静まり返った廊下。私は緊張の糸が切れ、その場に崩れ落ちた。
一番見られたくなかった無様な姿。よりによって、同じアパートの住人に見られるなんて。
「……あの、ありがとうございました」
「ええよ。それより自分、大丈夫か?」
男がひょいと首を傾げる。
暗がりでもわかるほど、彼の瞳は澄んでいて、私のすべてを見透かしてくるような怖さがあった。
私は慌てて立ち上がり、乱れたスーツを整える。
「はい、お見苦しいところを失礼しました。……お礼をしたいのですが、今は持ち合わせがなくて」
「お礼なんてええよ。それより、そんな格好でこのアパート、浮きすぎやろ」
男は私の足元のハイヒールと、ボロボロのアパートの床を交互に見て、小さく吹き出した。
「これ、食べます? さっき買ってきたんですよ。おいしいですよ。……慰めるのは得意かもなんで」
差し出されたのは、コンビニの袋に入った小さなたこ焼きのパック。
「俺、日比谷光。隣に越してきた、売れない芸人です。……お姉さんも、なかなか苦労してそうやな」
光と名乗った男は、それだけ言うと、ひらひらと手を振って自分の部屋へ戻っていった。
手元に残された、温かいたこ焼き。
嘘で塗り固めた私の「完璧な日常」に、奇妙な隣人が現れた瞬間だった。






