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爱 . @ 新垢
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「あとでちゃんと話そか」
⸻
帰り道。
夜風が、思ったより冷たい。
さっきまでの居酒屋の熱気が嘘みたいに、静かだった。
「……」
隣を歩くしろせんせーは、何も言わない。
怒ってる、のは分かる。
でも、怒鳴る感じじゃない。
——それが、逆に怖い。
「……ボビー」
小さく呼ぶ。
「……ん」
短い返事。
それだけ。
(うわ、やばい)
さっきのことをぼんやり思い出す。
シードに抱きついたこと。
あの距離。
あのまま離れなかった時間。
「……あれさ」
なんとか軽く言おうとする。
「酔ってただけだから——」
その瞬間。
「分かってる」
被せるように、静かに言われる。
足が止まる。
「……え」
「酔っとったからやろ」
振り返ると、目が合う。
ちゃんと笑ってる。
——でもやっぱり、目が笑ってない。
「やから余計やねん」
一歩、近づかれる。
「素でやったんやない分、余計にな」
「……っ」
言葉が詰まる。
うまく、返せない。
「ニキ」
名前を呼ばれる。
低くて、逃げ場のない声。
「俺の前で、他のやつにあんなことせんといて」
「……ごめんって」
反射で出た言葉。
でも。
「“ごめん”で済ませる気なん?」
一歩、さらに詰められる。
距離が近い。
逃げたくなるのに、足が動かない。
「……」
黙ると、
しろせんせーは、小さく息をついた。
「責めたいわけちゃうねん」
声が少しだけ柔らぐ。
でも。
「分かっといてほしいだけや」
視線は、逸らさない。
「お前が思っとるより、俺ちゃんと見とるから」
「……っ、」
胸の奥が、変にざわつく。
「誰にどう触っとるかも」
「どんな顔しとるかも」
「全部な」
淡々とした言い方。
でも、それが余計に重い。
「……あれは、ただのノリで」
言い訳みたいに言うと、
「せやろな」
すぐ返される。
「シードも分かっとるやろ」
一瞬だけ、目が細くなる。
「……でもな」
そのまま、手首を軽く掴まれる。
強くはないのに、離せない。
「俺は嫌や」
はっきり言う。
「見せつけられる側、気分ええと思う?」
「……」
言葉が出ない。
「……ほんま、無自覚やな」
小さく笑う。
でもその手は、離れない。
「なあニキ」
少しだけ顔を寄せられる。
「どこまでやったら、俺が嫌がるか」
「ちゃんと考えや」
「……っ」
心臓がうるさい。
さっきより、酔いが回ってる気がする。
「……もうしない」
やっと出た言葉。
すると、
「約束な」
すぐに返される。
「破ったら——」
一瞬だけ、間。
「今より優しくできる自信ないで」
冗談みたいな言い方。
でも、全然冗談に聞こえない。
「……うるせぇ」
小さく呟くと、
「知ってる」
くすっと笑われる。
そのまま、手が離れる。
やっと、息ができる。
「……帰るで」
何事もなかったみたいに歩き出す背中。
でも。
(……なんなんだよ)
胸のざわつきだけが、消えなかった。
⸻
翌日の朝
「……っは」
目が覚めた瞬間。
全部、思い出した。
「……最悪」
布団の中で、顔を覆う。
シードに抱きついたこと。
ボビーの目。
帰り道の会話。
全部。
「……うわああああああ」
声にならない叫び。
「俺なにしてんだよ…!!」
顔が熱い。
というか、たぶん真っ赤。
(優しくできる自信ないで、ってなんだよ…)
思い出して、さらに死ぬ。
「……無理」
そのまま、ベッドに沈む。
でも。
頭から離れないのは——
あの時の、ボビーの声。
「……ほんとに、ちゃんと見てんだな…」
ぽつりと呟く。
昨日より少しだけ、
その意味が分かってしまった気がして。
また、顔が熱くなった。
⸻
飲み会後
シードは、一人で缶コーヒーを飲んでいた。
人気のない公園。
夜の空気は静かで、妙に現実的だ。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
頭の中には、昨日の光景。
酔ったニキが、抱きついてきた瞬間。
あの体温。
あの重さ。
「……ずるいのう」
ぽつりと零れる。
分かってる。
あれは“酔い”。
本気じゃない。
「それでも」
苦笑する。
「嬉しかったんじゃけえ、どうしようもない」
視線を落とす。
手の感覚が、まだ残ってる気がする。
「……ほんまに」
小さく笑う。
「厄介じゃの」
しろせんせーの顔も思い出す。
あの目。
笑ってるのに、全然笑ってないやつ。
「……敵に回したくないタイプじゃわ」
でも。
「引く気もないけどな」
ぼそっと呟く。
静かな決意。
カラン、と空き缶を転がす。
「ニキ」
名前を呼んでみる。
当然、返事はない。
それでも——
「次は、酔っとらん時に来い」
小さく笑った。
その声は、
誰にも届かないまま、夜に溶けた。