「俺は遥香が傍にいると身の危険しか感じない。お前が一度ここに居ついた時の出来事を、俺はまだ忘れないからな?」
白極さんは腕を思いきり伸ばし遥香さんの頭部を掴むと、それ以上自分に近付けさせようともしない。こうして永美さんと同じように近くに住まわせているのに、彼は遥香さんとキッチリと距離を取ろうとしているように見えた。
「そんな……もう二年も前のことですよ? 私はもう成長したんです、同じような事はしない自信があるのに」
「遥香の自信なんて信用出来ないし、俺にとっては好きに扱き使えて親父の管理下にない凪弦の方が傍に置くには都合が良い」
好きに扱き使えて……ですか。まあそんな所だとは思っていたけれど、本当に私って白極さんにとって奴隷でしかないんですね。
それにしても二年前に遥香さんは余程の事を白極さんにしたのかもしれない。どちらかと言うと怒りやすいがすぐに冷めるタイプであろう白極さんが、これほど根に持っているのだから。
「樹生様……」
しょんぼりとする遥香さん、性格は凄いが容姿は抜群なのでこうしているだけで悲劇のヒロインにも見えてくる。……が、そんなのは見飽きてると言わんばかりの白極さんは容赦ない。
「とにかくここに住むのは凪弦だと俺が決めたんだ、これ以上遥香の意見を聞くつもりはない」
「……あの、私の意見も全く聞かれていないのですが?」
「はあ? なんで奴隷の意見を俺がいちいち堪忍しなきゃなんねえんだ?」
……ああ、そうですか! ニヤリと意地悪く笑う白極さんに苛ついて私は近くにあったクッションを投げつけてやった。だけどそれはあっさりキャッチされて、躊躇なく私の顔面目掛けて投げ返される。
この……鬼畜暴君野郎!
そんな私たちの様子を疑わしそうにジッと見つめる遥香さんがちょっと怖い、もしかしたらこんなやり取りも彼女には仲良さげに映るのかもしれない。
私はもう一度白極さんにクッションを投げ返したい気持ちをグッと抑えて、それを元の場所に戻した。
「もういいですよね? 二人ともさっきの話で納得したんなら、さっさと自分の部屋に戻ってくれませんか」
白極さんと遥香さんの睨むように見て、この部屋から追い出しにかかる。夜中にたたき起こされて貴重な睡眠時間を削られているのだからこれくらいは許されるはず。
それなのにまだ納得できないのか、遥香さんは白極さんを呼び止め私の肩を掴むと彼の方を向かせる。
「本当に樹生様は、この女の事を何とも思っていないのですか?」
「はあ? 俺の好みくらい遥香も知ってるだろう。この女のどこに俺をグラつかせる魅力があるんだ」
白極さん、そうやっていちいち私の事をこき下ろす必要がありますか? 普通に好みじゃないの一言で良いと私は思いますけど。
……色気や魅力が少しだけ足りないのは認めますけど。
「ですが、さっき樹生様はその女に自然に微笑んで……そんなの!」
自然な微笑み? さっきの白極さんの笑みはそんな可愛らしいものでしたっけ。むしろこちらが殺意を覚えてしまいそうな憎たらしいものだったと思うのですけどね。
なんて思いながら白極さんにチラリと視線を向けると……
「遥香、お前が口出していいのは俺の仕事に関してだけ。そうじゃなかったか?」
ゾッとするような低い声、雰囲気を変えた白極さんは遥香さんに言葉の続きを言わせはしなかった。遥香さんはそんな白極さんの様子に震え、数歩後退ると……
「すみません、樹生様! 私は先に部屋に戻っています」
頭を下げたままそれだけを言うと、彼女は逃げるように部屋を出て行ってしまった。
ええー、ちょっと待ってよ。この場をこんな雰囲気にしておいて、自分だけさっさと逃げるとかありなんですか?
遥香さんが出て行った扉の方を見つめていると、後ろから大きな舌打ちまで聞こえてくる。遥香さんの言葉の何が白極さんをそんなに苛つかせたのかは知らないけれど、私を巻き込まないで欲しいのに。
「えっと、白極さんも部屋に戻られたらどうです? 今ならあと数時間は眠れると思いますし……」
なんてなるべく視線を合わせないようにして、白極さんに自室に戻るように勧めてみる。彼が私の言葉を素直に聞くはずがないという事を私はまだちゃんと分かっていなかったから。
「……あ? 散々騒がれしっかり目が覚めた俺に、凪弦はさっさと帰って寝ろって言うのか?」
「騒いだのは私じゃなく遥香さんです、私はどちらかと言えば被害者のはずですよ?」
だからとばっちりは食いたくないのだと、白極さんに遠回しに伝えようとしたのだけれど……もちろんそんな私の言葉で白極さんが「分かった」なんて言うはずもなく。
「お前はチェスは出来るか? チェスが駄目なら、そうだな……」
「出来ません、私が出来るのは将棋とババ抜きだけです」
まさかこんな深夜にゲームを始める気なのだろうか? 冗談じゃないと思い私は白極さんが好まなそうなものを選んで伝えてみる。実際私は小さい頃じいちゃんの将棋の相手をしていたし、嘘にはならないはず。
「将棋とババ抜きか、気分的には将棋だな。よし、今から永美に持ってこさせる」
「え? ちょっと、白極さん? 私はまだやるなんて一言も……」
そんな私の言葉は聞こえないふりをして、白極さんは永美さんに将棋盤を持ってくるように電話をしてしまった。
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