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#コメディー
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「では、これより―――
緊急の議題により賢人会議を行う」
司法の人間が着込むような衣装の面々、
その中に1人が開始を宣言する。
「この短期間で、我々がこれだけ集まるのは
久しぶりの事だな」
「それだけあの辺境大陸が、重大な問題だと
いう事でしょう」
長いテーブルを四方に囲むようにして、
並べた部屋で、
メナスミフ自由商圏同盟……
そのトップ、頭脳とも呼ぶべきメンバーが
集まり、解決策や自由商圏同盟の今後の
方針などが決められようとしていた。
「ザハン国の一件―――
すでに諸君らの耳には入っていると
思うが」
「1万隻の大船団が、たった3人によって
出撃を阻まれたという」
「海を凍らせる魔族、
『永氷』……
『永氷』のグラキノス。
そして魔法を封印したといわれる神獣、
フェンリルのルクレセント。
そしてその伴侶の獣人の少年」
「くっくっく―――
長生きはするものよのう。
おとぎ話の存在を、まさかこの年で
突き付けられようとはな」
今回の議題は……
ザハン国から出航し、辺境大陸を威圧もしくは
攻撃しようと考えていた一団が、
港を出て間もなく船ごと迎撃され、
そして両者の勘違いとして手打ちになった、
というもの。
それについて今後どう対応するべきか、
という事を論じるものであった。
「先の一千隻は奴隷の子供たちを没収された
だけで、船も人員も全て無事に帰還。
ファルコン部隊が人間の姿になるという
オマケつきでな。
そして今回一万隻が―――
手も足も出ず、まるで大人が子供の頭を
撫でるようにして終わり」
「和解はしたというが、これといった要求は
されていない。
こちらからの要求は、さすがにタクドルが
止めたようだが」
「一応、痛み分けという結果にはもっていけた
わけか……」
グラキノス&フェンリル・ティーダと、
ザハン国艦隊は、今回の衝突を双方
勘違いであったと、どちらからの要求も
無しで終わらせたが、
それは表面上の事で―――
実際は一方的なワンサイド・ゲームという
結果になった事は理解しており、
「しかし、これだけ圧倒的な力を見せつけても、
一切の要求をしてこないのはどういう事だ?」
「フェンリルからは取り敢えず、幼い子を
非道に扱うのは止めろ、と言われている
らしいが」
「だがそれとて要望であって、何らかの制限や
罰則がついているわけでもない。
一体何が目的なのか、意図が読めん」
辺境大陸側としては、あくまでも友好……
最悪でも戦争となるのを回避したいだけ
なのだが、
ややオーバーキルの実力差を見せつけた事で、
それでいて何の要求も強制もしない事を彼らは
不気味がっていた。
「下手に衝突を起こしたくない―――
という事だけは事実であろう」
「数的有利はこちらにある。
さすがに全面戦争になったらという
危機感もあるだろうが」
「問題は、クアートル大陸の四大国とも、
この前正式に同盟を結んだという事だ。
メナスミフ自由商圏同盟とは交易だけで、
そこまでクアートル大陸と深い関係ではない。
その要素がどう動くか」
そこでいったん沈黙の時が流れ、
「だが、クアートル大陸は宗教国である
モンステラ聖皇国はともかくとして、
奴隷も亜人・人外迫害も普通に行ってきた
国家だ。
それがどうして辺境大陸と同盟を組む事が
出来たのだ?」
「この前の賢人会議では……
クアートル大陸との奴隷取り引きが大幅に
減ったとの報告があった。
だからそこは理解出来るのだが」
「差別や迫害は、そう一朝一夕では
どうにかなるものではない。
そのあたりはどのようにして解決したのか?」
「それについても報告が入っている。
属国としての扱いは続けるが、自治権を
拡大させる事、また『鉄道』で多くの
獣人が必要となり―――
さらにそれがかなりの好待遇なので、
各種族の敵意や反発が和らいできている、
との事だ」
そこで場はざわつき、
「なるほど。
完全な独立は認めないまでも、
統治においては現地のルールを優先させる、
というのもアリか」
「実際に雇用するのも効果が大きいだろう。
高い賃金と好条件で扱えば、自分たちは
評価されていると実感出来る」
「ファルコンが人間化したし、まずはそこから
始めるのも手であろうな。
だが、これまでやって来た事とは真逆の
方針転換だ……
それに我が同盟諸国でそれが可能かどうか」
最後の意見に、全員がそれぞれ隣りと顔を
見合わせる。
「それにザハン国ではないが、反発する
勢力も出てくるだろう」
「そうなるとメナスミフ自由商圏同盟が、
2つに別れる可能性も出てくるな」
「別れるだけならまだいい。
下手をすると内乱に発展するぞ。
この問題は行き着くところまで
考えねばならん」
そこで全員が深く息を吐いて、
「まずは、交易を許可した場合―――
どれだけの利益が得られるかだ。
それが同盟をするだけの利益に勝ると
なれば、大きな反発はあるまい」
「だが我々は商人の国だぞ?
生半可な利益では納得はしないだろう」
「あるはずだ。
ランドルフ帝国を始め、四大国を納得
させたほどの利益が……!」
そうして議論は白熱していった。
「『ゲート』の設置はこれで完了した。
今のところはクアートル大陸の四大国、
辺境大陸のウィンベル王国公都『ヤマト』
だけに通じているが。
行先を増やしたければ、その国と同盟を組み
大使館を建てるがいい」
5、6才と思われる、ベージュのような
薄い黄色の短髪を撒き毛にした少年が、
孫と祖父のような年齢差の老人に向かって
告げる。
少年の名は魔王・マギアであり、そして
老人の名は軍王ガスパード。
正式に四大国が同盟締結をした事を受け、
彼は各国に『ゲート』を設置して回っていた。
「お疲れ様です。マギア様」
「これでクアートル大陸で『ゲート』を
設置する国は最後です」
パープルの髪をやや外ハネのミディアムボブに
した、軽装にところどころ防御用のプレートを
着けた女性と、
ダークエルフのような褐色肌に耳の長い
女性が、少年の両隣りに控える。
ここは大ライラック国、首都・マルサル。
その王城の最奥の部屋で、
この国の最高責任者と魔王が向かい合っていた。
「この『ゲート』さえあれば、一瞬で
その地へ飛べる、か―――
こんなものまであるとは、敵対どころでは
ないのう」
ガスパードは呆れ半分でその光景を見つめる。
「あくまでも少人数の移動に限定されるし、
それに魔界を中継地点として挟むからな。
戦争をするために設置したものではない」
「その時は魔界まで相手になるだろう。
とても戦争には使えんよ。
緊急脱出用としてはありがたい限りだが」
一瞬で逃走を図れる避難通路……
権力者であればあるほど、その重要性と必要性は
理解しており、
「まあ、それはそうなのだが」
と、魔王・マギアは両目を閉じて片方の眉を
吊り上げる。
「何か懸念でも?」
軍王が少年に聞き返すと、
「言ってもよい事なのかどうか―――」
それを見ていた魔族の女性2人は、
「別に構わないのではないですか?」
「確かに、想定外の使われ方ですけれど」
イスティールとオルディラの言葉に、
ガスパードは首を傾げ、
「……まあ、いずれ知る事にはなるであろうし、
隠す事でもないか。
実はな、ランドルフ帝国の皇帝マームードや、
ドラセナ連邦の女帝、イヴレットは―――
時々お忍びで、遊びに出かける時に使って
いるのだ」
「あ、あそび?」
さすがに理解の範囲外だったのか、
軍王は目を丸くする。
「行先はもっぱら公都『ヤマト』ですねー。
視察と称して、身分を隠して行くんです」
「まあ確かに、あそこが今一番、他種族との
交流が盛んな街ですから。
マームード皇帝陛下は、娘である
ティエラ王女様と一緒に、度々訪れて
いますわ」
それを聞いた軍王はアゴを軽くなでて、
「ふむう、そうか。
では余も、一度遊びに出かけてみると
しようかのう」
「もう少し前であれば、はろうぃんという
お祭りもやっていたはずなのだがな。
あそこは年末年始にまた何かのお祭りを
やっているから、その時に行くがいい」
こうして四大国最後の『ゲート』設置を終え、
魔王一行は魔族領へと帰っていった。
「これで終わりかー」
「何とか間に合ったね」
「冬はやはり輸送が困難だのう」
アジアンチックな童顔の妻と、西洋風な顔立ちの
モデルのようなプロポーションの妻が……
私と一緒に作業をしながらやり取りする。
寒さも本格的になってきた頃―――
私とメル、アルテリーゼは、児童預かり所で
とある荷物の搬入を手伝っていた。
「おう、悪いなシン」
「しっかし、今年は余裕をもって
見ていたはずッスけど」
そこでアラフィフの筋肉質のギルド長と、
次期ギルド長の褐色肌の青年が、一仕事
終えたという体で姿を現し、
「今回は全員分行き渡るよう手配しました
からね。
それに、お母さんや大人の女性にも、
という要望がありましたので」
薄い赤色の髪をした、五十代くらいの上品そうな
婦人……
この児童預かり所の所長、リベラさんも
やって来て、
「しかもドーン伯爵サマが肩代わりしてくれるっ
てんだろ?
いったい何があったんだ?」
「発注自体は先に天人族・鬼人族にして
あったんですけど、
あの先日の雪女さん?
の騒動を解決したと聞いた伯爵様が、
そのお礼にって」
ジャンさんの問いに私は答える。
「しかし、前回は数が足りなくて、
1日置きだったッスけど。
これで全員、揃って着る事が出来るように
なったんスねえ」
レイド君がしみじみと、後ろに腰を曲げながら
語る。
今回、みんなで児童預かり所に運び込んだのは
『晴れ着』だ。
「お疲れ様でした。
応接室に行きましょう。
立ち話も何ですから。
お茶とお菓子も用意してありますよ」
リベラさんの言葉に、みんながそれぞれ
喜びの笑顔と言葉を発しながら―――
全員でついていった。
「しかし、結構ギリギリだったな」
「今年は早くから発注をかけていたんですが、
あの衣装、他の国々やクアートル大陸でも
人気があるようでしてね」
ギルド長がお茶を飲みながらつぶやくと、
私も飲み物に口をつける。
実際、『晴れ着』に関しては今年の新年の
お祝いという事で、子供たちに用意した事が
あったのだが、
元スラムの子供たちも加わった事で……
数が足りなくなり、仕方なく1日置きという
方法で全員着まわして何とか三が日を終えた。
(■257話 はじめての とりたて参照)
そして次回こそはと満を持して用意していた
のだが、
着物の販路が広がってしまった事で、何とか
ギリギリ間に合った、という状態になっていた。
「あと、鬼人族と天人族の人たちが
来るんだよね?」
「確か着るのに専門の人が必要とか言って
おったのう。
衣服1つにそこまで手間がかかるかと
思ったが」
メルとアルテリーゼも、お菓子を口にしながら
会話に参加する。
「男性だと、そこまで手間はかからないん
ですけどね。
大人の女性が着るものはそれこそ、
支度にかなりかかりますので」
「中を見ましたけど、確かに晴れやかというか
煌びやかといいますか。
職員にも用意してくださって、本当に
嬉しい事ですわ」
リベラさんが笑顔でカップを下に置くと、
「そろそろいいですかー?」
「こっちは準備万端ですよー?」
ノックの音と共に、向こう側から
声が聞こえ、
「じゃあ行っておいで。
メル、アルテリーゼ」
「リベラもいい機会だろ。
せっかくやってくれるってんだからよ」
そう言うと女性陣はもじもじしながら
立ち上がり、
「ま、まあ」
「確かに、めったにない機会じゃからな」
「職員も着るものですし、自分でも
確かめないと」
応接室の扉が開くとそこには―――
鬼人族と天人族の女性が立っており、
「ではお預かりしまーす!」
「多分……
小一時間くらいで終わると思いますので」
そしてお迎えと共に彼女たちは退室し、
私たち男性陣はそこで待つ事となった。
「こっ、腰回りがキツいですけど」
「耐えるんですミリ姉!
これはそれだけの価値があります!」
メル、アルテリーゼ、リベラさんの他に―――
丸眼鏡にライトグリーンのショートヘアの、
タヌキ顔の女性と、
亜麻色の髪を後ろで三つ編みにした、童顔の
女性が加わり、感想を口にする。
「ミリっちもルーちゃんも、気合い入れ過ぎ
だよー、もー」
「そうそう。
我らのように、緩めるだけ緩めてもらった
方が良いぞ?」
「次からはあなたたちもそうしなさい。
まったく、見栄を張っちゃって」
そして、私の妻2人と所長がそんな彼女たちを
見ながらたしなめ、
そしてリベラさんもまた、他の女性職員たちと
共に、着心地を語り合う。
そんな女性陣が着ているのは……
色鮮やかな『晴れ着』で、
今回、これらの搬入を手伝った報酬の
オマケとして、
彼女たちは一足先に『試着』する権利を
得たのである。
「確かにすごいなこりゃ」
「綺麗ッスよ、ミリア!
ルーチェも似合っているッス!」
ジャンさんとレイド君がそう賞賛した後、
「旦那様ー?」
「我らはどうじゃ?」
メルとアルテリーゼの問いに、
「ああ、うん。
2人ともすごく似合っているよ。
特に2人とも長い黒髪だし」
それを聞いた着付け役の鬼人族と天人族の
女性が、
「わかります。
お2人ともすっごく綺麗な黒髪ですし。
あまり手を加えずに出来たといいますか」
「逆にこちらの3人の方々は、伝統的な
縛りに囚われずにいろいろ出来ました!
ゆくゆくは獣人や亜人の方々にも、これを
着て欲しいですね」
鬼人族の後に、天人族の着付けの女性が
フォローを兼ねて語る。
「あー、私もアルちゃんも黒髪だもんね」
「確かに鬼人族も天人族も、黒髪が中心で
あるからのう」
妻たちの後に私が、
「鬼人族も天人族も―――
やはり全員が黒髪黒目なのでしょうか?」
そう質問すると、
「鬼人族は外から配偶者を招く事が多いの
ですが……
基本的に子供はみんなそうなりますね」
「天人族も白翼族や他種族とのハーフが
それなりにおりますが、ほとんどが
黒髪です。
なので、それ以外の色は希少で、
祭事や催しなどで重宝されます」
ふむふむ、とみんなでうなずいて納得する。
「あーそっか。
つまり私たちのような黒髪って、
鬼人族や天人族では当たり前なのかー」
「ここでは多数の種族がおるので、
髪の色もいろいろあるのが当然と
思っておったが」
するとミリアさんとルーチェさんが、
「いや、ナイナイ」
「わたし自身もこの街も、環境変化が
激し過ぎて―――
今は慣れてきましたけど、普通こんな事態
あり得ませんから」
それを聞いた他のメンバーも苦笑しながら
うなずく。
「まあ今回は、種族問わずこれを着てもらう
つもりだし。
それで問題点を見つけるのも、目的の
1つだから」
「本命は富裕層に買ってもらう事、
だっけ?」
「まあ本当に高そうだからのうコレ。
金貨300枚と言われても納得出来るわ」
私の後に妻たちが続く。
そう、あくまでも晴れ着は現在、児童預かり所に
所有権を持ってもらって、それで『レンタル』に
している。
ターゲットは豪商やお貴族様で……
いわば今回着てもらう女性陣には、
モデルになってもらうのだ。
「そういえばやたら大きな晴れ着も
ありましたけど」
「鬼人族でも大き過ぎるような」
「あれはいったい?」
リベラさんと女性職員の人たちが首を傾げ、
疑問を口にすると、
「亜人の方々のものですね。
ラミア族やハーピーやアラクネ、
アルラウネの方用に―――
ゆったりしたものも発注していたんです」
「ほお」
「なるほどッス」
ギルド長と次期ギルド長が同時にうなずく。
そうして話し合いは進んで行き……
誰からともなく『人魚族は?』という話が出て、
鬼人族や天人族を中心に、その素材や
開発について大いに盛り上がった。
「も、申し訳ございません。
まさかドラゴン様に乗る日が来るとは」
翌日―――
私はアルテリーゼの運ぶ『乗客箱』に乗って、
メル、ラッチ、そして天人族の着付け役の1人と
共に空を移動していた。
「まあ乗り掛かった舟だよー。
それに、あんな話を聞いちゃ」
メルがあっさりと返す。
昨日、『試着』で盛り上がっていたのだが、
そんな中、里の冬の間の食糧事情などをポロっと
天人族の彼女がこぼしたのだ。
特に今年の冬は早かったとかで、
飢え死にとまではいかないまでも、
かなり厳しいらしく……
そこで私が釣りを提案。
『た、確かに釣り道具も里で普及しては
おりますが、今は川も湖も凍ってしまって
いますよ?』
という彼女の言葉をよそに、
直接、天人族の里まで行く事にしたのである。
『食料を持って行っても良かったが―――
それでは解決にならぬ、という事だな?』
伝声管を伝って、アルテリーゼの声が
『乗客箱』の中に響く。
もちろん、食料もいくらか持って来たが、
焼け石に水だろう。
だから、冬で自給自足出来る食料を
教える必要があると判断した。
「でもどーするの、おとーさん?
おかーさんの炎で氷でも溶かしてもらうの?」
黒髪ショートに真っ赤な瞳を持つ娘が、
私の顔を見上げるようにのぞき込む。
「道具を使うんだよ。
釣り竿だけじゃなく、ね」
「??」
その言葉に天人族の女性は首を傾げ、
『乗客箱』は里へと急いだ。
「シン殿!
お久しぶりにございます。
して、本日は何用で?」
里に到着すると、黒髪ショートに
天狗の衣装を着こんだ、ミナトさんが
出迎えてくれた。
「ええ、ちょっと釣りに……
ミナトさんもいかがですか?」
「つ、釣り???
で、ですが今は冬でどこも凍っているかと」
「まあまあ。
出来ればこのあたりで、大きな湖か
池はありませんか?」
そこで私は事情を話し―――
天人族の若者を数名貸してもらい、
近くの湖へと直行する事になった。
「おおっ、釣れたぞー!!」
「こっちもだ!!」
「まさか、この真冬の真っ只中で魚が
獲れるなんて……!!」
あちこちから、天人族の若者たちの声が上がる。
ミナトさんに案内された湖―――
もちろん、彼女の言う通り凍っていたのだが、
「すごいですね、これは。
簡単にあの分厚い氷に穴が開きましたよ」
公都『ヤマト』に来ていた着付け役の1人が、
とある棒状の器具を差し出す。
そう、これはアイスドリルといわれる
ドリル式穴開け機だ。
『回転しながら先へ進む機構』自体、どうやら
この世界ではまだ浸透していなかったらしく、
(似たような物はすでにあったが)
固定、もしくは穴を開けるのに非常に便利だと
進言した事で、ウィンベル王国を中心に地味に
いろいろなところで使われるようになった。
まして身体強化を標準装備している
この世界の彼らは、難なくそれを使いこなし、
湖のあちこちにあっという間に穴を開け、
魚を釣り上げる度に喜びの声を上げていた。
「面白いねー。
冬でもこうやって魚が釣れるなんて」
「じゃが……
公都ではこういう事はしていなかったと
思うが」
「どーしてなの?」
と、家族が私に疑問の声を向けるが、
「いざという時はやる事も考えていたよ。
ただ、いかんせん水場だしなあ。
氷が割れて落ちてしまう可能性もある。
だからなるべく、他に手段がある場合は
避けて来たんだ」
そして天人族の人たちに目を向けて、
「それに彼らなら空を飛べるからね。
いずれは他に広まると思うけど―――
何かあった時、救出出来る人員付きで、
というのが条件になると思う」
そんな事を言っていると、もうすでに
時間が経っていたようで……
「そろそろいいんじゃないか」
「ああ、これなら十分だ」
「子供に腹いっぱい食べさせてあげられるよ」
それを聞いて私はパンパンと手を叩いて、
「では『乗客箱』にぶら下げて里まで
持ち帰りますのでー。
容器に入れていってくださ―――」
と言ったところで、何かの破壊音が響き、
「んっ!?」
「何じゃ!?」
「ラッチ、こっちへ!」
家族で避難行動を取り、音のした方向に
視線を向けると、
氷を割って飛び出て来た、イワナのような
魚が一匹。
しかしそれは、全長7・8メートルほどあり、
体をくねらせ、自分が開けた穴を通って、
また湖の中へと戻っていった。
「あんな大きな魚、ここにいたんですか?」
ミナトさんに確認を取ると、彼女は首を
左右にブンブンと振る。
「あのような大きなものは、川でも湖でも
見た事はありません!」
「おそらくこの湖のヌシなのでは……!」
「とにかく危険です!
ここを離れましょう!!」
まあ確かに、氷を割って飛び出してくると
いう事は―――
明らかにこちらを捕食対象として見ている、
という事だろう。
こちらからは攻撃不可能な氷の下で、
いつでも襲い掛かれる、というのは圧倒的な
アドバンテージに違いない。
そんな事を考えているうちに、またどこかから
氷を割って巨大イワナは出現し、
天人族は避難のため、すでに空中高く舞い上がり、
となると地上組は私たちしかおらず、
私は空にいるミナトさんに向かって、
「アレ、倒すとマズい事とかありますー?」
「えっ!?
いえ、た、倒せるなら倒して頂いた方が」
許可が出た事で、私は家族と向き合い、
「こっちで氷割るの面倒だし、
次出て来たらやろう」
「私やアルちゃんでもやれると思うけど?」
「うむ」
「ボクもー!」
そう言うメル、アルテリーゼ、ラッチに、
「食材はなるべく傷が無い方がいいでしょ」
「そっかー」
「まあそれもそうだのう」
「じゃー逃げないようにするね!」
と、家族間で合意が取れ、
「!」
と言っている間に、またあの巨大イワナが
氷を割って近くに現れたので、
「淡水に住む魚で、サケやイワナの仲間で……
これほど巨大になる魚類など、
ましてや氷を割って出てくるなど、
・・・・・
あり得ない」
私がそうつぶやくと、巨大イワナは一瞬
ビクンと氷上で跳ねた後、
体を小刻みに震えさせ、それでも何とか
また水中に戻ろうとしてか、割った穴に
近付こうと体をくねらせるも、
「逃げるなコラ」
と、ラッチが尾ビレを捕まえて、そのまま
穴から遠ざけるように投げ、
その光景を天人族たちは、空からポカンと
見つめていた。