交通事故にあった。
全治3週間の怪我だ。
脳にちょっと衝撃があったらしく、念を入れて1ヶ月ばかし入院する羽目になった。
「じゃ、父さんは行くからな。入院してるからって勉強をサボるんじゃないぞ」
そう言って親父は病棟を出て行った。
カーテンで仕切られた病棟には六つの寝台が置かれており、俺は窓際の一つに寝ていた。
「誰が真面目にやるかってんだw」
俺、「夏目 薫」は決して真面目といえるわけではない。
勉強しろと言われてもしない。
勉強なんて家にいる時だけで充分だろ。
俺は壁に立てかけてある松葉杖を持ち、病棟を出た。
病院の廊下は、一言で表すと病院の匂いだ。
何の匂い、といえるようなクセがない。
強いて言えば無臭だろうか。
時々聞こえてくる患者と家族の団らん。
俺の家族は絶対来ない。
なぜって、俺に興味がないから。
とは言っても、別に家族団らんがしたいわけじゃない。
家族が俺に興味がないのと同じで、俺も家族に興味なんてないのだ。
そうして俺はエレベーターに乗り込み、屋上へと向かった。
あの日以降、俺は暇さえあれば屋上へ足を運んでいる。
あの時の女。
脳裏にこびりついて離れない。
凛々しくたくましい瞳は今でも鮮明に思い出せる。
ドアを開くと、案の定そこにはあの女がいた。
「よぉ。元気か、梅雨(つゆ)。」
この間聞いた。
この女の名前は梅雨と言うらしい。
人名としては珍しい名前だ。
「やぁ夏目 薫。早かったな」
梅雨は腰掛けていた柵から飛び降りると、俺の方を軽く叩いた。
「リハビリは進んでいるのか?」
これは梅雨のいつもの話の入り方。
「あぁ、松葉杖が要らないくらいにはな」
「そうか」
そうそう、もう一つ。
梅雨は何の病気か明かしてくれない。
病棟の階も、病棟の番号も、自分の名字でさえ、だ。
そんなことはぶっちゃけどうでもいい。
しかし、俺は知りたかった。
なぜこんなにも強い瞳なのか。
「…る、夏目 薫?」
「あ、あぁ悪い。」
すると、梅雨は突然俺の前に立ち、腰に手を当てて言った。
「なぁ、山に行ってみないか?」
「山?あの裏山か?」
「そうだ。ぼくはそこに行きたい。」
「でもなぁ…あそこには鬱陶しいガキどもが…」
「む?夏目 薫もガキではないか。」
「あ”ぁ?」
俺が軽く睨むと、梅雨は笑い出した。
「いや、すまんすまんw」
そう言うと、梅雨は1人で走り出した。