テラーノベル
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新曲リリースにテレビ出演、バラエティへの挑戦や舞台演劇、大規模ツアー公演が続き、一通り走り抜けてからふと間が空いた。
リフレッシュ期間として意図的に作られた休息だったが、それが良くない方向へ出てしまったらしい。
平日という事もあり、外は行き交う人々の喧騒であふれていた。
窓を開けて空気を入れ替えようと思ったのに、聞きたくもない声が耳に入ってくる。
少し前まで自分も同じようにしていたのだと言うのに信じられない気持ちだ。
あれ、何がしたいんだっけ。
良く分からなくなって近くにあったアコースティックギターを手に取る。
ソファーに座り何となく音を鳴らしてみるが、今は弾きたい曲が浮かばない。
歌いたい歌もなく、結局ギターは元の位置に戻してソファーに横になった。
ちょうどよく吹く風は優しく頬を撫でて気持がちいい。
部屋の電気をつけなくてもいいくらい外は明るい。
なのに、
どうしてか気持ちが乗ってこない。
皆で新曲を覚えて、振りも覚えて初めてテレビで披露したときの緊張感はとっくの昔のように感じた。
それが何月かとか、その後何をしていたかなんて覚えていない。
思い出そうとも思わない。それがなぜかは分からない。
ただ、ずっと見えない鞭から逃げるように走り続けていたような気がする。
振り返ることもなく、脚を動かし続ける。
仲間はいるがそれぞれ異なるトラックを走る。
その先に何があるのか、ゴールはどこなのか。
もう、自分が何をしているのかすら分からなくなってくる。
ああ、自分は空っぽだ――
―――――
嗅ぎ慣れない土地の匂いが、胸の奥の空洞にゆっくり染み込んでいく。
時折聞こえる異国の言葉が耳をすり抜ける。
ぽっかりと胸に穴が開いたような感覚がして、その後は何も考えずフライトチケットを取っていた。
どこに行きたいとかは特になかった。
だから適当にすぐ取れるチケットを予約してその足で空港へ向かった。
あとは指示に従って動き、飛行機の中で一晩寝たらもう日本ではなかった。
なんだ、意外に簡単じゃん。
適当に検索して何となく綺麗そうな簡易ホテルを探してタクシー運転手に見せると、にこっと笑い「goodplace」と一言言ってそのまま向かってくれた。
基本英語は話せないのでスマホ機能に頼ったが、思いのほか全てがスムーズに進む。
自分の力でなくても全てが進んでいく。
まるで少し前の自分のようだと思いため息が出る。
着いたホテルは評判通りの綺麗さでレセプションも一般的なものだった。
そのまま部屋を取り荷物を置き、ベッドに横になった時、ふとロビーで案内のあったすぐ近くの海辺を思い出し、何となく足を向けた。
夕方近い時間の空はオレンジ色だった。
ざく、ざく、と砂に足を取られながら海の傍へ進んでいく。
白波が優しく押したり引いたりを繰り返している。
海は嫌い。
だけど浜辺に腰を下ろして見る地平線は、幾分か綺麗に見える。
仁人は波の音を聞きながらぼんやりとした頭で空を眺めていた。
空はどこまでも続いているのに、
昨日と今日の境目がぼんやりして、
自分がどこに立っているのかさえ曖昧に感じる。
どうして自分はここに来たのだろうか。
空はどこまでも続いていて、日本にも繋がっているはずなのに、
その“つながり”が急に信じられなくなる瞬間がある。
昨日の僕と今日の僕が同じ線上にいるのか、
明日の僕はその線の上に立てるのか。
考えれば考えるほど、輪郭がぼやけていく。
別に不安になっている訳ではない。
なんとなく、明日の自分の存在は未知数過ぎて分からなくなってきた。
結局その日は日が沈む前にホテルへ戻り、夕食は取らずにシャワーを浴びて寝しまった。
――――――
翌朝は朝日が昇る前に海辺へ向かった。
犬を散歩させている人、ジョギングに勤しむ人、それぞれがそれぞれの日常を楽しんでいる。
自分はどんな日常を送りたいのだろうか。
自分の知らない国の、知らない町の、知らない人たちは妙に輝いて見える。
ただもう子供でもない自分は、その人たちが別の側面でしんどさを味わったりしているのも理解できる。
ではなぜキラキラして見えるのだろうか。
ただ日常を過ごしているだけの人たちを。
取り留めのない事を考えていると腹の虫が鳴った。
海辺に来る途中でカフェがあったのを思い出し、潔くブランチをとるために向かった。
適当に注文して待っていると現地の人に声をかけられたが、なんて答えようかと一瞬迷い、観光だと言って合わせる。
ここの人たちはとても温かだ。ニコニコして、楽しそう。
自分はどんな顔をしているだろうかとふと思うが、きっとただの観光客にしか見えないだろう。
結局自分はこの地では異質だ。
本来自分がいるべき場所じゃないと思う。
ただその異質さが、逆に自分を許してくれる気がした。
そうか、自分はあの場所で自分を受け入れてほしかっただけかもしれない。
そして誰もが持っている暗い側面を覆う、何か優しい日常が欲しかっただけなのかも。
――――――
「おい」
ホテルへ戻る途中、聞き慣れた声が海風を切り裂くように届いた。
「…勇人、どうしたの」
「それはこっちのセリフだろうが」
勇人の表情は怒っているようで、泣きそうで、呆れているようで。
日常へと連れ戻す彼の声と姿が、同じ異国の中で、妙に鮮明に映る。
なぜだか分からないが、目の前の広い胸に飛び込みたくなった。
実際はそんなことできるはずもなく、下を向いて、最初の一歩を迷う。
「仁人、お前は——」
そこまで言って言葉を詰まらす勇人の顔を見て、きっと俺はできるだけ早い便に乗って彼と帰るんだろうなと思った。
end
ゆき
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コメント
1件
**みぅ🤍🥀:** うわあ……読んでてじんわり胸が重くなった。 「空っぽ」って言葉がすごく刺さる。走り続けてた反動で、ふと止まったときに感じる虚無感って、言葉にしにくいのに、ここではちゃんと描かれてる。 海辺の静けさと勇人さんの声の対比が特に印象的だった。あの“日常の象徴”みたいな声が、異国で響く感じ……すごく好き。 共感しすぎてちょっと息苦しくなりました。続きも気になります。