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リズは仕事が終わると、毎回律儀に私に報告をしてから自室に戻っている。時計の針は17時を少し過ぎた場所を指していた。きっとそろそろ彼女が私の部屋を訪れるであろう時刻だ。
「俺とレナードもまだボスの先生に会えてないんだけどね……」
「ルーイ様?」
「そう、そのルーイせんせ。せっかく王宮に来てるっていうのに、先生はリオラド神殿に篭っててこっちに来てくれないんだよ」
「先生とのやり取りはセドリックさんがしていますからね。私達はそれを伝聞するだけなんですよ」
レナードさんは肩をすくめ溜息をついた。それは仕方ないかなぁ……。だってルーイ様は神様なのだ。しかもワケありの。王宮内を不用意に歩き回っていたら事情を知らない兵士に捕まっちゃうかもしれない。あまり姿を晒すのはよろしくないだろう。
「もしかして俺ら避けられてる? それとも先生は恥ずかしがり屋なのかな」
「そんな事ないですよ。お店でお世話になるから『とまり木』の方達には挨拶しなきゃって仰ってましたし。きっと神殿にいなければならない事情がお有りなんですよ。それと、ルーイ様は恥ずかしがり屋とは対極に位置する方ではないかと……」
「ルーイ先生とってもフランクですもんね。お話しやすくて楽しかったです。すこぶる美形で目も幸せでした」
「俺はそのどちらにも会えてないんだけどね。レオン殿下の先生にクレハ様のご友人……今後俺たちとも関わりが深くなっていくだろうに」
ミシェルさんはルーイ様とすでに顔を合わせている。その時の事を思い出しているのか『またお会いしたいなぁ』とほんのり頬を赤らめて呟いた。
ルーイ様とリズは私とレオンが懇意にしており、これから先も行動を共にしていくであろう大切な人。クライヴさんが言うように、レオンの側近である『とまり木』の方達も浅からぬ付き合いをしていくことになると思う。だから早くふたりに直接会って、見た目や人となりを把握しておきたいと考えているのだろう。クライヴさんがリズに会いたがっている理由は何となく分かった。でも、さっきのあの不安そうな……意味深な表情はなんだったのだろうか。
「リズちゃんとは会える目処がついたんだからいいじゃない。ルーイ先生はちょっと立て込んでるみたいだから、もうしばらく時間かかるかもしれないけどさ」
みんな忙しいからタイミングが合わないんだなぁ……。ルーイ様は私と違ってコミュニケーション能力高いから誰とでも仲良くやっていけそうだけど。
レナードさんとルイスさんはこの後レオンの部屋に行くとのことで、ミシェルさんとクライヴさんもそれに付いて一緒に行くことになった。ミシェルさんは私とお揃いのバングルを貰ったレオンの反応が見たいらしい。クライヴさんはそんなミシェルさんに半ば強引に同行するようにと押し切られてしまった。
「それではクレハ様、私達はこれで失礼致します。リズちゃんの件、よろしくお願いします。日時と場所は後ほど連絡致しますので……」
「分かりました。リズにしっかりと伝えておきますね」
「明日は俺とレナードも王宮にいるから、姫さん俺らにして欲しい事あったら何でも言ってね」
「はい! あっ、バングルとアンクレット……本当にありがとうございました」
彼らは私に向かって一礼すると、部屋から出ていってしまった。ミシェルさん達がいなくなった室内は、さきほどの賑やかさが嘘のように静まり返る。
ミシェルさんが話題にするまで実家のことがすっかり頭から抜け落ちていた。釣り堀での事件や神様達のことでいっぱいいっぱいになっていたからだと、心の中で言い訳をする。またしばらく帰れそうにないので、お父様とお母様に手紙でも書こうかな。姉様が大変な時なのだから私のことはあまり気にしなくて良いように……クレハは元気でやっていますって伝えよう。私は書き物机に向かうと、リズが来るまでの時間潰しも兼ねて両親に手紙を書き始めた。
手紙を書き始めてから20分くらい経過した頃だろうか……部屋の扉を数回ノックする音、そして私に呼びかける女の子の声が聞こえた。仕事を終えたリズが挨拶に来たのだ。手紙を書く手を止め、私は椅子から立ち上がる。
「はーい、今開けますよ」
扉を開くと、そこには案の定リズがいた。しかし彼女は私と顔を合わせた瞬間、焦茶色の瞳を溢れそうなほどに見開いた。
「リズ……?」
「こ、ここは天国ですかっ!? 私の目の前に天使がいる!!」
「…………」
これは……リズのいつものヤツだ。リズは感極まると自分の世界に入ってしまい、周りが見えなくなってしまうのだ。彼女は私をちょっと……いや、かなり盲目的に慕ってくれている。そのせいだろうか、往々にしてこのような状態になってしまうのだ。こうなってしまった彼女とは会話が成立しない事が多いので、落ち着くのを待ってから話しかけるのが正攻法である。しかし、なんでまた急に……と思ったけれど、その理由はすぐに分かった。
「このドレスか……」
ミシェルさんが着せてくれた白いドレス。みんながこぞって褒めてくれた。その素敵なドレスはリズの心もがっちりと掴んでしまったようだ。
彼女は言葉にならない声を発しながら、扉の前でへたり込んでしまった。私はそんなリズの隣に並んでしゃがむと、彼女がこちら側に戻ってくるのをのんびり待つのだった。