テラーノベル
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休憩に入るなり、水野瑠菜は店内のパン売り場へ直行した。
「あ、まだ残ってる」
目当てのものを見つけて、思わず頬が緩む。
ハナザキ製パンの菓子パン。
昨日までは定価で並んでいたそれに、今日は〝三割引〟のシールが貼られている。
(ラッキー)
迷わずひとつ手に取った。
別に、定価で買えないわけではない。
けれど同じものなら、少しでも安く買えたほうが嬉しいし、何よりこのまま売れ残って捨てられてしまうのはもったいない。
「おばあちゃん、うち、休憩行ってくるね」
「はいはい。ゆっくりしておいで」
祖母へ声をかけ、瑠菜は『エブリーハナザキ穂刈里店』をあとにした。
コンビニのような看板を掲げてはいるものの、店を営んでいるのは瑠菜の祖父母だ。
食品から日用品まで扱うこの小さな店で、瑠菜も一緒に働いている。
向かったのは、店から歩いて数分のところにある小さな公園だった。
瑠菜が住む穂刈里は、田舎だ。
駅から少し離れれば田畑が広がり、昼間だというのに人通りも少ない。
公園にも遊んでいる子どもの姿はなく、草も生い茂り気味で、聞こえてくるのは風に揺れる木々の音くらいだった。
いつものベンチへ腰を下ろし、買ったばかりのパンを袋から取り出す。
「いただきます」
大きく口を開けて、ぱくり。
ふわりとしたパン生地と、中に挟まれた甘いクリーム。
(んー、美味しい)
三割引で買えたと思えば、美味しさも三割増し――いや、それ以上だ。
もうひと口。
幸せを噛み締めるように頬張って――ふと、気づいた。
(……ん?)
視線を感じる。
顔を上げると、少し離れたところに男が立っていた。
背が高い。
きちんとスーツを着ているのが、逆にこんな田舎町では明らかに浮いて見える。
整った顔立ちも相まって、なおさらだ。
(誰……?)
知らない人だ。
なのに、その男はなぜかこちらを見ていた。
目が合う。
普通なら逸らすところだろう。
けれど、逸らさない。
(……何?)
瑠菜は手元のパンを見る。
それから男を見る。
もう一度パンを見る。
まさか。
「……食べたいんですか?」
思わずそう尋ねると、男は一瞬目を丸くした。
そして、ふっと、笑った。
「いや」
即答された。
「え?」
(だったら何で見ていたの?)
瑠菜が訝しげに眉を寄せると、男は口元に笑みを残したままこちらへ歩いてくる。
「まだ売ってましたよ」
「何が?」
「これです」
瑠菜は手にしていたパンを掲げる。
「うちの店で。今なら三割引です」
「……いや、別にそれはいいんだ」
「じゃあ何ですか?」
男は瑠菜の手元へちらりと目を落とした。
「ずいぶん美味そうに食うんだなと思って」
「…………」
それで、見ていたのか。
瑠菜は改めてパンを見る。
「美味しいですよ?」
「知ってる」
「じゃあ何で?」
そんなにこちらを見つめてくるんだろう?
「キミがあんまり幸せそうな顔して食うから」
「だって、美味しいから」
「そうか」
嬉しげにふわりと微笑まれて、瑠菜は混乱する。
(変な人)
ただ、不思議と嫌な感じはしなかった。
いきなり人が食べているところをじっと見てくるなんて失礼なはずなのに、揶揄われているようにも、馬鹿にされているようにも感じない。
むしろ――。
「そんなに好きか?」
「はい?」
「そのパン」
「好きですけど」
「それは良かった」
何だ、そのどこかズレた返しは。
瑠菜がじろりと睨むと、男はまた笑った。
やっぱり少し変だ。
それにしても、近くで見ると本当に整った顔をしている。
すっと通った鼻筋に、形のいい唇。
髪もきれいに整えられていて、着ているスーツもよく似合っている。
(……ホスト?)
穂刈里にホストクラブなんてないけれど、まさか都会から流れ着いてきたとか?
そんな失礼なことを考えているうちに、休憩終了の時間が迫ってきた。
「あっ。戻らなきゃ」
慌てて残りのパンを袋へ戻して立ち上がる。
「じゃあ、うち、行くんで」
「ああ」
「買うなら、まだ残ってると思いますよ?」
「だから食いたいわけじゃないって」
「美味しいのに」
「ああ、当然だ」
最後まで噛み合わない。
瑠菜は軽く頭を下げると、公園をあとにした。
(何だったんだろ、あの人)
結局、名前すら知らないままだったけれど、もう会うこともないだろう。
――そう思っていたのに。
翌朝。
「瑠菜。しばらく、うちで働いてもらう人を紹介する」
「え?」
祖父に呼ばれて店の奥へ向かった瑠菜は、そこに立っていた人物を見て足を止めた。
「おはようございます」
聞き覚えのある声。
昨日と同じ、整った顔。
今日はスーツではないけれど、間違えるはずがない。
「……ホストの人!」
思わず声を上げる。
すると男は――昨日と同じように楽しそうに笑った。
「ホストに間違えるとか。キミには俺が、そんなにいい男に見えるのか」
コメント
1件
うわ、めっちゃ面白かったです!冒頭の値引きパンにテンション上がる感じ、めちゃくちゃ共感しました。あの「三割引で買えたと思えば美味しさも三割増し」っていう心情、わかる〜!そして突然のスーツのイケメン登場に「……ホスト?」ってなる瑠菜さんのツッコミが可愛すぎる。「キミがあんまり幸せそうな顔して食うから」って理由がまた絶妙で、変な人だけど嫌な感じがしない絶妙な距離感がいいです。最後の再会で「ホストの人!」って叫ぶとこ、思わず声出して笑っちゃいました。続きが気になります!
鷹槻れん

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水羽凛
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