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夜の禪院家は、音が少なすぎる。直哉は布団に入ったまま、目を閉じていた。
閉じてはいるが、眠ってはいない。
畳の匂い。
障子の向こうの闇。
遠くで鳴く虫の声。
どれも、昔から変わらないはずなのに、
今日はやけに耳につく。
直「……眠れへん」
独り言が、部屋に落ちる。
目を閉じると、
昼間の庭が浮かぶ。
甚爾くんの横顔。
曖昧な言葉。
はっきりしない背中。
直「……最悪や」
そう言いながら、
布団から抜け出していた。
足音を立てないように、
そっと障子を開ける。
夜風が、ひんやりと肌を撫でた。
縁側に腰を下ろす。
昼とは違って、庭は影だらけで、
輪郭が曖昧だ。
——おらん。
分かっている。
それでも、
目が自然と、あの場所を探してしまう。
直「……来るわけないか」
そう呟いた、そのときだった。
背後で、
ほんのわずかな気配が動く。
直哉は振り返らなかった。
振り返らなくても、分かる。
甚「……起こしたか」
低い声。
昼と同じ、変わらない声音。
直「は?」
反射的に声が出る。
驚きと、安堵と、苛立ちが一緒になった。
直「なんでおるん」
振り返ると、
縁側の柱にもたれるように、甚爾が立っていた。
闇に溶けるみたいな姿で。
甚「眠れねぇって顔してたからな」
直「勝手に人の顔決めつけんといて。てかなんで知ってんねん」
言い返しながら、
直哉は、自分の心臓が早く打っているのを自覚する。
直「……また来たん?」
昼と同じ質問。
でも、今度は少しだけ、弱い声だった。
甚爾は肩をすくめる。
甚「通り道だ」
直「嘘やろ」
即答だった。
直「こんな時間に、 禪院家が通り道なわけないやん」
甚爾は否定しなかった。
その代わり、直哉の隣に腰を下ろす。
近い。
昼より、ずっと。
直哉は身じろぎしたが、
離れなかった。
直「……なあ、甚爾くん」
直「ほんまに、 用が残っとるだけなん?」
問いは、夜に溶ける。
答えは、急かさない。
甚爾はしばらく黙って、
暗い庭を見つめていた。
甚「……眠れねぇ夜がな」
ぽつりと、言う。
甚「昔から、ここに戻ってくる」
それだけだった。
理由でも、説明でもない。
でも、
直哉の胸には、それで十分だった。
直「……そんなん」
直哉は小さく笑う。
直「ずるいやん」
甚爾は答えない。
ただ、そこにいる。
夜の禪院家で、
二人の距離は、まだ決まらない。
それでも、
直哉はさっきより、少しだけ楽に息ができた。
——眠れない夜が、
悪いものじゃない気がした。