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俺を強引に自分の部屋に入れてくれたかと思えば、院瀬見は何かを覚悟したかのようにして四つん這いで俺に迫りつつある。こんな間近にまで迫ってくることの無い院瀬見の顔に加え、彼女の長い髪が俺の顔にかかっていて、何ともくすぐったい。
真面目な顔して迫ってくるが、新葉から恋愛指南を受けただけではこんな行動は取らないはずなのに、どうしてこんなことが起きているのか。
俺だけは至って冷静思考なので、まずは落ち着かせてみることにする。
「ま、待て待て! 落ち着け。そもそも俺に何をするつもりなんだ? それに負けたくないってどういう意味――むむっ!?」
むぅ、まるで金縛りにあったかのように動けないぞ。妙な迫力と雰囲気を院瀬見から感じるせいだろうか。新葉とのじゃれ合いとはまるで迫力が違う。
「抵抗は無用……です。翔輝さんはそのまま体を倒して仰向けになってくれるだけで……」
「……分かった」
「大丈夫です……痛くないですから」
本人は真剣な表情だし、こうなったら大人しく身を委ねるしか。
そう思っていた俺だったが、仰向け状態にまで倒された俺に向かって、何故か院瀬見も一緒になって倒れ込んできた。多少の身長差があるおかげで院瀬見の顔は俺の胸の上にある状態だ。
この体勢は保健室を思い出してしまう。さすがに頭を撫でることはしないが、このままだとうっかり撫でてしまいそうになる。
「……」
「……」
抵抗もしなければ俺から何かをするつもりはないが、俺の胸の上に倒れ込んできた院瀬見は、まるで猫が胸の上で寝始めたかのような様子に思える。
「……スゥースゥー……んん」
「――? つらら? 眠ってるのか?」
まさかの猫そのものなんだが。しかし猫と違うのは、院瀬見のすらっとした長い足がものの見事に俺の足に絡まっていて動くに動かせなくなっている。
「翔輝さんは……誰が――なんですか……」
いや、熟睡はしてなかったか。
「ん? 何て?」
「はっきりして……おかないと容赦……しませんから」
寝言にしてもシャレにならないんだが、一体何のことで怒ってるんだ?
「ぐぇっ!? ちょっ、まっ――つららさん、死ぬ死ぬ!!」
「……んんん、え? えっ――あれ?」
「驚く前に手、じゃなくて力を緩めてくれ……」
「ご、ごめんなさい!!」
ほぼ眠っていたっぽい院瀬見は、夢見心地のまま俺の首を思いきり絞めてきた。俺にその身を預けてきたかと思えばこの仕打ちとは、やはり油断がならない。
「げほっげほっ……気が済んだか?」
俺よりも力が強い院瀬見からの締め上げは、本当に危ない目に遭いそうだった。
「あのっ、そうじゃなくて! 本当はこれがしたかったんです!」
そう言うと、院瀬見は再び俺の胸の上に重心を移して体を預ける。しかも今度は手の平を使って俺の頬を何度も触りだした。
さすがにやられっぱなしではいられない。そう思って俺の頬に触れている院瀬見の手を握り、その動きを止めさせて口の近くに寄せてみた。
「…………わたしの手をどうするおつもりですか? 指を舐めても美味しくないですよ」
「アホか!! そんなことするわけないだろうが!」
「じゃあどうするつも――!」
「お返しをするだけだ」
抵抗するなと言われたが、寝惚けながら首を絞められたお返しで俺も院瀬見の頬を触ってやることにした。
しかしそれだけでは面白くないので、
「やめ、やめてくだひゃい~!」
「思った以上にぷにぷにだな。すごいすべすべだし、触っている感触がマシュマロみたいで気持ちがいいぞ」
「む~む~……!!」
あまり調子に乗ると後が怖そうなので、この辺で止めておこうと自分の手を離そうとすると、またしても院瀬見の手で俺の手の動きを封じられてしまった。
「き、今日はこれくらいで許しませんか……?」
「俺がつららを?」
「ううん、わたしも翔輝さんも……です」
確かにこれ以上やると別の意味で本気になってしまう。それに恐らくだが、院瀬見が俺にしたかったことの目的は達したように思える。
そういうことならこの辺りで止めておくのが正解だ。
「お互い掴んでいる手を解放させたら、何もしないってことでいいんだよな?」
「はい」
お互いの意思を確認して、合図で離すことにした。
「じゃあ離すぞ。イチ、ニの、サン!」
「……」
しかしどういうわけか、手を離したのは俺だけで院瀬見はまだ力を抜いていない。
「こら。俺だけ離してつららはそのままか?」
「翔輝さん。もう一度だけ頬に触れていいですか?」
「……そういうことならいいけど、その手で頬をぶっ叩くのはルール違反だからな?」
「そんなことしませんよ。するのはむしろ……」
嫌な予感がしつつも院瀬見の両手の行方は、俺の頬にあった。
さっきのお返しと言わんばかりに両手で頬を挟まれた。そうかと思えばその手が急に離れ、直後にひんやりとした指先が俺の口に置かれていた。
「えっ?」
「…………今はまだ、これがわたしのせいいっぱいなんです。だからそのまま動かずに、わたしの指で翔輝さんを感じさせてください……」