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砂原 紗藍
#再会
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『10年以上ぶりですよね。なんで突然会いに来て、結婚なんですか? 過去の贖罪? 男性恐怖症になった私に責任を感じてるの?』
「……分からない」
あの瞬間は本当に分からなかったんだ。本当にどうしていいのか分からなかった。
ただ俺もきっと彼女を傷つけた時から、ずっと女性不振で、そして君しかいないと思っていたに違いない。
三人目のうそつきは俺だよ。
自分の心が分からず、自分にも君にも嘘をついていた。
『一矢くんっ』
名前を呼ぶときのまぶしい笑顔を覚えている。
髪を触ったり褒めると、耳まで真っ赤になる彼女が好きだった。
つまらない女子の嫉妬を気にしない、凛とした姿勢が好きだった。
風にさらわれる彼女の美しい髪が俺は好きだった。
「好きなってもらえなくても、いい。せめて男性恐怖症だけはなんとかしてみせる」
玲華さんは、華怜のために嘘をついて悪役になってくれた。
何を言ったのか分からないが、華怜はしばらく俺のとは目さえ合わせてくれず、いつも俺の首に下がったネクタイを睨んでいたっけ。
名前さえ呼ばれないのに、同じ空間にいるのは辛いわけはなかったけれど、これまで彼女が俺のせいで転校までして時間を無駄にしたのだと思ったら、我慢できる。
まさか俺と無理やり結納まで終わらせておいて、他の男性と飲みに行くとは思わなかったし、紆余曲折あったものの、今は割と幸せだ。
いや、もしかしたらめちゃくちゃに幸せかもしれない。
家に帰ったら、拒絶しないで俺を見てくれる彼女がいる。
たまに一緒にお笑い番組を見てくれる。
一緒に食事をしてくれる。美味しい食事を作ってくれる。
撮りためたお笑い番組を見ながら寝落ちしたら、タオルケットを持ってきてくれたり。
お弁当箱を用意して、一緒に作ってくれたり。
今は何か変化があるたびに幸せだった。
「いや、今日は妹が来たのに任せっきりにしたのは悪かったか」
喬一くんと一緒だったはずだからなにか不備はなかったはずだけど、お礼にケーキでも買ってマンションまで急いで帰った。
ゆっくりでいい。俺は自分のために急かせるつもりはないから。
だから。
いつか、嘘つきの俺たちを彼女が責める日が来ても覚悟はできている。
もう一度、愛し気に俺の名前を呼んでくれる日がくればいいんだけどね。
「ただいま。華怜、うちの妹は帰った?」
どれが好きか分からず大量になってしまったケーキを渡そうとリビングへ向かう。
すると通話中の華怜が外を向いてカーテンを握りしめていた。
電話中ならばと、冷蔵庫にケーキを入れておこうと静かに移動していたら、コトンと小さな音がした。
振り向くと、華怜が携帯を落とした音だった。
「電話終わったの?」
「ええ。……なにかおかしいと思って従兄弟に電話してみたの」
「ふうん。あのさ、ケーキを」
従兄弟に電話。
その意味に気づいて、言いかけたまま固まってしまった。
短い髪を耳にかけるしぐさ。小さな耳があらわになるとまっ赤になっている。
赤くなるぐらい携帯を強く耳に押し付けたのかと、疑問が浮かんだが、今の問題はそれではなった。
「嘘をつかずに、教えてほしい」
嘘つきなら、この話の中に三人いる。
けれど、これだけは信じてほしい。俺たちは誰一人、華怜を傷つけたくて嘘をついたわけじゃない。
親友の気持ちを守るために。
男性恐怖症に捕らわれないために。
そして――俺は。
「どうして私を騙したのか、教えて」
振り返った彼女の目に大粒の涙が溜まっていた。
騙さなければ、取り付く島もなく話さえも聞いてくれなかっただろう。
騙さなければ、今こうして、一緒の空間に居ること時代できなかっただろう。
騙さなければ――。
騙さなければ、彼女は俺のことなんて思い出せず、自分のためにお洒落して一人気ままに生きていて、こんな風に泣かずに済んだ。
「どうして?」
カーテンを掴む手が震えていた。
なので俺はケーキを冷蔵庫に入れるのも忘れ、カウンターに置くと彼女に近づく。
そして自分でも止められないまま抱きしめていた。