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体育館に旗を戻すのが面倒なので、教室へいったん戻って旗を置くことにした。すると紅組の数人とすれ違ったので、別れの挨拶をする。
教室へ続く階段を上がって、突き当たりを曲がった瞬間。教室の前で、渉と大翔が話している姿を見つけた。あわてて柱の陰に隠れて顔をのぞかせる。隠れてから、なんで俺隠れてるんだろうと後悔。帰らないと言ったからには、ここで会うのも気が引ける。しかも、遅練してねぇし。
薄暗い廊下には、二人しかいない。二人の声が、こちらにまで響いてきた。
「渉、お前鳴海のこと待たなくていいのか?」
「いや……待たなくていいっていわれたから……」
「なんだよ、お前ら喧嘩でもしてんの?」
「違います……」
「まぁ、それなら俺と帰るか?」
「……はぁ」
「その不本意まるだしな言い方、むかつくなぁ~」
大翔が渉の肩に右腕をおいて相手を無理矢理引きずりながら、下駄箱へ向かっていく。二人の声が聞こえなくなるまで、隠れながら声を殺した。またむなしさがこみ上げてくるのを感じて、下唇を噛む。
あいつは渉に触れても、死ぬほどドキドキすることも勃起することもないんだろうなぁ。俺、今無性に大翔になりたい。大翔になって、あいつを抱きしめたい。
また涙がでてきて、不良みたいにその場でしゃがむと両膝に顔をうずめた。
「クソッ……俺だって、俺だって!!」
恨みを向けるべきは自分自身だが、目蓋の裏側に残る二人の後ろ姿にどこか恨めしさを感じていた。それでも、悔しさに涙を呑む薄暗い廊下。一人で泣いてるとさらに情けなさがこみ上げてきた。
「クソッ……クソッ……」
渉のことを考えすぎて、人が近づいてくる足音に気付かなかった。
「あの、石本先輩ですか?」
「うぉぉっ!!」
頭上から降って来た声に、素っ頓狂な声をあげてしまった。なにごとかと顔をあげれば、廊下灯の中に映しだされたのは、右側に火傷痕。近くで見ると、睨みが利いた三白眼。どこか渉と同じだと思ったが、それでも彼よりまだ未発達な危うさが窺えた。
笹本司。白組の旗手だ。
「あ……え、あっ、笹本……?」
「石本先輩ですよね?」
「そ、そうだけど……」
「さっき、屋上にいましたよね?」
「いましたけど……」
「屋上って自由に出入りできるんですか?」
なんかこの前渉と自転車の二ケツしてたら、注意してきた警官のおっちゃんと同じ口調で辟易してしまう。喋り方に抑揚がない。何これ、俺怒られてるの?こいつの方だって、ろくな噂きかねぇんだけどなぁ。
「あぁ……いちおう、入れるけど……」
嘘をついてもこいつの前では通用しないと悟って、肯定の意味で頷いた。すると相手が一瞬だけ二年生らしい顔になって、頭を下げてきた。さらに慌てて何だよと立ち上がれば、相手が背筋をまっすぐに伸ばして言った。
「先輩、僕も屋上で練習してもいいでしょうか?」
「へ……屋上?」
「旗の練習ができる場所を探していたんです。旗は校内から持ち出すことができないので、校庭以外に良い場所っていったら屋上しかありません」
「なんで?お前、白組の隣でいつも練習してたじゃんか。しかも、完璧に振ってるし」
「完璧じゃないですよ。だから、毎日隣で練習するのが嫌なんです。それに、元々他人と慣れ合うの嫌いですから……」
「はぁ……」
嫌なら断ればいいじゃねぇかよ。そう言ったら殴られそうなので、黙っておく。
涙で濡れた目元をぬぐってから、笹本を見つめる。渉と同じで、顔つきも悪けりゃ雰囲気も怖い。一般人からすれば、犯罪者に見られてもおかしくない。
それでも相手のまっすぐな視線をみれば、本人が真面目で馬鹿正直ということはわかった。どっかの誰かみてぇだなぁ……と思いながら、「いいぞ」と言った。
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「その代わり、俺もいるけど大丈夫か?」
「ご迷惑じゃなければ。邪魔するようなもんですし……」
「いいよ、コツとか教えてくれるなら」
俺が持っている旗を目で示して、相手に笑いかける。笹本は笑い返さない代わりに、「いいですよ」と答えるだけだ。
「明日の放課後から、お邪魔していいですか?」
「いいぜ、俺も明日からいるだろうし……」
彼が感謝の言葉を述べて、また頭を下げてきた。別れるまでの間さらに二回も礼をされて、つられてこちらも斜め四十五度を返した。
笹本が階段を下って行く後ろ姿を見つめていると、先ほど自分が泣いていたことがどうでもよくなっていった。教室に戻り、ジャージから学ランに着替える。
着替え終わってからカバンを肩に背負ったとき、自分の机に何か置いてあるのが目に入る。それは油性の太いマジックで「おつかれ」と書かれた紙きれだった。筆跡を見ただけで、誰が書いたかなんて一目瞭然。
渉だ。恋人の渉が書いたものだ。無性に涙が溢れて紙に吸い込まれると、文字が滲んだ。
「何がお疲れだよ、言ってくれればいいだろぉ……」
それでも、会うことを極力避けるようにしたのは、俺の方。思い出作りたいとかいって、なんでこんな辛い目にあわなきゃいけないんだよ。想像してたのと、まったく違う。
自己嫌悪しながら学校を後にした。大丈夫、体育祭が終わればいつも通り。いつもみたいに抱き合ってキスかましてセックスして、渉の傍にいられる。
そうして、次の日。いつものように学校へ来て、大縄跳びの練習して昼休み。屋上に行こうとした俺の携帯にメールが届く。応援団の団長・副団長の集まりがあるからいけないというメール。その文章に、何故かホッとしている自分がいた。
放課後は応援団の練習。二人が来る前に、屋上へ行って旗の練習をする。俺より先に笹本が来ていた。屋上へ通じるドアのところで、来るのを待っていたらしい。渉から貰ってある屋上の合い鍵を使った。
二人で屋上に立つと、他人のいる状況に恥ずかしくなってくる。
「あっち向いてやってるんで……」
彼がそう言って、俺に背を向け旗の型を最初から演じ始めた。慌てて背中を向けると、同じように最初の型からリズムに合わせて旗を振る。
八の字に旗を振ってから、天に向かって旗で大きく円を描く。それから回転しながら、横に旗を振る型。それを繰り返すこと三回。途中にある旗をバトンのように回す場面。手首をひねって旗を回転させるが、滑って床に落としてしまった。なんだか恥ずかしい。失敗したそこを、重点的に繰り返す。
他人を意識しているせいか、落とすこと数回。鉄の渇いた音が屋上に響くこと数回。もう一度と手首をひねったときだった。
「そこ、回す部分が悪いですよ……」
すぐ後ろから笹本の声が聴こえて、飛び上がる。振り返ると、相手が隣に立って、手首で回す場所をここだと指差してきた。
「ここ、ここなら上手く回せます」
「ほ、ほう……」
言われてもう一度やってみると、確かに出来た。くるくると回せるし、しかも二回転もできた。すげぇ……と感嘆の声をあげれば、あきれた顔をしてきた。
「あと、十二日しかないですよ……」
「うるせぇ!そ、それよりさ……その、投げてキャッチするときのコツとか……ねぇの?」
「ありません。努力してください」
はっきりした切り捨てに、若干腹を立たせながらも「ありがとな!」と言えば、「どうも」とつっけんどんに返された。
その日は腕を回す勘を掴もうと、何度も回して≪紅≫と書かれた旗を青い空に振った。校庭が暗くなるまで、練習を続けた。
コメント
1件
うわぁ……今回、すごく切なかったですね……。鳴海が柱の陰で渉と大翔の会話を聞いてる場面、胸が締め付けられました。「大翔になりたい」って本音が出ちゃうところがもう、痛いくらい伝わってきて。でも最後、笹本と二人で練習する流れは少し救いというか、新しい風が吹いた感じでほっとしました。渉からの「おつかれ」メモに涙が滲むシーンも、好きすぎてすれ違っちゃうもどかしさがじんわり来ましたね…。続きが気になります!