テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
513
炭酸@サイダー🌠💙🎧️
2,005
星乃桜※宿題は敵
3,019
#仁瑠衣
こお
4,348
いつも通りの朝。
珍しく、テリーが窓を引っ掻いた。
「……なんや、テリー。朝から騒がしいな」
窓を開けると、テリーは待ってましたと言わんばかりに部屋へ飛び込んできた。
その直後、端末が通知音を鳴らす。
届いていたのは、序列21位ホークアイズからの支援要請だった。
縦人を見上げたテリーが、いつもの声で告げる。
『司波仁が倒れ、病院へ搬送されました。
至急、協力をお願いします』
「……は?」
思わず声が漏れる。
司波仁。
その名前を見た瞬間、胸の奥が嫌な音を立てた。
「……俺には関係ないやろ」
そう呟いて、端末を伏せる。
今さら何の関係がある。
あいつとはもう、何もない。
そう思っていたはずなのに。
「縦人」
背後から、大地の声がした。
「……何や」
「行っておいでよ」
「は?」
「仁のところ」
「何で俺が行かなあかんねん」
「縦人が行った方がいいと思うから」
「俺には関係ない言うとるやろ」
大地は少しだけ困ったように笑った。
「それでも、行ってほしいんだ」
「……」
「これは探偵命令だよ」
大地が一生使わないであろう言葉ナンバーワン、探偵命令。
「……ほんま、勝手なことばっかり言いやがって」
そう吐き捨てて、縦人は上着を手に取った。
怒っている。
今だって、許したわけではない。
それでも。
倒れたと聞いて、何もせずにいられるほど、簡単に割り切れる関係ではなかった。
病院に着いた頃には、すでに昼を過ぎていた。
受付で病室を確認し、廊下を歩く。
扉の前で、一度足を止めた。
会って何を言うつもりなのか、自分でも分からない。
心配していたなど、口が裂けても言いたくない。
「……はぁ」
小さく息を吐き、扉を開けた。
「……失礼するで」
病室のベッドには、仁が横になっていた。
顔色は悪く、腕には点滴の管が繋がれている。
いつもなら真っ先にこちらの気配に気づくはずなのに、今は目を閉じたままだった。
「……シバ」
返事はない。
「こないなところで寝とる場合ちゃうやろ」
その声に反応したのか、仁がゆっくりと目を開けた。
「たて、ひと…?
お前、なんでここに……」
「支援要請が来たんや」
「……帰れ」
「病人が偉そうに命令すんなや」
「俺は大丈夫だ」
「その顔で何言うとんねん」
仁は何か言い返そうとした。
けれど、その直後。
「っ、げほ……っ」
咳き込んで、顔を背ける。
縦人はすぐにベッドへ近づいた。
「おい、大丈夫か?」
仁は小さく頷いたものの、苦しそうに呼吸を整えている。
そして、次の瞬間。
「う’’、かは…っ、
ひゅ……っ」
ひゅ、と喘鳴のような音が鳴る。
胸を押さえた仁の顔色は、青を通り越して白かった。
しかも。
口元を押さえた手のひらは、朱に染まっていた。
「シバ…っ、血…!」
息を呑むと、仁は少し困ったように笑った。
「……問題ない」
その言葉は無視することにする。
そうだ。こいつはこういうやつだった。
「ちょっと待っとれ。看護師さん呼ぶわ」
「必要ない」
「必要あるわ!」
縦人がナースコールに手を伸ばすと、仁はそれ以上何も言わなかった。
ただ、目を伏せていた。
その横顔を見て、縦人は唇を噛む。
こんな姿を見たかったわけではない。
けれど、だからといって、何もなかったことにはできない。
「……ほんま、アホやな」
誰にも聞こえないくらいの声で、そう呟いた。
看護師が病室に入ってきて、仁の様子を確認する。
縦人は邪魔にならないよう、少し離れた場所へ移動した。
「検査をしますので、少しお待ちくださいね」
そう言われ、仁は検査のために病室を出ていった。
扉が閉まる。
静かになった病室で、縦人は椅子に腰を下ろした。
「……何しとんねん、ほんま」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。
しばらくして、看護師が戻ってきた。
「付き添いの方ですか?」
「……知り合いです」
「そうですか。ご本人はかなり無理をされていたようですね。今は医師の指示に従って、安静にしていただく必要があります」
「……分かりました」
「先ほども体調が悪化して、一度意識を失われました。今後も慎重に様子を見ていきます」
縦人は何も言えなかった。
意識を失った。
その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
「……そう、ですか」
声が少しだけ掠れた。
看護師が出ていったあと、縦人は両手を組んで俯いた。
怒っている。
許していない。
それは変わらない。
けれど、もし。
もし、あのまま目を覚まさなかったら。
そんな考えが頭をよぎって、縦人は強く目を閉じた。
「……ふざけんなや」
今さら、そんなことを考えさせるな。
勝手に倒れて、勝手に心配させて。
ほんまに、勝手な男や。
夜。
病室の明かりは落とされ、窓の外には街の光が滲んでいた。
仁は目を覚ましていた。
縦人はベッドの横の椅子に座り、窓の外を眺めている。
「……まだいたのか」
「お前が寝とる間に帰るつもりやったわ」
「なら帰ればいい」
「そうやな。帰ったろか」
そう言いながらも、縦人は立ち上がらなかった。
仁は窓の方へ視線を戻す。
「……仕事は」
「今は関係ないやろ」
「お前にも予定があるだろ」
「あるわ。せやから、さっさと元気になってもらわな困るんやけど」
「……悪かった」
その言葉に、縦人の指が止まった。
「何がや」
「心配をかけた」
「それだけか?」
仁は答えなかった。
縦人は少し目を伏せる。
「シバ。俺はな、お前が倒れたことだけに怒っとるんちゃう」
「……分かってる」
「ほんまに?」
「……」
「俺は、あの約束を覚えとる」
仁の表情がわずかに揺れた。
「……ああ」
「お前が何も言わんかったことも、勝手に決めたことも。全部覚えとる」
「……すまない」
「謝ったら終わりやと思うなよ」
「思ってない」
沈黙が落ちる。
縦人は視線を逸らした。
「……俺はまだ、お前を許せへん」
「分かってる」
「せやから、今さら昔みたいに戻れるとも思っとらん」
「……ああ」
仁は目を伏せた。
その表情は、いつもの冷静な司波仁とは違っていた。
何かを言おうとして、結局言葉にできずにいる。
「……何や。言いたいことあるんちゃうんか」
「いや」
「隠すなや」
「……何もない」
「嘘つけ」
仁は小さく息を吐いた。
「……少し、疲れただけだ」
「そらそうやろ。あんだけ無理しとったんやから」
「……」
「今くらい休め。誰もお前を責めへん」
仁は返事をしなかった。
ただ、布団の端を指先で握りしめていた。
しばらくして。
仁の呼吸が乱れた。
「……シバ?」
「っ、げほ……っ、は…っ」
咳き込む仁の背中に、縦人が手を添える。
「大丈夫か?」
仁は小さく頷こうとしたが、顔をしかめてこめかみを押さえた。
「頭、痛むんか?」
「……少し」
「少しなわけあるか。看護師さん呼ぶで」
「待て……」
「何や」
仁は縦人の服の袖を掴んだまま、俯いていた。
「……行くな」
その声は、聞き逃してしまいそうなほど小さかった。
「シバ?」
「……頼む」
縦人の動きが止まる。
仁は俯いたまま、しばらく言葉を探していた。
そして。
「……今だけでいいから」
「……」
「今だけでいいから、そばにいてくれ」
縦人は何も言わなかった。
仁の指が、縦人の服をぎゅっと握る。
「……少しだけでいい」
いつもの仁からは想像もできないほど、弱々しい声だった。
「……俺を、ひとりにしないでくれ」
縦人は息を呑んだ。
ああ、もう。
ほんまに、ずるい男や。
「……シバ」
縦人はベッドの端に腰を下ろした。
そして、仁の肩にそっと手を回す。
「こっちおいで」
「……」
「ええから」
仁は少しだけ迷ったあと、縦人の胸元に額を寄せた。
縦人はその身体を、壊れ物に触れるように抱きしめる。
強く締めつけないように。
けれど、離れてしまわないように。
背中に回した手で、ゆっくりと撫でる。
「……ここにおるよ」
「……ああ」
「どこにも行かへん」
仁の手が、縦人の服を握り直した。
「……縦人」
「なんや」
「もう少しだけ……」
「分かっとる」
仁の顔が、縦人の肩に埋まる。
しばらくして、小さな声が聞こえた。
「……怖かった」
縦人は仁の髪にそっと触れた。
「うん」
「目が覚めなかったら、どうしようと思った」
「……せやな」
「もう、何もかも……嫌になりそうだった」
「……そっか」
否定も、励ましも、しなかった。
ただ、抱きしめる腕に少しだけ力を込める。
「今は何も考えんでええ」
「……」
「俺の前くらい、弱いままでおり」
仁の肩が震えた。
「……泣いてない」
「はいはい」
「本当に……泣いてない」
「分かったって」
縦人は仁の後頭部を優しく撫でた。
「……シバ」
「何だ」
「俺はまだ、お前に怒っとる」
「……知ってる」
「許したわけでもない」
「……ああ」
「せやけど」
縦人は少しだけ顔を寄せる。
「今のお前を突き放せるほど、俺も器用やないんよ」
仁は答えなかった。
ただ、縦人の胸元に顔を埋めたまま、静かに涙を零していた。
「……もうちょっと、このまま…」
「好きなだけおり」
その夜、縦人はしばらく仁を抱きしめていた。
仲直りなんて、まだできない。
許すことだって、できない。
それでも。
今だけは。
互いの距離を、忘れていたかった。
翌朝。
カーテンの隙間から、柔らかな光が差し込んでいた。
仁は静かに目を覚ました。
隣を見ると、縦人が椅子に座ったまま眠っている。
その姿を見て、仁はしばらく動かなかった。
昨夜のことを思い出す。
自分が何を言ったのか。
どれほど情けない姿を見せたのか。
「……縦人」
小さく呼ぶ。
縦人はゆっくりと目を開けた。
「……ん。起きたんか」
「ああ」
「体調は?」
「昨日よりはいい」
「そうか」
縦人は立ち上がり、仁の様子を確認する。
「まだ無理したらあかんで。先生にも言われとるやろ」
「分かってる」
「ほんまかいな」
「……ああ」
少しの沈黙。
仁は縦人を見つめた。
「昨日は……ありがとう」
「別に」
「助かった」
「大袈裟や」
「そうか?」
「そうや」
縦人は窓の方へ視線を向ける。
「俺、そろそろ行くわ」
「……そうか」
「大地にも連絡せなあかんしな」
「そうだな」
縦人は荷物を手に取った。
扉へ向かいかけて、ふと足を止める。
「……シバ」
「何だ」
「勝手に倒れんな、アホ」
仁は少しだけ目を見開いた。
「……努力する」
「努力やなくて、ちゃんと休め」
「分かった」
「次はこんなことにならんようにせえよ」
「……ああ」
縦人は扉に手をかけた。
「縦人」
呼び止められ、振り返る。
「何や」
「また、来てくれるか」
縦人はすぐには答えなかった。
許したわけではない。
昨日の抱擁で、何かが解決したわけでもない。
それでも。
「……考えとく」
そう言って、扉を開ける。
「ほなな」
「……ありがとう」
今度は返事をしなかった。
ただ、扉を閉める直前。
「ちゃんと治せよ」
それだけを残して、縦人は病室を後にした。
廊下を歩きながら、縦人は小さく息を吐く。
まだ怒っている。
許していない。
これから先、どうなるのかも分からない。
けれど、昨日の仁の声が、どうしても頭から離れなかった。
『今だけでいいから、そばにいてくれ』
「……ほんま、アホや」
呆れたように呟く。
それでも、その足取りは病室に来たときより少しだけ軽かった。
許すことと、助けることは違う。
怒っていたって、手を差し伸べることはできる。
まだ、許してへん。
せやけど。
あいつがちゃんと笑えるようになるまでは。
もう少しだけ、見届けてやってもええかもしれへん。
「……次は絶対、勝手に倒れんなよ」
その言葉は、誰にも届かなかった。
それでも縦人は、確かにそう願っていた。
コメント
1件
なぽりたん🍝解読者さん、読んだよ……。 憎んでるのに、許せないのに、それでも手を伸ばさずにはいられない縦人の心情が、本当に痛いくらい伝わってきた。「今だけはそばにいてくれ」って仁が弱音を吐くシーン、静かに涙が出そうになったよ。まだ何も解決してない。でも、だからこそこの一歩が重くて。好きです、この空気感。