テラーノベル
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毎日同じように流れる時間。非効率な業務。それを改善出来ないか打診するも、聞き入れる気のない凝り固まった思考の上司。ノルマだけが積み上がり、時間だけが奪われていく。時間と豊かな心身の健康は失ったが、有り難いことに対価だけは、使う暇のなかったおかげで暫くは暮らせるくらいに貯まっていた。
やっと見切りを付けて抜け出せた、監獄のような職場。祝杯とばかりに一人で適当な居酒屋に駆け込んで、久々に浴びるように摂取したアルコール。それが毎日ボロ雑巾のように働いていた疲れた身体に毒のように回り、帰宅途中で足が縺れゴミ捨て場に倒れ込んだ。
「………サイアク、」
スーツに臭いがつくことを懸念したが、そもそも明日から暫く袖を通すこともない。
起き上がる気力はますます削がれ、そのままぼんやりと星空を眺める。随分と久しぶりに星を見たような気がした。日夜仕事に忙殺され、ゆっくりと空を眺めることもない日々を送っていたことにゾッとする。昔はもっと数少ない友人たちとふざけたり、流行り廃りなど周囲の環境の変化に目を向けることが出来ていたのに。自分の趣味も疎かになり、最近は先方の声色と時計の針ばかり気にしていた。
もう少し歩けば自宅なのに、脳からの司令を手足は無視している。どうにでもなれ、という気持ちで瞼を下ろすと、マスクで顔の半分以上をすっぽり覆った自分と同年代くらいの青年に声をかけられた。
「ぇ、これ、生きてるよな………?おーい、お兄さん?」
偶然なのかはたまた必然なのか出会ってしまった。薄汚い裏通りのゴミ捨て場で。
街頭の光を受けて輝く虹彩に囚われる。青年が瞬きする度にチカチカと夜空の星が落ちてきたかのような錯覚を起こす。
「お兄さん、大丈夫?」
「………………ほし、」
「は?星?」
一瞬空を見上げた視線が再び俺を捉える。身体を揺すられ、ひらひらと掌を顔の前で振られた。格好は普通のスポーツウェアなのに、それすら衣装です、これから撮影ですと言わんばかりに着こなしていた。更にその下の身体は服の上からでもしっかりと鍛えられているのが見て取れる。
暗い夜道の中で、僅かな光を反射して煌めく美しい瞳。夜空に浮かぶ星よりもよっぽど美しいそれが嵌め込まれている顔ですら片手で覆ってしまえそうなほど小さく、観賞用に作りました。とでも言えそうなほどマスク越しでも分かるくらいに整っている。そんな青年に見つめられ、あまりの眩しさにぱちぱちと瞬きする。青年に見惚れていたためか、過度の飲酒により気が緩んだためか、頭に思い浮かんだ言葉がそのままポロリと溢れた。一瞬怪訝な顔を見せるも、青年は俺の体調を気にする言葉をかけ続けてくる。
「…きれい、」
「………星が?つーか目、覚めました?大丈夫っすか?」
「…………ぁ、いや、はい、大丈夫です………」
「……………起きたならこんなところで寝てないで家帰った方がいいっすよ」
用は済んだと踵を返すその腕を反射で掴んでしまった。
「え、」
「あ…………」
「な、なんですか………?」
大きな瞳が見開いて、再び視線が交わる。やっぱり綺麗だ。もう少しだけ、と欲が出る。
「ぁ、あの!」
「ん?」
「み、水……お水、ありませんか……!」
「ああ!水?これ、どうぞ!買ったばかりなんで口付けてないですよ」
咄嗟に出た言葉に、手にしていたらしいコンビニの袋の中からペットボトルを差し出された。まだ冷えているそれを受け取って喉を潤す。
「ぁ、ありがとう、ございます…」
「どういたしまして。帰れないなら家族の人とか警察の人呼びましょうか?」
#❤️💛
「…………いらないです。でも、」
喉は潤っても、カラカラに干からびたままの俺の日常。突如目の前に現れた、この綺麗な人をまだ見ていたいと思った。
「連れてって欲しいです。一緒に、」
「俺と?…………良いですけど。もう帰るところだから連れてくって言っても家っすよ?」
通報されても可笑しくないのに、親切にされて逃げていかないと分かってしまえばもうどうでも良い。次々と溢れる質の悪い酔っぱらいの戯言。ほんの数秒でもいいから長く目に焼き付けたいがための口実だったのに、呆れて帰ると思った彼の口から返ってきたのは肯定。
綺麗な顔してるんだから、見ず知らずの男をすんなり家に上げるのはよくないのではないでしょうか。だなんてこちらが逆に心配を通り越して呆れてしまう。
「そんな簡単に…………俺が悪い人間だったらどうするんですか?」
「だって、お兄さん、凄い疲れた顔してるし、そんな体力ないでしょ?それにちゃんと良いところの服着てるじゃん。ちゃんと働いてる人っしょ?」
確かに俺は他人からそう見えるかもしれない。けれど顔見知りでもない初めて会った赤の他人。俺だったら見て見ぬふりをするだろうが、ここで気が変わられるのも惜しいので黙って頷いておく。
青年は誰とでも話せるタイプなのか、「そこのブランド、友達と前話してたんだよね〜」なんて呑気に俺のタイピンを指差してペラペラと会話を続けてきた。
「そう言えばお兄さん、名前は?」
「俺は今日から野良になったので。好きに呼んでください」
「え〜〜捨て猫かなんか?笑……………じゃあ、おいちゃん?」
「……おぃっ?!………まぁ…それでいいです」
「うわ!?好きに呼べって言っておいて嫌そうな顔するじゃん!」
「あまりにもセンスがなさすぎて驚いてます」
「だってお兄さ、おいちゃんあんまりにも疲れた顔してるから!ほら、おいちゃん、立って!帰るよ、って軽ッ!!?!」
「失礼な奴…」
差し伸ばされた手を掴み立ち上がる。立てば、隣には俺よりも高い目線。ジッと視線をやれば、幼子のようにきょとんと小首を傾げた。ちょっぴりいかつい見た目からは想像が付かない効果音が鳴ったのかと思うような仕草。成人済み男性がやったって可愛くないはずなのに、綺麗なこの青年は目元の作りは妙に幼く、その仕草すら様になってしまう。
「とりあえず、帰ろ?」
「ほんとに良いんですか?」
「だっておいちゃん、自分の家に帰りたくないんでしょ?」
「それはそう、だけど、俺の本当の名前とか、住んでる場所とか、どんな仕事してたとか聞かなくていいの?」
ぱちくりと瞬きを繰り返した青年は、マスクを下げて口の端をにんまり吊り上げた表情を見せた。いや、ほんとに顔良いな?!
「おいちゃんこそさ、きれいな顔してるんだから見ず知らずの男にホイホイ着いてっちゃっていーの?」
「ふぇ、え…?!」
耳元で囁かれ、咄嗟に手で耳を隠す。言われた内容と静かに潜めた低音を直接注ぎ込まれた鼓膜が麻痺を起こしかける。顔も声も良いなんて。そんな青年に嘘か冗談でも俺の顔を綺麗だと言われたことに動揺して言葉を発せずにいると、マスクを元の位置に戻した青年はいたずらが成功した子供のように声を弾ませた。
「まぁ、とりあえず!おいちゃんが飽きるまで………いや、違うか。元気になるまでおいちゃんは俺のペットね!」
「……………は?」
「ゴミ捨て場に捨てられてた可哀想なおいちゃんを俺が拾ったんだから、俺に飼われてる間、おいちゃんは忙しい社会人お休み!その口振りなら仕事辞めたっしょ?」
どうだ?とでも言うようにこちらを見詰める瞳。薄暗い街頭が反射して、再び虹彩が輝く。俺のことをペットと称したくせに、この青年の方が褒められるのを待つ犬のよう。
「俺の名前ははやと!勇斗って呼んで、おいちゃん!」
俺は、彼に、沈みきった日常から救い出して貰おうとでもしているのか。俺の主人となったらしい勇斗が話す度、瞬きする度に俺の視界はキラキラと眩い光で埋め尽くされた。
気が向いたら続き書きたい。
コメント
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やっと読めました……!まず冒頭の「監獄のような職場」という表現に、思わず胸がギュッとなりました。ああ、ここから抜け出してきた人なんだなって。でもその直後にゴミ捨て場で出会う勇斗くん。マスク越しでもわかる整った顔立ちと、ぱちぱち星が落ちてくるような瞳の描写、すごく綺麗でした。主人公が疲れ果てて「もうどうでもいい」と思ってるのに、なぜか彼に着いていきたくなっちゃう気持ち、わかりますよ。最後の「ペットね」がまた絶妙で…!続き、すごく気になります。