テラーノベル
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「最初と最後の恋」
長命種🟦と人間🏺の話
1:
「ったく、そんなことばっか言ってるからおじさんって言われるんだぞ」
「そのことなんだけどさ、つぼ浦、ちょっと聞いてほしいんだけど」
「なんだよ」
「俺、本当はすごい長生きな種族、つまり人外なんだよね」
「…………おう」
本署二階の休憩所。大型対応も終わったチルタイム。いつもの談笑の時間になるはずだったのに、青井が突然そんな事を言った。
最近の趣味は散歩と日向ぼっこ、などというジジくさいことを言い出したのでつぼ浦はいつもどおりにイジったつもりだった。それに返ってきた答えは予想のはるか上だった。
またこの先輩が変なことを言い出した。イジられたのが悔しくてこんなことを言っているのだろう。つぼ浦は「本日の茶番劇」の気配を察し、青井の次の言葉を待つ。しかしいくら待っても青井は鬼の面の向こうからつぼ浦をニコニコと見つめるばかりだった。
未来人、過去からの転移者、そして長命種。夢と混沌のロスサントスは何でもありな街だ。面白そうな茶番の気配を察し、つぼ浦は聞き直す。
「つまり恐竜が同級生ってことか」
「それは俺も恐竜じゃないとおかしいやん」
「知り合いにネアンデルタール人とかいます?」
「それだと人類より前に俺が二足歩行してたことになるやん」
「んだよ、じゃあアオセンって実際は何歳なんっすか?」
「933歳だね」
「やられたぜ、老けてるのはネタじゃなくてガチジジイだったのか」
「あぁ?誰がジジイだって?!」
いつものトーンでキレ散らかす様子からはそれが嘘か真実か見通せない。つぼ浦は今日の暇つぶしにとこの先輩の茶番に付き合うことにした。
「老けてはないでしょ、外見の成長は止まってるんだよ?……それともあった?シミとかシワとか」
「滅多に素顔見せてくれないのにシワのあるなしを見極めろとか、アオセンも難しいことを言うんだな」
「それもそうか。……ないよね?ないからね?」
やたら気にするところが妙にリアルだ。つぼ浦は肩をすくめる。
「自分で自分のこと人外だって言うヤツ初めて見たぜ」
「じゃあつぼ浦は他人が他人のこと人外だって言うのはいいの?」
「チクショウ、水掛け論とは感心しねぇな。普通、そういう驚きの発表はもっと考えて言うもんじゃないんっすか?」
「うーん、考えた結果の今だったんだけどな」
「俺が信じると思ったのか?そんな与太話を」
「そうなんだよね、これ言っても大抵信じてもらえないし証明のしようもないんだよな」
「騙すならちゃんと騙してくれよ、じゃあアオセン本当は何時代生まれなんだ?」
「あ〜それね、最近勉強したけど、平安時代?あたりになるらしいね」
「アー」
一連の会話でつぼ浦はこの質問の無意味さに気づいた。長命種が自分を長命種である、と証明するのは難しい。過去の出来事を聞いたところでそれが実体験なのか、歴史書を読み込んだ詐欺師なのかの区別は現代人のつぼ浦にはできない。
「まあ信じてもらえないとは思ってたからいいんだけどさ」
はぁ、と青井は湿っぽいため息をついた。諦めよりも呆れが強いため息だった。
「人外っぽい特徴って言ってもこれくらいしかないんだよな」
そしておもむろに鬼の面を脱いだ。それからつぼ浦の前に顔を寄せた。
つぼ浦は思わず息を飲んだ。この先輩の顔がいいことは知っている。しかしこんな間近で青井の素顔をみるのは初めてだった。冬の空のように透き通る青い虹彩を、三日月のように鋭い瞳孔が縦に黒く裂いている。
「……アオセンって猫獣人だったりするのか?蛇でもいいぜ。ワニとか」
つぼ浦の頭によぎったのはそういう人外だった。縦に裂ける瞳孔は肉食の獣のようだった。
「なんでだよ、そっちのほうが珍しいだろ」
「長命種も変わんねぇぞ、珍しさランキングだと」
「まあそれもそうか」
青井は怜悧な顔をほころばせてケラケラ笑った。細い瞳孔が感情に合わせてか、月蝕のように黒い丸になる。カラコンとかじゃないんだな、とつぼ浦はその顔に見惚れながら思った。
顔も形も人間のようで、唯一の違いは到底人間ではない目。もしかすると、これは与太話ではなく青井は本当に何らかの長命な人外なのかもしれない。少しだけ信じ始めたつぼ浦は、だんだん面白くなって質問を考える。
「じゃあなんか特殊能力とかないんすか?森の妖精とお喋りできるとか」
「エルフじゃないんだから。耳普通でしょ」
「製鉄とか得意か?」
「ドワーフでもねぇよ」
「できないのかよ。じゃあただの長生きおじさんってだけか」
「あァ??ぷっつーん、……っていいたいところだけど。昔はいろんなことできたけどね、俺も年とったからな〜んもないよ」
「空とか飛べたんすか?昔はホンモノの空の悪魔だったとか?」
「まさかぁ。昔と比べたら目も悪くなったし」
あれで?という疑問とともにつぼ浦の脳裏にサーマルを、いやサーマルがなくても索敵と報告をこなす青井の姿がよぎる。
「耳も悪くなったし」
音だけでいろいろな攻撃を避ける青井の姿が疑問符とともに駆け抜ける。
「昨日の晩御飯とか思い出せないし」
「ああ、やっぱり900年も生きちまうとアタマは駄目になるんすね」
「……そうなんだけどお前に言われると腹立つな」
年相応(?)にダメな部分を見つけてつぼ浦はホッとした。この自称数世紀超えの先輩が、あれで老いたというのなら全盛期はどれくらいすごかったのか。
「……で、なんでそれを俺に言ったんっすか」
一番重要な疑問だった。もしすべて本当なら、いや茶番だとしてもこれは聞かざるを得ない。険しい顔になるつぼ浦の前で青井は首をひねる。
「まぁなんていうか、余生なんだよ」
「長生き族からしたら人生全部が余生みたいなもんじゃないんすか」
「お前のことが好きになっちゃったんだよね」
「……そこからその告白に繋げるの最悪じゃないっすか?」
900年近く生きてもノンデリは直らないのか、それだけ生きたからノンデリになったのか。苦い顔で自分を見てくるつぼ浦に気づいて青井はまた笑った。
「片思いなんだよ。もう恋なんてしないと思ってたのにね」
あっけらかんと言う顔からは、青井の言っていることが本当なのかやはり嘘なのか未だに見抜くことができない。だがつぼ浦はどうしても青井の言葉を飲み込めなかった。
「好き、なんっすか?俺のこと」
早まる鼓動を押さえつけて、なるべく動揺を見せないように聞いた。
「うん、好き」
「……っ、本気っすか」
「本気だよ。……今まで何人も好きになったり別れていったりしたけどさ、初めてなんだよ」
青井はその猫のような目でつぼ浦を見た。鋭い瞳孔の周りを金の光が彩っている。青空に浮かぶ月のような目だ。その目がへにゃりと笑う。
「無茶苦茶じゃん、つぼ浦って。何やっても斜め上でさ、俺の予想なんて全部越えていつもギラギラ輝いて……長いこと生きてるのにこんなに輝く人に出会ったの初めてなんだよね」
青井はつぼ浦から目線を外し、少し遠くを見た。それからしっかり目を見た。
「まぁ、つまり、お前に夢中なんだよ。年甲斐もなく」
照れくさそうに頬をかいて、うっとりとした笑顔が紡ぎ出す言葉は紛れもない好意だった。
顔が熱い。知らず呼吸が浅くなる。つぼ浦はここから逃げ出したくなった。これ以上青井に見つめられたら体が燃えてしまいそうだ。
「これがきっと最後の恋だから。お前のこと好きでいさせてよ」
青井は震えるつぼ浦を見て優しく笑った。数多の諦めを越え、達観した笑顔だった。
「き、許可しなかったらどうするんだよ」
「ん?片思いって許可制なの?」
「チクショウやられたぜ、それもそうか……?」
「どうしても伝えたかったんだよね。お前を好きな人がいるよって」
否定も拒絶も乗り越えた、大切なものを見るような慈しむ眼差しだった。いつものどうしようもなく等身大な青井の姿が今だけはずっと遠くに見えた。
つぼ浦は言葉を探す。腕を無意識に何度も組み替えて、青井の言葉を咀嚼する。
「余生、なんだよな?」
「うん、そうだね」
「……じゃあ、アオセンのことを好きになる人がいたとしても、置いてっちまうんだな」
つぼ浦の鋭い質問を前に、青井の顔が引きつる。
「そう、だったね」
遠い遠い過去を見る目だった。その横顔を見て、つぼ浦はますます本音を言えなくなった。
つぼ浦はこの瞬間に気づいた。自分が抱えてきた思いは、抱いてきた感情は、恋だったのだと。
つぼ浦も、青井のことが好きだった。自分のやることなすことゲラゲラ笑って付き合ってくれて、ときにぶん殴られ、ときに殴り返し、繰り返す日々でアルバムはどんどん分厚くなっていった。
つぼ浦がカレーなら青井は福神漬けで、焼きそばなら紅生姜だろう。青井のいない人生など考えられないほどに、炸裂するつぼ浦には冷静な青井が必要だった。それは依存を越え、手に入れたいともがく執着にも似た感情、つまり恋だった。
それでも思いを露わにする勇気などはなく、今日のように二人だけでチルタイムの休憩をともにできる、そんな拙い独占欲で執着心は満たされていた。
なのに今日のこの数分間の会話でつぼ浦の世界は大きく変わってしまった。両思いだったという喜びと、もし結ばれても間違いなく自分が先に死んで青井を置いていってしまうという絶望。
きっと青井は長命種が定命の者を愛する絶望をわかっていて先に告白したのだろう、とつぼ浦は解釈した。青井からすれば片思いで、25歳など吹いたら飛ぶような年齢だ。これからも続く長い余生の楽しみとして、つぼ浦をいっときのとまり木にするつもりなのだろうと。
「……残酷なことを言うんだな」
苦い声が小さく漏れた。
やっぱり今までの会話は全部嘘で、青井はただの仕方のない人間で、今日のチルタイムの暇つぶしのお題が「長生きクソジジイ」だっただけだ。つぼ浦はそう思いたかった。
しかし青井の目は遥か遥か遠くを見ていて、なのに今はつぼ浦のことしか見ていなかった。
2:
その日以降、青井の態度はあまり変わらなかった。小鳥か花でも愛でるかのようにつぼ浦のことをニコニコ見守っている。
好きだというのに、つぼ浦を振り向かせようとすらしてこない。むやみに押すでも引くでもないどっしりとした構えは大樹のようだ。きっとつぼ浦が告白を拒絶しても、青井は変わらず見守ってきたのだろう。それを拒絶したいほど嫌いにはなれず、受け入れられるほど豪胆にもなれず、つぼ浦は向けられるやわらかな好意を見つめるしかなかった。
「ま、まってぇつぼ浦ぁ~」
後ろからか細い声が聞こえてきてつぼ浦はジャグラーに乗り込むのをやめた。大通りの向こうから肩で息をしながら走ってきた青井が、つぼ浦が止まったのを見てひょこひょこ歩きながら近づいてくる。
「なんすか」
「俺のパトカー、水没しちゃって。乗せてってー」
そういえば先程の銀行強盗とのチェイスのときに青井も珍しくパトカーでついてきていた。つぼ浦が最後に見た青井は、脱輪して運河の方に滑り落ちていく姿ではあった。そこの因果がちゃんと繋がっていたことを知り、つぼ浦は苦笑した。
「やっぱ高齢者運転ってことになるんすかね」
「なんだよその目」
「イヤ、あのへん運転難しいよな、わかるぜ」
あからさまな同情を向けられ、青井はため息をついて鬼のヘルメットを脱いだ。走ったせいで汗の流れる顔があらわになり、つぼ浦は思わず目を逸らした。
「……もみじマークつけよっかな、いっそ」
「若葉マークともみじマークのパトカーがいる警察、なかなかだな」
「いいじゃん親切で。こいつは運転やばいってのが市民にわからないと困るでしょ」
「間接的に俺のこともやばいって言ってるか?」
「うん」
悪びれない顔がつぼ浦を見ている。この顔の前ではどうも調子が狂ってしまう。つぼ浦のほうが先に目を逸らした。獣同士なら負けの合図だ。
青井はまだ息が荒い。普段日焼けしない白い顔が青ざめてさえ見える。黒いグローブと対象的な白い指先が胸ポケットに伸ばされ、そこでハッとしてつぼ浦を見た。
「ちょっと一本、吸っていい?」
「俺のは禁煙車だぜ」
「じゃあここで、いいよね」
つぼ浦が返事をするより先に、青井の口には煙草が咥えられていた。程なくして白い煙が空に立ち昇る。走ってストレスがマッハになったのだろう、さっさと青井を乗せて本署に戻って次の事件にでも向かいたかったのに、煙草が終わるまではこうして二人でジャグラーにもたれていなければならない。つぼ浦はソワソワして仕方なかった。
ロスサントスは今日も晴天で、青空を呑気な雲がいくつか流れている。そこに混ざるように昇っていく煙をつぼ浦はただぼんやり眺めた。
「……お仲間はいないんっすか?」
ぽつり、こぼすような問いに青井の目が少しだけ見開かれる。
「んー、どっかにはいるだろうけどね。弟も元気にしてるといいけど」
「弟さんいるんっすか、長命種も兄弟とかいるんすね」
「そうなんだよ、生殖能力はすごく低いんだけどうちは幸い双子だからね」
「確かにウサギみたいに増えてちゃ世の中、長命種だらけっすね」
「そこまではならんよ、ちゃんと寿命もあるし。でも外に出たら年をとらないことがバレないように何年かで移動しないといけないし、里にいたら代わり映えしなくてつまらないし」
青井の肉食獣のような神秘的な目は、どこを見るでもなく遠くに向けられている。つぼ浦はその視線の先を追おうとしてやめた。見ているものの遠さを知りたくなかった。
「この街はいいね。バレたってきっと誰も気にしやしない」
青井の目線が地上に下がる。つられてつぼ浦も雑踏に目をやった。
知っている顔と、見知らぬ心無きが大通りを歩いている。この街ではいくらドラマが起きてもやがて流れに飲み込まれ薄れていく。人生の主役は当然自分だが、それは他人も同じ。細い流れでも集まれば遠目には一本の大河に見えるだろう。
「だからこそ、お前は輝いてるんだけどね。俺にとって唯一だよ」
大河の中でもとりわけ激しく輝き、ただの流れでは済まないほどにしぶきを上げる激流、それがつぼ浦だと青井は思った。そんな真っ直ぐな称賛につぼ浦は喜ぶよりもまず居心地の悪さを感じた。
「んなことないっすよ、根暗もいいとこっすよ、俺は、俺なんてもんは」
「どこがだよ、謙遜にしてももっとうまく言えよ」
「買いかぶりっすよ、俺なんて暗すぎてもうすげぇ黒、ベンタブラックっすよ」
「んなわけないでしょ、お前が根暗なら世界はブラックホールだよ」
「チクショウ、ガチの黒いもん出してきやがって!」
言い返せない最上級の漆黒を出されてつぼ浦は口ごもる。青井は口が達者ではないのでたいてい口プで勝てるのに、話題が悪すぎて勝ち目が見えない。
「なんで、なんで……そんななんすか」
「なにが?」
「だからその、その……俺の、こ、こ、こと」
「ああ」
つぼ浦が言わんとしていることを察して青井は微笑んだ。慣れないことを言おうとして鼻の頭まで赤くなっている。そんな子供のような表情もとても好きだった。
「つぼ浦って日々を必死に生きてるやん。まるで明日なんてないみたいに。だから、そういうところが好きなんだろうな」
その言葉でつぼ浦は青井の好意の内訳が少し理解できた。ただでさえ常人の人生など一瞬な長命種にとって、更に命をすり減らし常に崖っぷちを走り続けるような生き様はよほど奇妙に見えるのだろう。流れているかもわからないほどゆっくりな川の横で、自分はどれだけの速さで流れて見えるのか。
「……カルペ・ディエムっすよ」
「なにそれ」
「メメント・モリは知ってるだろ?あっちが「死を想え」ならこっちは「その日を摘め」だ。今を生きろ、この瞬間を楽しめって意味っすよ」
つぼ浦はゆっくり言った。人はいずれ死ぬことを忘れるな。だから今日という日を楽しめ。どちらも「今この瞬間を大切に生きろ」という、対になる格言だ。
意味するところは同じだとしても、常に死ぬことを考えるよりは今の楽しみを考え続けるほうが気楽で愉快だ。つぼ浦の生き様はまさにそれだった。
自分の生き方を端的に説明したつもりだったのに、青井は首を傾げている。
「よくわかんないんだけど、なに?新しいクスリの名前?」
「アー、いいっすよもう」
古代の格言まで引っ張り出してきたのに青井は頭にハテナを浮かべている。平安生まれのおじいちゃんに横文字は難しかったか。つぼ浦はため息をついた。
しばしの無言の時間、青井が煙を吐き出す音だけが聞こえる。つぼ浦がジャグラーの運転席、青井が後部座席のドアにもたれているので2人の距離はさほどもない。しかし無造作に組んだ腕が触れ合うほどに近くもない。
つい先日までならこの距離感でも満足していた。だが今はその気になれば青井は大好きなつぼ浦に触れ、抱きしめることさえできるのだ。青井の射程距離内に入っていることが、つぼ浦はどうしても落ち着かなかった。いつ焼けた石のような愛を渡されるかわからない。
「なんで最後の恋とか言うんですか、長生き種族なのに」
悩んだ末に口から出た問いがそれだった。つぼ浦からすれば想像もつかないほどの青井の人生の中で、なぜ最後なのか。その言葉の意味を掴みかねていた。
「そうだね、今まで好きになった人たちは、みんな先に死んでいった。だからもう誰かを好きになるのはやめようって」
口から吐き出したタバコの煙が空に上っていく。ゆらゆら揺れる煙が収まったころ、言葉の続きがこぼれ出た。
「……いいこともしたし悪いこともたくさんした。楽しいこともあったけど、見たくないものもいっぱい。色んなところに住んだけど、ロスサントスの噂話を聞いてね。ついにこんな面白い街にたどり着いた」
平坦で、呑気な声が長い人生の一端を共有してきた。いつも感情が乗りづらいことで悩んでさえいるのに、その声からは歳月がにじみ出ていた。
「そこでお前に出会った」
人外の目がつぼ浦を見つめていた。昼間の星空のような不思議な色だった。
「だからこれを最後の恋にしたいなって、そう思ったんだよ」
「それって、アオセン……」
俺が死んでも他の誰も愛さないほどに好きってことか?という続きを、つぼ浦はどうしても言うことができなかった。
長命種の語る最後の恋という言葉が背中に重くのしかかる。深く愛されているとわかればわかるほど、つぼ浦は本音を言うことがますますできなくなった。
好きだからこそ傷になりたくない。青井の長い人生のアルバムの1ページにそっと載る挿絵でいい。きっと両思いにならないことがお互いのためだろう。両想いの相手の死を見送るよりも、片思いのまま死なれる方がよほどいいに違いない。
何度も口を開いては何も言えずに押し黙るつぼ浦の顔を覗き込み、青井はにこっと笑った。
「つぼ浦は何も変わらなくていいよ、好きでいさせてほしいだけだから」
ファンクラブの会員が一人増えたようなもんだと思って、と青井は笑っている。こっちの気持ちも知らないで、つぼ浦は思わず手を握りしめた。
「それにしちゃ怒ってくるよな、俺のこと」
「そりゃそうだよ、仕事と恋は別だからね」
「チクショウ、いらねぇところだけ真面目だな」
「お前の生き方は見ているのは好きだけどね、それとこれとは別なんだよ。ポップコーンみたいにいろんな厄介事起こしやがって」
その言葉で5000万円…とか裁判所爆破…とかいろんな事件が脳内をよぎり、つぼ浦は思わず頭を振る。心当たりしかない。
「好きじゃなかったら毎回怒ってないよ」
ぽつりとこぼれた言葉はとても優しかった。
最後に深く煙を吸い、指先から弾き飛ばした吸い殻が水たまりに落ちていく。
話せば話すほど青井の愛の重さを理解してしまう。生半可な発想で告白したのではない、覚悟が見えてしまう。
ただ黙って青井の愛を受け入れる。それしか今のつぼ浦にできることはなかった。
3:
「オラッ早くしろやいつまでやってんだぁ?」
「そうだー、早く人質を解放しろー」
激しく吠える声と、感情の乗らない声が銀行内にかけられる。今日も今日とてつぼ浦と青井は銀行強盗の対応にあたっていた。
大型が起きていなければ青井も一緒に現場対応に向かうことが最近多くなっていた。そのせいで銀行強盗一人には大げさなポリスマーベリックが道路の真ん中に鎮座している。解放条件としてヘリ禁止で青井を帰らせようものならつぼ浦が無茶苦茶な言いがかり……条件を提示して犯人を物理で成敗する。空と陸、どちらで詰みたいか?という、犯人からするとなかなかひどい二人組みだった。
きっと良い相棒なのだろう。つぼ浦は銀行の横でしゃがんで待機する青井をジャグラーの影から見つめる。最近二人がよく一緒にいる本当の理由は誰も知らないだろう。まさか片方は恋心を露わにしていて、もう片方も言えずに秘めているだけだなんて。
「……チクショウ、いてぇな」
胸がぎゅっと痛む。こんなことには効きもしないIFAKSを気休めに噛み砕く。
一緒にいられるのは本当に嬉しい。なのに声を聞いて、目があって、言葉をかわすたびにこんなにも苦しい。
いっそ嫌いだと言ってしまえれば楽なのだろう。拒絶したらきっと追ってこない。しかしつぼ浦の恋心はそんな嘘を許すほど小さくはなかった。
「あっ?!待てー!!」
青井の大声でつぼ浦は我に返った。走り出してきた犯人が人質を盗難車に押し込んでそのまま逃走しようとしているところだった。
「アオセン、撃っていいですか!?」
「ダメダメ、テーザーで……」
先にテーザー銃を片手に駆け出した青井の身体が急に崩れた。糸でも切れたかのようにアスファルトに倒れこんだ。
「なにやってんすか、なんもないところで転ぶほどジジイじゃないっすよね」
ジャグラーのドアを開けながら罵倒する。運転席に座り、ドアを閉めようとしてつぼ浦は思いとどまった。倒れた青井が一向に起き上がらないのだ。
何かがおかしい。車を降りて青井のもとに駆け寄る。ピクリとも動かない身体を抱き起こして違和感に気づいた。重たい警察装備を着ているはずなのに、身体が妙に軽いのだ。
「アオセ……え、大丈夫か?」
胸騒ぎがする。鬼のメットの角をつかんで引っ剥がす。出てきた顔は蝋のように真っ白で、血色が悪い。とっさに手首を掴んで脈を探す。なかなか見つからないほど弱い脈は、不規則に途切れてまともに数えられない。
「なん……なんだよ、病気か?イヤ、そんな感じしねぇ」
つぼ浦の頭の中を疑問だけが駆け巡る。
立ち上がって走ろうとして急に気を失った青井。先日も走ったあとに顔色が悪かった。それはまるで、本当に年配のおじいちゃんのように。
長命種。最後の恋。ジジイ呼ばわりされても怒りはするけどあまり否定しない仕草。なにより本当に身体が衰えたような様子。
冗談で言ったからかいの言葉が喉に引っ込まない。文字通り、洒落にならないことが起きていた。
「……長命種にも、寿命があるんだよな……?」
嫌な方向にすべてが繋がっていく。青井は悠久の時を生きる途中の長命種ではなく、本当にもう死に際の長命種だった?だから最期に好きだと告白し、ただそれで満足してつぼ浦から好かれようともしなかったのではないか?
急いで青井を抱きかかえるとジャグラーに押し込んだ。アクセルをベタ踏みして空転するタイヤがアスファルトをやっと掴み、車は猛スピードで病院へと走り出した。
*
「おそらく不整脈と過労、軽い脱水ですね」という診断結果に胸を撫で下ろし、つぼ浦は青井が寝ている病室に入った。腕には点滴が刺さっていたが、顔色は幾分ましだった。
胸を撫で下ろしてベッドの横の椅子に座る。寝顔もとても綺麗で、ああ好きだな、と心のなかで呟いた。
病院は珍しく静かで、点滴の落ちる規則的な音まで聞こえてくる。つぼ浦は何度もため息をついた。それでも嫌な想像は消えてくれない。
「……そんなわけないよな、アオセンが実はマジのガチで死に際のジジイだなんて、そんなわけ」
「誰がジジイだって?」
弱い声が聞こえた。青井の薄く開いた目と目があった。
「なんだ、よくわかったね」
青井はいつものように笑っている。しかしその顔に力はない。叫びだしそうな心を抑えてつぼ浦は口を開く。
「状況証拠っすよ、……本当なのかよ」
つぼ浦が欲しがった否定の言葉はどこにもなかった。速すぎる頭の回転が導き出した答えがこんなにも間違っていてほしいと願ったことはない。
「まさか倒れるとはなぁ、もう昔みたいに無茶できないな、あーあ」
「……本当に死に際なんすか」
「まあ、ね。寿命が近いんだよ。だからその前にせめて伝えておこうって、好きだって」
弱々しい笑みを見て目の奥が熱くなる。つぼ浦の知っている青井はいつも泰然と空を飛んでいて、こんな吹いたら消えてしまいそうな姿など見たくなかった。
「チクショウ、なんだよそれ」
「ごめんね、こればっかりはどうしようもないんだ」
「そうじゃねぇよ、そんな……ッ!!」
言葉がうまく出てこない。いつも悠々と人を手玉に取ってくるのに、いまにも辞世の句でも読みそうな顔だ。
このままでは与えられるばかりで自分の思いも伝えることができない。辛気臭い顔で棺桶に両足を突っ込もうとしている青井を引き止めるためにつぼ浦は大きく息を吸った。
「ふざけんな、なに最後の恋とか言って置いてこうとしてんだよ、俺にとっちゃ最初の恋だぞ!!」
ベッドに両手をついてつぼ浦は腹の底から叫んだ。この大声が死神を遠ざけることを願って、命をすり減らす勢いで叫んだ。
真横に太陽でも現れたかのようだ。あまりの熱さに圧倒されて青井はゆっくり瞬きをした。
「恋?なにが?」
「この距離でも聞こえないのかよ、耳遠すぎだろ」
「そうじゃなくて、え、つぼ浦が?」
「そうだぜ、好きだぜ俺も!アオセンが!!」
叩きつけられたのは火花のように熱く鮮烈で、唐突で無茶苦茶な好意だった。青井がつぼ浦を好きになった理由のほとんどがそこにあった。
「そう、だったんだ」
心を直接掴まれて揺さぶられるほどの強い感情だった。改めてこの青年が好きであることを自覚すると同時に、青井は自分の軽率さにため息をついた。まさか好かれているという可能性は考えていなかった。
「ごめんね、言わなければよかったね」
「なにがだよ」
「告白なんて。しなければよかった」
「んなことねぇし、そんなこと言うなよ!」
「だってお前も苦しめちゃう、両思いだなんて、そんな……」
「うるせぇ、幸せだろうが!両思いなんて!!」
幸せ、そう幸せだ。青井もそれはわかっている。だからこそ離別の苦しみがちらついてしまう。
ふさいだ顔のままの青井に言い聞かせるようにつぼ浦は言う。
「アオセンの寿命ってどれくらいなんだよ。まさかこのまま……今すぐじゃないよな?」
「まだ大丈夫、今日のはたまにある立ちくらみみたいなもんだから。でも……」
「チクショウ、立ちくらみで失神するのかよ……じゃあ本当は何歳くらいまで生きれるんだ?」
「だいたい1000年かな」
「……あと70年はあるな」
話が変わった。ついでに流れも変わってきた。
つぼ浦は眉間にシワを寄せて深く深く深く考え、それから青井を怪訝そうに見る。
「長くてだよ?長くても1000年!70年なんてすぐじゃん!!」
疑問を払拭させるかのように必死に首を振る青井のことを、つぼ浦は呆れ顔で見た。先程までの必死な力が抜けて、椅子にどっかりと座り直して大きく息を吐いた。
「あーあー、長生き族の尺度を甘く見てたぜ……アオセン、それは「すぐ」じゃねぇっす」
あまりにも定規が違う。億万長者が100万円単位を誤差だというやつであり、プロの作家が1万字は一瞬とかいうやつである。デブがカレーは飲み物だと言い張るやつかもしれない。
呆れを越えてもはや苦笑するつぼ浦のことを、それでも青井は心底不安そうに見てくる。
「そんなことないよ、70年なんてあっという間だよ。その程度じゃ人間も似たような顔ぶれのままやん」
「多分それ孫か、ひ孫っすよ」
「頑張って覚えようとしても地図も全然覚えられないし」
「アオセンの物覚えが致命的に悪いんじゃなけりゃ、70年もあったら途中で地図か地形が変わってんじゃないっすかね」
「人間同士の合戦も全然終わらんやん」
「戦国時代の話してるんなら毎年なんかやってたんじゃないっすか」
「かと思ったら同じ名前の幕府がずっと続くし」
「江戸……か?江戸時代なら仕方ないだろ」
「横浜駅の工事もずっと終わらないし」
「それは全人類が思ってるぞ」
青井のパサついた嘆きをつぼ浦はことごとく論破する。青井はベッドから体を起こし、ちょっとうるんだ目でつぼ浦を見た。
「頑張っても70年しか一緒にいられないんだよ」
「70年も経ったら俺も死ぬぞ」
青井は目をかっぴらいて口をぱかっと開けた。大口を開けた南国の鳥みたいな顔だった。
呆然、まさに呆然である。
「なんならアオセンのほうが先に死ぬんじゃないか?不健康そうだし」
「…………」
「聞いてんのか?」
さらなる追い打ちに猛獣みたいな目が情けないくらいぽかんとつぼ浦を見ている。
おそらく人生で初めて両想いの愛する人を置いていくかもしれない、という事態に直面しているのだろう。そして、初めて「人並みの」残り時間を共に生きるという事態に。
今まで愛し合った人たちは見送るだけで良かったのに、気持ちの通じ合った最後の恋人のつぼ浦を置いていくかもしれない。その可能性が。
「好きなのか、お前も」
「ハイ」
「本当に?なんか勘違いしてない?」
「ねぇよ、アオセンに告白されて気づいたんだぜ。俺もア、アンタのことがす、す、すき、すきだったんだって」
すぐさま頬を桜色に染めて、サングラスの向こうで目を泳がせる。あまりにも初心で純粋な恋心がそこにあった。
からかう言葉はいくつも思いついた。しかし青井は必死に掲げられたはじめての恋を優しく受け取った。
「俺と同じ残り時間か、そっか……」
長い長い沈黙のあと、絞り出すように青井が言う。
「そうだぜ、70年は長いぞ」
「長いか、そうか、……そうかぁ」
「頼むから一瞬だとかいって30年ローンとか組んだりするなよ」
「えー?確かに残り寿命の半分くらいってことか、やばぁ」
「あとはなんだ、古い流行りを出してくるとか?音楽はまだいいけどよ、服とか」
「……なんでわかんの?最近の流行りにはついていけなくて……あ、だから私服ダサいって言われるのか、俺」
「チクショウ、言われてみりゃそうだぜ!」
なんとも言えないセンスの服選びを思い出してつぼ浦は叫んだ。そういえば青井の好きな色も灰色だ。趣味の散歩も日向ぼっこも、リアルでおじいちゃんだとすれば納得の行くことがいくつもある。刀持ってるし時代劇とか好きそう、なにかプレゼントするとしたら盆栽かな、とか頭の端の方でつぼ浦は考えた。
しかし目の前の青井はシワひとつない端正な顔立ちで、見ているだけで鼓動が早まってしまう。中身の年齢とは程遠い綺麗な顔につぼ浦は話しかける。
「あと、目を離したら老いるからな、俺は」
「離さないよ絶対、……離すわけがない」
真剣な顔だった。炸裂して消える花火のような一瞬の輝きを、それを絶対に見逃すまいという覚悟の顔だった。
「だから今を生きろよ。限りある日々を」
青井に手を差し出す。冷たく白い手がその手を強く握り返した。
「なんだっけ、カルボナーラみたいなやつね」
「カルペ・ディエム!」
やはり933歳のおじいちゃんに横文字は難しいらしい。つぼ浦から大きなため息が出た。
これは青井にとっては最初の最後の恋で、つぼ浦にとっては最後の最初の恋だ。青井は見た目は若いまま老いて死ぬのだろう。自分がシワだらけになっても側にいたいという願望と、とんでもない時間の尺度を持つ恋人とのこれからの日々を思い、つぼ浦はその手をただただ握りしめた。
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医師から「運動不足です。心臓の健康維持のためにウォーキングなどの運動、つまりもっと地上をやれ」と言われ、泣きながらヘリから降ろされる青井の姿があったとか。
死にかけ長命種よくないですか?!初めて置いていく悲しみに直面して悩んでほしいし、結局🟦のほうが先に寿命が来たら美しいなって思います。
あとメメントモリとカルペディエムはそれぞれぐち逸とつぼ浦で対になってていいですよね、言いたいことは「今を生きろ」なのにアプローチが真逆なんですよね。
コメント
4件
題名とか見て悲しい終わりかなって思ったのですが砂場さんの小説なので見ないわけには行かなく、バッドエンドだと確信した途中、ガチ泣きしてたんですがあと70年あって、一気に涙引っ込みましたw本当に良いお話すぎて話に没入してました✨話しの構成もネタもどうしてこんなに凄い作品が描けるのでしょうか、?それにキャラブレも絶対にしない、、、。もはや神をも凌駕しているのではないでしょうか……?

定規の例えの所で、なるほどなって思いながら読んでたらデブとカレーの表現が飛び出してきて吹き出しました笑いつも楽しく読ませて頂いてます!
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