「どういうこと?何故、税金滞納ってことになってるの?」
『……』
「説明してくれないと、私、わからないんですけど?」
『去年、会社の方針が変わって…』
「もうちょっとハッキリしゃべって!」
もぞもぞとくぐもった声で聞き取りにくい。
『去年から55過ぎたやつは、会社員扱いじゃなくなった、個人事業主として自分で全部やることになって、だから税金とか、わからなくて…』
「は?60までは働けるんじゃなかったっけ?」
『働けるけど、形態が変わるというか、それで営業成績で歩合制になるし』
「それならそうと、その時に話してくれればよかったのに」
『…言えないよ』
「どうして?」
『給料がガクンと下がったうえに税金の支払いとか…』
「税金は会社員でも個人事業主でも払わなきゃいけないよね?」
『未希は、俺の給料がいいことも結婚の条件だったから、給料下がったなんて言えなかったんだよ』
そうだった。
出会った当時、旦那の給料はわりとよかった。
中の上くらい。
だから、欲しいものもたくさん買ってくれたし、これなら結婚しても安泰だと思った。
特に、最初の結婚でお金に困ったから、シビアにお金のことは条件に入れてた。
結婚してからは、生活費は毎月10万、口座に入れてくれてた。
ローンも税金も保険や電気ガス水道、全て旦那の口座から引き落とされてたから、10万あれば余裕だった。
私の給料は全部私が自由に使えた。
「税金ってさ、前の年の収入で計算されるから高いよね?そのあとで確定申告で取り戻すんじゃなかった?領収書とかためといてさ」
『そうなの?』
「会社から、そんな説明なかったの?」
『あったような?』
「とにかく、生活費の口座から払っとくから」
『うん』
「それから、実家のこと、進君の家のことなんだから、自分でやって」
『…うん』
「私も仕事してるんだからね」
はぁー、情けない。
税金のことがわからないならわからないで、誰かに聞くとかあるでしょうに。
そういえば、生活費の口座から下ろすのがめんどくさくて、自分の給料から食費とか出してたっけ。
じゃあ税金の分くらいは残っているはず。
カードで残高照会をする。
【125386】
じゅうにまんごせんさんびゃくはちじゅうろく。
え?足りないけど?
税金は86万。
生活費も振り込んでなかったの?私が何も言わないことをいいことに、振り込んでなかったようだ。
あー、もうっ!
洋子が言ってた通りだ。
お金のことは、すごいトラブルですごいストレスだ。
そして旦那はここにいないことがさらに、ストレスだった。
文句言いたくてもここにいないなんて!
「足りない分は私が立て替えておくから、返してね」
そうLINEした。
既読もつかねー!ムカつく。
我が家の財布は、基本的に旦那は旦那。
小遣い制ではない。
その方が、何か買ってもらう時にありがたみがあるから、そうした。
それに、家庭のお金を全部預かるのは難しい気もしたし。
結構稼いでる旦那だったから、安心していた…んだけど。
「失敗したな…」
独り言が出てしまう。
仕方ない、払っておいて取り返そう。
これからの税金のことは、きちんとやってもらおう…あれ?
ガクンと給料が下がったと言ってたけど、大丈夫なのか?うち。
家のローンもあるのに。
その督促状は見当たらなかったから、払ってるんだろう。
さて、気分を変えよう。
貴君と観に行く劇団のことでも考えないと気が滅入る。
ぴこん🎶
『未希さん、お元気?あのね、お父さんは糖尿だから、食事に気をつけてあげてね。それからお風呂はぬるめだから。よろしく!』
はぁ?!
お義姉さんからのLINEだった。
だったら、自分でやればいいのに。
既読したけど返事はしなかった、少しの抵抗だ。
お風呂に入って寝る。
こんなにイライラしてたら寝れるわけない、けど寝れた。
次の日。
「おはよう。どう?お義母さんの容態は」
「おはようございます、なんか、腰を痛めただけで体調は大丈夫みたいです。ただ、お義父さんの家事を少し手伝わないといけないみたいで、一度、行ってきます」
「了解、いつにする?」
「そうですね、明日にでも…」
「もう3ヶ月過ぎてるから有休も取れるはずだよ」
「ありがたいです」
旦那よりずっと気を遣ってくれるし、優しい貴君。
惚れてまうやろ!って
「古いな」
「ん?」
「いえ、なんでも。ちょっと社長に明日休めるか確認してきます」
そういうことならと、有休が1日もらえた。
税金も払わなくちゃいけないし。
「あのさ、今日、昼飯、一緒にどう?」
いつもはおにぎりかお弁当を持ってくるんだけど、今日はうっかり忘れてしまっていた。
「え?いいんですか?今日はお昼ご飯用意するの忘れちゃってて」
「行こう、疲れてるように見えるから美味いもん食べて元気出して」
「はい、美味しいもんですね」
傷ついた心に寄り添ってくれる、そんな性格なんだ。
なのにこの歳まで独身だなんて、不思議だと思った。