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午前10時半の鐘とほぼ同時に応援が3人到着。
書類を渡して、そのまま俺たちは街を出る。
あまりにあっさり出たので、つい気になって聞いてみた。
「引き継ぎのための連絡とかは必要ないんですか?」
「今回の引き継ぎ要員のうち1名は100m以内で、1日以内の過去の状況を視覚・聴覚で確認することが可能です。ですので、本件依頼についての資料を渡しておけば、あとは問題ありません」
さすが冒険者ギルドの調査部だ。
時間遡行魔法なんて前世でもごく限られた人間しか習得できなかった。
俺でも50m以内、36時間以内、それも視覚情報だけがやっとだ。
この魔法を使えると修理のときにどこが壊れているのか特定しやすい。
以前の正常動作をしている状態を確認できるから。
ただし『もともと壊れていたのをだましだまし使っていた』なんて場合にはあまり効果がなかったりする。
もう俺の関係ない世界の話だけれど。
「それにしても、同行しているのがエイダンさんだと楽でいいですね。移動の際に遠慮する必要がないので、時間を無駄にしないで済みます。
これなら今日の昼、初心者講習の生徒が出てくる前に受付窓口に就けそうです」
それは、つまり……
「選別作業に戻るわけですか」
「ええ。1回でも確認の機会を多く持ちたいですから」
クリスタさん、せっかちなだけでなくワーカーホリック気味だ。
前世で過労死した俺が言えるようなことではないけれど。
「この後のことについて走りながら説明します。
まずは冒険者ギルドで報酬をお渡しします。そうしたら次にエイダンさんには商業ギルドへ行ってもらうことになります。
商業ギルドへは私は同行できません。受付業務やその後の依頼作業の状況確認、そして鍛冶組合に今回の件についての説明に行く必要がありますから」
なるほど、依頼を請け負った初心者講習生の業務態度なんてのも確認しているわけか。
クリスタさんが存在を隠蔽した状態で行動できるのは、エダグラの街で確認済みだ。
きっとああやって、街中にいる初心者講習生の動きを確認しているに違いない。
おそらく俺のゴミ拾い依頼も、どこかで様子を見られていたのだろう。
さて、それはそれとしてだ。
「商業ギルドには、何か話が行っているのでしょうか」
「ええ。冒険者ギルドで報酬をお渡しするときに、商業ギルドへの紹介状も作成してお渡しします。受付で、物件を探しに来たと行って紹介状を渡せば、スムーズに話が進むはずです。昨日お渡しした略図に商業ギルドの場所も載っています。冒険者ギルドから歩いて3分程度ですので問題はないでしょう」
なるほど。なら俺一人でも大丈夫だろう。
ただクリスタさんの歩いて3分は、換算し直しておく必要がある。
せっかちが無茶苦茶速い速度で歩くのは、間違いなく一般的基準ではない。
そうこうしているうちにドーソンの街が見えてきた。
南門から入ると冒険者ギルドまで500m程度。
面談室に入って報酬と紹介状を受け取り、受領証を書いて渡す。
なお受け取った報酬は俺自身が試算したものより高かった。
「本来の報酬である10tの追加依頼を達成した際の報酬75万円から指導員報酬1割を引いて67万5千円。そして追加報酬が20万円。合計で87万5千円となります」
前世の職場では勝手な仕様変更をされた上、向こう都合の仕様変更にも関わらず安い方の見積もりしか適用しないなんて例が多々あった。
そういう意味ではここは随分ホワイトな世界だ。それとも冒険者ギルドという組織がホワイトなだけだろうか。
いずれにせよ現状はありがたい。
「先程話した通り、鍛冶組合の方は私から説明します。ですからエイダンさんは行かなくても問題ありません。ただ、依頼が達成できなかったことから、近々再びこの依頼が貼り出される可能性があります。その際はよろしくお願いします」
「わかりました」
この「近々」は、エルフにしてはせっかちなクリスタさん基準なのだろうか。
それとも普通人とは違う、エルフやドワーフ的な近々なのだろうか。
その辺はわからないけれど。
講習が終わり、講習生が押し寄せる前に冒険者ギルドを脱出。
やはり3分というのはクリスタさん基準だった。迷わずに歩いても5分はかかった。
なんてことを思いながら商業ギルドの中へ。一番手前の受付カウンターが空いていたので、そちらへ。
「貸家を探しに来ました。これは冒険者ギルドからの紹介状です」
いかにも事務職という感じの、30前後の男性に紹介状を渡す。
「わかりました。それではこの先、5番と書かれた部屋でお待ちください」
「わかりました」
部屋と言っても冒険者ギルドの面談室のような小さな部屋だ。
2人掛けソファー2つとテーブルだけでやっとという感じの。
入ってクリスタさんから渡されていた物件資料を出して見ていると。
「失礼します。ドーソン商業ギルド住居物件部のミーニャです。よろしくお願いします」
赤い長髪の頭部分に猫耳、そして黒くて長い尻尾。
担当は猫獣人のようだ。
見える特徴は耳と尻尾くらいだが、概して筋力、聴力、嗅覚が普通人よりずっと上。
なので冒険者やガテン系業務には結構多いけれど、事務職というのはあまり見ない。
「既にある程度の物件の目星はついていらっしゃるのでしょうか。もし教えていただければ、それに近い条件の物件を幾つか探してご紹介できますけれども」
ミーニャさんはこちらの書類を見てそう尋ねる。
なおミーニャさん、見た目的には18歳位で、顔も結構可愛い。
ボディはイメージ的によくある猫獣人な細さではなく、割とむっちり系。
クリスタさんも綺麗だったけれど、俺としてはミーニャさんの方が好みだな、なんて思ってしまう。
まあだからと言って何をするわけではないけれど。
さて、物件についてはエダグラで引き継ぎの人を待つ間、渡された資料で検討済みだ。
なのでクリスタさんから渡されたおすすめ物件のうち1つを表に出して、ミーニャさんの方へ向ける。
「ええ。冒険者ギルドの方で幾つかの候補から見て良かったと思うのは、このナミエ地区の貸家です」
これだけだと説明が足りないだろう。だからここを選んだ理由も続けて話す。
「平屋ですが、しっかりしたキッチンがあるリビング、寝室、倉庫、作業場とそれなりに広く、大きめの浴槽がある風呂場もあります。冒険者なので武器や装備が増えますし、それらを手入れする場所が必要。また、依頼受領後はゆっくり身体を洗いたいので、風呂場があると助かります」
釣った魚をさばくためには、キッチンが広い方が良い。
釣り道具が増えても困らない広さと、釣り道具を作れる作業場が欲しい。
浴槽があると泥抜きをする時などに魚の生け簀代わりに使える。
本当はそういった理由だ。
「あとは簡単な訓練ができる庭があること、そしてやはり訓練ができる広い場所がある川と海に近いこと、そして家賃がそこまで高くないことが気に入った点ですね」
川や海が近いというのは、もちろん釣りのためだ。
ここではそういうことは言わないけれど。
「わかりました。家賃はこのくらいでよろしいでしょうか。またこの場所ですと街の中心部、商業ギルドや冒険者ギルドからはやや遠いのですが、そこはよろしいでしょうか」
月々の貸賃は4万6千円。これくらいなら問題ない。
また冒険者ギルドから遠いといっても、せいぜい2km程度。
クリスタさんほどの早足でなくとも、歩いて20分程度で行くことは可能だ。
それより釣り場に近い方がよっぽど嬉しい。
家の北側、防風林を抜けると海。東側50m先の堤防を上ると河川敷。
もうこれしかない位の立地条件だと思う。
「わかりました。それではこの物件に近い物件の資料を持ってまいります。少しお待ちください」