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第二十九話 思い出の輪郭
翌日の夜。
サイトを開くと、
珍しく彼の方から先にメッセージが届いた。
『昨日のこと、考えてた』
『私も』
『やっぱり、あの場所気になる』
『うん』
昨日までなら、
「昔のことだから」と片づけていたかもしれない。
けれど、今はそうできなかった。
二人とも、同じ場所に何かを感じている。
それが偶然なのか、それとも別の理由があるのか。
まだ答えは出ていない。
『今日、もう一回写真見た』
『何か分かった?』
『一枚だけ、気になるところがあった』
『どこ?』
写真が送られてくる。
昨日見たものとは違う、少し古い写真だった。
彼女は画面を拡大する。
そこには、あの場所と同じベンチが写っていた。
『これ……』
『うん』
『同じだね』
『たぶん』
ベンチの端には、小さな傷がある。
文字のようにも見える。
でも、古すぎて読み取れない。
『これ、誰かが書いたのかな』
『分からない』
『でも、前からあったんだ』
『そうみたい』
彼女は写真を眺めながら、ふと口にした。
『ここで、誰かと待ち合わせしたのかな』
その瞬間。
彼からの返信が止まった。
『……分からない』
『ごめん、変なこと言った』
『いや』
少しして、
『今、ちょっと思い出した』
と届いた。
彼女は画面を見つめた。
『何を?』
『誰かを待ってた』
『この場所で?』
『たぶん』
『誰を?』
『それが分からない』
彼の中に浮かんだのは、夕方の景色だった。
ベンチに座っている。
時計を見る。
誰かを待っている。
そして、遠くから誰かが走ってくる。
顔は見えない。
でも、その人を見た瞬間、
自分が笑ったことだけは分かった。
『笑ってた』
『え?』
『その人が来たとき、俺、笑ってた気がする』
彼女はその言葉を読んで、なぜか胸が苦しくなった。
理由は分からない。
ただ、その光景を想像すると、どこか懐かしい。
『きっと、大事な人だったんだね』
『そうなのかな』
『じゃないと、そんなに覚えてないと思う』
『でも、顔が思い出せない』
『……』
『変だよね』
『ううん』
彼女は少し考えてから送った。
『顔を忘れてても、大事だったことまで消えるわけじゃないんじゃない?』
彼から返事が来るまで、少し時間がかかった。
『それ、なんか分かる気がする』
それから二人は、しばらく何も話さなかった。
でも、気まずくはなかった。
やがて彼が、
『会ったとき』
と送る。
『うん』
『写真、一緒に見てほしい』
『いいよ』
『一人で見るより、誰かと見た方が思い出せそうだから』
『じゃあ、一緒に見よう』
『ありがとう』
会う日について、また少し話した。
待ち合わせ場所。
時間。
当日のこと。
けれど、今日は「楽しみ」という言葉を
何度も繰り返すことはなかった。
二人とも、少しだけ違うことを考えていたからだ。
過去に何があったのか。
あの場所で、誰を待っていたのか。
そして、その相手は誰なのか。
彼女は最後に、写真をもう一度見た。
古い写真の隅に写るベンチ。
そこには、今では薄くなった小さな傷が残っている。
彼女は気づかなかった。
その傷の下に、
もう一つだけ文字が刻まれていることに。
それは、二人がまだ知らない名前の一部だった。
コメント
1件
うわ、この回、じわじわ来ましたね…。二人とも同じ場所に引っかかってて、でも「誰を待ってたか」までは思い出せないもどかしさ。特に「顔を忘れても大事だったことは消えない」って彼女の言葉、優しくて刺さりました。最後の「まだ知らない名前の一部」で終わる構成、めちゃくちゃ気になります。設定の重なり方、上手いなあ。
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