「欲望を語る場所」の設定資料で言いたかったのは、こういうのもアリだよね、ってことだけです。
中国さんは王朝の名前にすると誰だか分かりにくくなるので、便宜上「中華さん」にしています。
「雨、続いてるんアルか。」
花、枯れちまいそうアルね、と。
軒先を蹴って落ちる雨が響く中、現れた彼はそう言った。
「……遣らずの雨、ってやつですよ。」
一枚の障子を隔てて、彼が薄く笑ったのがわかる。
僕が開けるまで待っていることにも、湿気への嫌味がひと言目だったことにも、全てに腹が立つ。
唇を噛んで、中華さんを招き入れた。
「……また、来ちまったヨ。」
春の終わりを告げるように、ひっそりとした微笑み。
ロウソクの薄明りに照らされた横顔には、拭い切れない疲弊が映っている。
「……今回も、あのために?」
僅かばかりの期待をのせた声音に、中華さんはすまなさそうに頷いた。
何千年も繰り返してきた儀式。
彼はまた、今夜死ぬ。
終わりのようで、終わりではない別れの訪れに、歯軋りをするように畳が軋んだ。
「また王朝が変わるんアル。……これで12…15回目ネ?…面倒かけるアルなぁ。」
ふわりと薬草の匂いを立てて、彼は頬をかいた。
「……いえ……慣れました、から。」
そうか、という声が雨音に重なる。
王朝が変わるたび、生まれ変わるため彼の体を燃やす。
少しも薄れない、灰に還す虚しさを語るより、彼を労ることを選んだ。
いつかまた同じ顔…あるいは少し違う顔で戻ってくるこの人を、変わらず迎えるために。
中華さんの指がそっと、糸をたぐるように触れる。
雨に打たれて冷えているはずなのに、確かな熱を宿す無骨な手。
「……また今夜も、昔のままでいさせてくれアル。お前のこと、忘れたくない。」
いつもは茶化してばかりの黄水晶が、雨夜の星のように不安定に揺れる。
「……刻みつけてください、あなたのこと………。」
命に絡みつく温もりに、ただただ身を寄せた。
***
彼が僕の身体に深く潜り込むほどに、雨足は弱まっていった。
鼓動が近い。
体内で脈打つものを感じながら、すがるように彼を呼んだ。
少しカサついた唇に口を塞がれる。
優しく、執拗に、何もかもを溶かすように。
「ちゅっ……か、さっ…あっ………」
ふるりと体を震わせて、彼の背にしがみつく。
涙がこぼれて汗に混じった。それを舌で掬うように口付けが落ちる。
息を整えて見上げると、中華さんは震える指で僕に触れた。
「日本。……また、我のことを………」
「えぇ、勿論。………中華さんは?」
曖昧になった輪郭をなぞるように抱きしめられる。
「冇問題。……愛せないわけ、ねぇアルよ。」
「………もっと、来て。」
それ以上、何も言えなかった。
ただ消えていく何かを繋ぎ止めるように、全てを重ねる。
夜は長く、そしてどこまでも短かった。
***
「……止みましたね、雨………。」
昼下がりの空気は、長雨が居座っていたことを忘れるほどに澄んでいた。
雲間から差した光に微笑んで、中華さんは瞳を閉じた。
握られた手が、すぅっと力を失っていく。
「……お疲れ様でした。」
それだけを言って、最期の吐息にキスをした。
白い桐箱の中に彼と花とを横たえる。
荼毘の用意にはもう慣れたけれど、炉の戸を閉める時走る痛みは、初めての別れと大差ない。
『体が新しくなるだけヨ。我は必ずお前に会いに行って、お前を愛すアル。』
そう、言われた時と。
パチパチと小さな火花が舞って、彼が煙に混ざっていく。
出来た灰を、植えた牡丹の上に散らす。
ぽつり、と雨もないのに水滴が垂れた。
この花が芽吹く頃、あなたはきっと会いに来る。
そしてまた果てる時、この花を添えて送ろう。
何度でも、何度でも。
私があなたを愛さなくなるまで。
(終)
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良………