ユウトとマリアが二人で買い出しへと出かけている頃、残った三人はセレナの部屋へと集まっていた。セラピィは大きなベッドの上ではしゃぎ、そしてセレナとレイナはベッドの隣で様々なお菓子を乗せたテーブルを囲んで楽しそうに談笑をしていた。
互いに貴族と平民という立場に違いはあれど彼女たちには『ユウト』という共通項があり、それに二人の年齢も意外と近いということもあって彼女たちが仲良くなるのに時間はあまりかからなかった。
二人の話がひと段落したタイミングでセレナは目の前にあるティーカップに手を伸ばして入れられていた紅茶をゆっくりと飲み干した。ティーカップを置くと彼女は先ほどまでの笑顔から少し真剣な表情へと変化させてレイナの方をじっと見つめだした。
「レイナさん、少しここから込み入った話をしてもいいでしょうか?」
「は、はい!大丈夫です,,,!」
先ほどまでの雰囲気とは違うことを感じ取ったレイナは少しばかり背筋が伸びる。それにベッドの上ではしゃいでいたセラピィも雰囲気の変化を感じ取ったのか、はしゃぐのをやめてじっと二人の方を見つめることにした。
「レイナさん、あなたはユウトさんのことをどう思っていますか?」
「ゆ、ユウトさんですか…?」
突然の質問にレイナは少しの間変な思考が頭の中をグルグルと回っていた。そして数秒してようやくフリーズ状態から立ち直り、ゆっくりと口を開きセレナの質問へに対する回答を行う。
「す、すごい方だなと思ってます。ユウトさんは冒険者になってまだ一年も経っていないのにすごい戦いの最前線で町の危機をギルドマスターたちと一緒に救ったり、ギルドのグランドマスターにも認められてSランクにまで昇格したりと数々の偉業を達成しています。それなのに一人の人としてもすごく良い方で、私たち受付嬢にも優しく丁寧に接してくれますし、本当に本当にすごい方だと思います」
レイナは自身のユウトに対する想いを嘘偽りなく答える。それは魔眼を持っているセレナにはもちろん全て伝わっており、彼女は本心からユウトに対して好感を持っていると感じていた。
しかしそれ以上にレイナはユウトに対してもっと深い感情を感じているのではないかとセレナは思っていた。それは魔眼によるものではなく乙女の勘に近いものであった。
「そうですね…ユウトさんは本当に高い実力を持っているのにもかかわらず、それに奢ることなく優しくて紳士的な人です。私もレイナさんと同じくそう思います」
セレナはレイナの意見に完全に同意した上でさらに踏み込んで彼女の気持ちの核心を突こうと質問を重ねる。彼女にはレイナが自身の気持ちをはっきりと言葉にして欲しい理由があるようだ。
「ではレイナさん、ユウトさんのことを『男性』としてどう思いますか?」
「だ、男性としてですか?!そ、それってつまり…」
レイナもセレナが何を言わんとしているかを理解したらしく顔を赤らめてもじもじとし始めた。そして少し顔を下へと向けたまま小さな声で返事をする。
「と、とても素敵な方だなと…お、思います…」
「それは『ユウトさんのことが好き』ということですか?」
恥ずかしがっているレイナに対して強気にも果敢に質問を続けるセレナ。それを聞いたレイナはさらに顔を赤らめて俯いてしまう。この反応からしてセレナには答えは分かっているのだが、彼女の口からしっかりと気持ちを確かめるまでは引かないようだ。
いつもの彼女であればここまで強気に攻めるということは絶対にしないセレナなのだが、この件に関しては非常に勇気を振り絞って目的を達成しようとしている。そんな彼女の過去に類を見ないほどの強い意志を感じ取ることが出来る。
「は、はぅ…い、言わなきゃダメですか?」
「ぜひレイナさんの素直なお気持ちを教えてください」
とても恥ずかしがっているレイナに対して彼女を真剣な表情で見つめるセレナ。そんなセレナの様子を見てレイナは何だかここで言い淀んでいる方が余計に恥ずかしいのではないかと次第に感じ始めた。
そしてレイナは少し自分の中の気持ちを整理することにした。しばらく時間をおいてようやく意を決して彼女は今まで心の奥底に追いやっていた本当の気持ちをちゃんと言葉にすることにした。
「す…す、好き……です…」
意を決して言ったその言葉は恥ずかしさで少し小さな声ではあったが、その言葉に込められた純粋な想いはしっかりとセレナへと伝わっていた。その顔は先ほどよりもさらに赤くなっており今にも茹で上がりそうなほどになっていた。
その言葉を聞いたセレナは少し嬉しそうに微笑んだ。
「レイナさん、実は私はその言葉が聞きたかったんです」
「…えっ、一体どういうこと…です?」
予想外のセレナの言葉にレイナは俯いていた顔を上げてセレナへと視線を向けた。するとセレナは椅子から立ち上がって部屋にある大きな窓へと歩いていく。彼女は窓から見える太陽に触れるようにそっと手を伸ばすとぎゅっと掴む仕草をした。そうして振り返ってセレナはレイナに自身の気持ちを告げる。
「実は私も、ユウトさんが好きです。大好きなんです」
セレナは胸に手を当ててかみしめるようにその言葉をレイナに告げる。レイナはその言葉を聞き、不思議と驚きよりも納得感が自分の心の中に湧いていることに気づく。
セレナに出会ってからあまり時間は経っていないが、それでも少しの間彼女を見ていてレイナは彼女の中でユウトに対して自分と同じような特別な感情を抱いているのではないかという小さな疑惑を持っていた。
しかしレイナはその疑惑をすぐに心の奥底へとしまい込んだ。なぜならそれを認めてしまうと自分の醜い嫉妬心が表に出てきそうだったからである。それが事実だとすれば自分の秘めたこの想いが叶うことがなくなってしまうからである。
それが今、彼女の口からその疑惑が真実であると告げられた。
レイナはいつの間にか自然と目から涙が溢れていた。
「いや、これは…違うんです。ごめんなさい…ごめんなさい…」
レイナは自分が泣いていることに気づいた途端、心の中には溢れんばかりの悲しみが湧いて出て来ていた。自分でもこの感情を抑えたいと願うがその想いとは裏腹にどんどん涙は溢れ出てしまう。
「れ、レイナさん?!」
セレナは突然目の前で泣き出してしまったレイナに駆け寄る。彼女がなぜ泣き出してしまったのか一瞬理解が出来なかったがレイナが繰り返し「ごめんなさい…ごめんなさい…」と告げていることからセレナは何となく彼女が何を考えているのかを察し始めた。
「レイナさん誤解です!誤解なんです!!私は自分の願いとあなたの願い、その両方を叶えるために聞いたんです」
「…ぐすっ、ど、どういうこと…です?」
レイナさんは涙を手で拭って赤く腫れた目を開く。
その瞳には優しくレイナを見つめるセレナの顔が映っていた。
「私はユウトさんのことが好きです。でも他の方がユウトさんのことを好きになってくれることも嬉しいのです。しかもそれがレイナさんのような素敵な方でさらに嬉しいんです。だからこそ私はユウトさんに二人とも好きになって欲しいんです。今日はその提案をしたくてレイナさんとお話ししようと思っていたんですよ」
「そ、それってどういう…?」
レイナはセレナの言っている『ユウトに二人とも好きになって欲しい』という言葉の意図をちゃんと理解できずにいた。文字通りに受け取っていいものなのか、それとも何か別の意味が含まれているのか。それを今のレイナには判断することが出来ずにいた。
「これはユウトさんの気持ち次第ですけれど…レイナさんが良ければ私たち二人でユウトさんのお、お嫁さんに…なりませんか?」
「へっ……お、お、お嫁さんですか?!?!?!」
突然の飛躍したセレナの発言にレイナは恥ずかしさや悲しさなど今までの感情が一気に吹き飛んでいってしまった。レイナはその発言を上手く処理できずに混乱して頭がフリーズしてしまっていた。
「ユウトさんは先日Sランクに仮ですが昇格されましたよね。この国でSランク冒険者というのはとても重用されている存在なのはご存じだと思いますが、私が思うにユウトさんはSランクなんて枠にとどまらずこの国…いや人族にとってかけがえのない人になっていくと思うんです。そんな人が奥さんを一人しか持てないなんておかしい話じゃないでしょうか?」
「で、でも…急にお、お嫁さんだなんて…それに私なんて…」
セレナはユウトの将来について見通して提案しているのだろうということはレイナにも伝わっていた。しかし逆にそんなすごい存在に釣り合うほどの価値が自分にはあるのだろうかと不安も同時に湧きあがっていた。
「えっ、セレナもレイナもユウトのお嫁さんになるの?」
すると先ほどまでベッドで静かにしていたセラピィが純粋な目で二人に問いかけてきた。レイナはどう回答するべきかまだはっきりと自分でも分かっておらず言葉がなかなか出ずにいたが、一方のセレナは少し微笑んでセラピィの頭をなでながら優しく語りかける。
「もしユウトさんが私たちのことを好きって思ってくれたらですけどね。私もレイナさんもユウトさんのことが大好きなので一緒に居たい、その想いは大切にしていきたいんです。私がどんな存在であろうとユウトさんは自分の気持ちを大切にした方が良いと言ってくださいました。だから私はもう自分の気持ちを押し殺すことはしたくないんです」
セレナが発したその言葉には包み込むような優しさがあった。しかしそれと同時にその奥底には強い決意のような、意志のようなものが感じられる。彼女はゆっくりとセラピィの元へと近寄っていくとセラピィを優しく抱きしめる。その後ろ姿からはまるで何かを決心するかのような風にも見えた。
「セレナ様…」
レイナはセレナの先ほどの温かく意志のこもった言葉が強く心に刺さっていた。おそらく彼女も何かを抱えている、そしてそれを後ろめたく思っているんだろう。もしかしたらそれはレイナの不安に思っていることよりもはるかに大きいものなのかもしれない。
しかしそんな彼女は自分の気持ちを蔑ろにすることなく勇気をもって行動に移そうとしている。レイナはそんな彼女の姿を見ていると自分が何を不安に思っているのかと先ほどまでと違う意味で恥ずかしくなってきた。
「セレナ様、私…決めました」
レイナは決意を固めてセレナに話しかける。
その想いを感じ取ったセレナは無性に嬉しいという感情が溢れていた。
「セレナ様、私やっぱりユウトさんが好きです。ただの受付嬢の私がユウトさんやセレナ様と同じ場所立てるか分かりませんが、私も自分の気持ちに嘘はつきたくありません…!」
「レイナさん…!」
その言葉を聞いたセレナは自然と目から涙が流れ出ていた。
レイナもまたその姿を見て涙が流れる。
二人は共に勇気を振り絞って一歩を踏み出した者としてたたえ合うように優しく抱き合った。彼女たちはそれぞれのコンプレックスを抱え、悩み、葛藤し、そして今日互いにそれを打ち明け共有できる仲間が出来たように感じていた。
そんな二人の顔はどこかスッキリとした晴れ晴れとした表情だった。セラピィもそんな二人のことを見つめて幸せそうに微笑んでいた。セラピィ自身もユウトがこんなにも愛されているということに満足感を得ているようであった。
そうして今日、彼女たちは互いの人生でかけがえのない友人を得たのであった。またこの二人の絆、そしてこの一途な愛がこの先も明るく綺麗に輝き続けることだろう。
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