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寒い冬は過ぎ去り、温かな春がやって来た。
まだ涼しさを孕む風を身に受けながら、エーファは出勤した。
竜胆宮に向かう途中、エーファは侍女たちの会話を耳にする。
「ていうか、ウィルズリー国仕魔法使いってちょっと怖いよね」
エーファは一瞬驚いた。
国仕魔法使いに就任してもう一年以上経つが、自分のことをこんな風に言う人がいるとは知らなかった。
しかし、誰にでも好かれるわけがないのだから当然か、と思う。
エーファは黙って聞き耳を立てた。
「なんで?優しくていい人じゃない?」
「だって、この国最強の魔法使いらしいじゃない。しかも他の国仕魔法使い二人とは圧倒的な実力差らしいし。英雄アグネス様の末裔かどうかも本当かわからないし、何より何をしでかすかわからないじゃない。怖くない?」
国最強なんて恐れ多い。
ビアンカもディートヘルムも十分強い魔法使いなのに。
エーファは内心苦笑する。
「まあ気持ちはわかるけど、あんまりここで言わない方がいいんじゃない?この先竜胆宮あるから」
「……そうね。やめとくわ」
そして侍女たちは遠ざかっていった。
そう、エーファはこうして人々の混乱を招くかもしれないから今まで才能をひた隠してきた。
想定内だから特に傷ついたりはしない。
けれど仕事を辞めたくないので、こればかりは我慢してほしいなあとエーファは思った。
数日後、クラウスは王宮内の廊下を歩いていた。
と、使用人たちの話し声が聞こえてくる。
「ねえ、ウィルズリー国仕魔法使いって怖くない?」
その言葉を聞いた途端、クラウスは腹の底が煮え滾るような感覚に陥った。
クラウスが立ち止まっていると、使用人の一人が続ける。
「国最強らしいけどさあ……、自称英雄アグネスの末裔だし、平民だし、国仕魔法使いとして大丈夫かな」
明らかにエーファを嘲っている声音だった。
エーファは仕事が丁寧且つ迅速だ。
依頼を全て完璧にこなすし、彼女のその才能は大いに役立っている。
エーファに国仕魔法使いを引き受けてもらって正解だった。
実際国の問題は徐々に、少しずつではあるがほどけてきている。
我が国が向上しているのは、誰のお陰だと思っているのか。
クラウスは腹の底の炎がさらに大きくなったような気がした。
爪が食い込むほどぎゅっと拳を握り、前に出て使用人たちを諫めようとする。
が、その時、後ろから腕を掴まれた。
咄嗟に振り返ると、そこにはエーファがいた。
クラウスは目を見張る。
全く気づかなかった。
エーファは薄く笑んでいた。
そして首を横に振る。
クラウスは歯痒い気持ちになった。
まるで自分のようだった。
彼女がそう思うなら仕方ない。
諫めるのを諦めた様子のクラウスに、エーファは笑みを深めた。
数日後、事件は起きた。
いつも通りエーファが出勤し王宮内を歩いていると。
「きゃー!」
耳をつんざくような数人の悲鳴だった。
エーファは一瞬驚いたが、顔色を変え、すぐさま悲鳴のした方まで転移する。
するとそこでは刃物を持った黒ずくめの人物がおり、複数人の侍女たちが青ざめていた。
エーファの陰口を言っていた侍女たちだ。
尻餅をついている者、立ち尽くしている者、 身体を震わせている者。
エーファは即座に状況を理解した。
不審者の侵入を安々と許すとは、城の警備はどうなっているのか。
エーファがすっと目を眇めると、不審者の腕が縛られ、不審者は跪かせられた。
不審者は突然目に見えない力によって屈せられたことに驚く。
そこで侍女たちは初めてエーファに気づいた。
振り向くと、冷酷な目をしたエーファが佇んでいる。
途端、侍女たちの背筋が凍った。
そして少しして不審者は連行された。
侍女たちはエーファに礼を述べる。
「あの、ありがとうございました、ウィルズリー国仕魔法使い様」
「助かりました」
エーファは礼を言われるとは思わず目を見開いた。
が、すぐににこりと微笑む。
「大したことはしておりません。皆さんがご無事なら良かったです」
すると侍女たちは顔を見合わせ、皆々俯いた。
エーファは首を傾げる。
「……その、実は、私たちウィルズリー国仕魔法使い様のことを信用しておりませんでした」
エーファは目を大きくした。
まさかここで告白されるとは思わなかった。
「けれど、今回でウィルズリー様が大変ご立派な魔法使い様だとわかりました」
「今までの非礼、深くお詫び申し上げます」
侍女たちは頭を下げる。
エーファはますます驚いてしまった。
エーファは首を横に振る。
「そんな、顔を上げてください!」
「ですが……」
侍女たちの顔は曇ったままだ。
確かに、エーファは彼女たちには好かれていなかった。
だが、今はまだ定時よりかなり早い。
仕事に関してはマメな者たちなのだろう。
陰口を言うのは良くないが、誰にでも愚痴の一つや二つはある。
エーファは心からの笑みを浮かべた。
「私は大丈夫です。もうお気になさらないでください。これからは仲良くしましょう?」
思ったことを口にしただけだった。
エーファの優しい声音に、侍女たちの顔がほんの少し明るくなる。
「ありがとうございます」
「このご恩は忘れません」
そうして再び深く頭を下げる侍女たちに、エーファは苦笑したのだった。