのだと思うと自然と笑みがこぼれた。
公園へ1人で行くと、久しぶりすぎて感動してしまった。
けれど私はゆっくりしている暇がない。
怪しい行動もできない。
もう少しゆっくりしたかったが、怪しまれないようすぐにアパートに戻った。
それから何回も公園を通うようになり、毎日の日課になっていった。
そして3ヶ月が経つ頃。
私は初めと比べてかなり自由になったと思う。
お守りを持てば外へ出かけても良い、鍵を閉めてお守りを身につけていれば1人で留守番しても良いなど、緩くなった点はいくつもあった。
そして私は今しかないと思った。
自由になりかけてる今、この牢獄のような場所から逃げ出そうと。
その日は散歩へ行かず、夜ご飯を作ってもらうのを待ち遠しくしていた。
「じゃあご飯作ってくるからちょっとまっててね」
少し前まで料理も出来なかった優也は、いつの間にか朝昼晩が成り立つくらいのレベルの料理が作れるまでに成長していた。
トントンと包丁の音が聞こえてくる中、ソワソワとタイミングを図っていた。
野菜を一生懸命切っている時、私は一気にミッションを終わらすことにした。
「優也くん、そろそろ夜ご飯?」
野菜を切っている優也に、後ろから抱きついた。
優也は少し迷惑そうな顔をしながらも優しく注意してくる。
「もうすぐだよ。危ないからあっちで待ってて〜」
そして私は不服そうな顔と声を作る。
「え〜、料理してる優也くん、かっこいいからずっと見てたいのに〜、」
と、声と顔で誤魔化しながらそっとポケットの中へ手を滑らす。
固くて冷たいものの感触があり、それを握りしめて最後にぎゅっと強くハグをし、逃げるようにリビングへ向かう。
大成功だ。
私が右手に握りしめたのは玄関の鍵。
あとは時間が経つのを待つだけ。
夜ご飯を食べている間も平然を装うことに必死だった。
すると、優也はとんでもないことを言い始めた。
「後で一緒に夜のお散歩に行こうか?」
今、私が鍵を持っている。
それがバレたら今度こそ本気で殺されてしまう。
そうなったら私は死ぬしか選択肢が無くなってしまう。
私に今できる、全力の演技を。
咄嗟に気づかれない程度のあくびをし涙目を作り、まるで幼稚園生のような駄々をこねた声を作った。
「今日はお散歩お休みにして優也くんとおうちでゆっくりしたいのにっ、、」
さすがに厳しかったかもなともドキドキしていると優也は申し訳なさそうな顔で言った。
「そうだったのか〜!ごめんな、じゃあ今日は映画でも見ようか」
「うんっ!見たい!」
ぱっと明るい笑顔を見せ、演技を隠すためそそくさと食器を運んだ。
危なかった。
バレなくてよかった。
映画なんて内容が全く入ってこなかった。
この後の作戦を一生懸命考えた。
優也が寝息を立てたタイミング。
そこが狙い目だ。
それまで私は待つしかない。
無事映画も見終わり、おやすみと互いに挨拶を交わしベッドに入る。
最近は優也の部屋で一緒に寝ている。
そのため少し難易度は高く、首を長くしてその時を待った。
そして、チャンスは突然にやってくるのだ。
深夜12時半頃。
優也は寝息を立てている。
そっと布団から抜け出し、トイレに向かった。
もし優也が起きた時、言い訳ができるようにしたのだ。
しかし全く起きなかった。
大チャンスだ。
私は部屋のドアを閉め、玄関へ向かい細心の注意を払いながらゆっくりと鍵を開ける。
鍵を開けるのは成功した。
あとは扉を開けて外に出るだけだ。
そこで事件が発生する。
ドアを開ける際に ” ガチャリ “ と大きな音がなってしまった。
こんなに慎重に行動してたのに。
部屋の中から物音が聞こえた瞬間、 私は迷うことなくアパートを飛び出した。
見つかるのも時間の問題だ。
当分走っていなかったからか、息切れが早かった。
とても後ろの方で私の名前を呼ぶ声が聞こえる。
逃げろ。とにかく走れ、走れ、走れ、走れ。
そう自分に言い聞かせながら一生懸命足を動かす。
そして私はアパートから100メートル程の交番へたどり着いた。
私に名前を叫びながら追いかけられていることを伝えると、すぐに警察の方々は出動してくれた。
数分後。
優也が捕まったと交番の警察官から聞いた。その瞬間、今までの苦しみや恐怖からの解放により涙が溢れ出した。
警察官の方は「よく頑張ったね」「偉かった」と励ましの言葉を永遠に言い聞かせてくれた。
数ヶ月間、人の優しさに浸ってこなかった私はとても嬉しかった。