……巨大な影
…目の前の人間による陽動でしかない……この女の行動は愚の骨頂…否、それ以上の自殺行為
そこまでの痴呆による戯言
耳を傾ける必要など無い
調律者ジェナはそう考え、一切視線をスミレから逸らさない
「………無駄だ。お前が何をしようが何を成そうが、全て無駄なのだよ。
最も、我々『頭』に喧嘩を売るその傲慢さは評価するが───」
………一つの風切り音
処刑者…爪が上空を見上げれば……
「……!!!」
『それ』を認識した爪はすぐさま調律者を抱え、飛び退いた
……何故そんな事を───
……ぐちゃり
凄まじい勢いで高所から落ちてきた”それ”は…嫌な音を出しながら赤色をまき散らす
先までジェナが居た場所には…一つの死体
先程以上の高所から落下した為か手足は複雑に折れ曲がり、衝撃に耐えきれなかった肉体から内臓が溢れ……見るも無惨な有様となっていた
その一つを皮切りに、数多もの死体が雨のように降ってくる
「……っく……」
最初までは自身に直撃しうる死体全てを線によって逸らしていた…が、やがて限界となり更に後方へ下がる
…それでも、死体の雨は止むこと無く降り続ける
ぐちゃり
ぐちゃり
ぐちゃり
ぐちゃり
…ぐちゃり
……数十秒程が立っただろうか
先程まで清潔であった周辺は既に死体の山、臓物で満たされた足場、鮮血の海が広がっていた
ジェナがその死体の顔を覗けば……
「……正気とは思えないな。」
…スミレがR社で複製した…1万5,000余りの自らの複製体
『頭』の規定によって7日以上存在してはならないという規定
規定を破ることは翼の剥奪を意味する…にも関わらず、R社が部外者の複製体による流出の許可を出した理由
…スミレは自分の複製体全てを殺害し、T-09-86《地獄への急行列車》によってこの場まで運んだのだ
──────
R社内にて
(……私が抽出出来るE.G.O.の数には限りがあった
…私はE.G.O.が無ければ一般人程度の力しか無いことはもう身に染みて分かってる。
E.G.O.無しで『頭』を相手取れるとも思えない
……なら、このままの私は肉壁にもならない様な足手纏いでしかない)
本物の『私』は苦しそうな表情をしながらも、『私』へ『ミミック』を向ける
「……貴方も私なら……分かるでしょ。
……だからこそ謝らせて
……ごめんなさい。」
「……………そっか。
……ハンスを、よろしくね。」
「……終わった様だな。
あまりこう言った事は言いたくないが……貴方は正直……」
「イカれてるよね。
……でも、必要なことだから
”私達”もきっと納得してくれた。」
「そうか…そうだな。
貴方の複製体の死亡は確認した。
それではその死体達は煮るなり焼くなり好きにしてくれ。」
「………本当に、ありがとう。」
列車内の一つに話し掛ける
「……うん。………ちゃんと、その想いにも応えるから。
………任せて。」
だから───
─────
…自らの山へ一歩踏み出す
吹き飛んだ左腕も、両足も腹部も何もかもはとっくに治っており、その『ミミック』は調律者へ向けられていた
「……!!!」
「……………。」
今度は私が見下ろす形となる
……勿論、良い気分などではない
足元を見れば自分の苦痛に歪んだ死に顔と目が合う
……この『私達』がどんな気持ちで此処まで来たのかも、全部知ってる
でも……その果てに、私に託すしか無いなんて……私には想像も出来ないし、したくもない
…だからこそ、絶対に止まらない
止まってはならない
「……《永久の食事》」
そう言い放てば…調律者、爪の足元から巨大な芋虫が顔を覗かせ、一気に喰らう
しかし……やがて芋虫の口から光が漏れ出て行き…途轍もない衝撃と共に口が開かれる
辺り一帯にまで響く程の衝撃であった
そうして口の中から出て来たその姿は…強く拳を握った調律者に、此方へ武器を向ける爪であった
瞬間
先程と同じ様にその爪は私の腹部へ突き刺さり、私は砕け散った空間へ押し出される
「………O-04-72《地中の天国》」
先程と同様に…周りの景色が移り変わるフィルターの様に変化し続けていた
…でも、私が目を伏せた瞬間
「…!!!」
爪の腹部を、赤い幹が貫く
「…《作られた神》…っお”ぇ”っ」
私の背後に現れる4つの石板
…と同時、先程までとは比べものにならない量の吐血
頭がカチ割れる程の衝撃と耳鳴り
真っ白になる視界
…その全てを即座に治す
「────!」
巨大な黒い一槍が爪へ直撃する
…が、消し飛ばすでもなくただ吹き飛ぶのみであった
………堅過ぎないか?
そう思っていると…私の周りが調律者の光線に似た光で囲まれ……
「O-03-88《次元屈折変異体》」
案の定私へ向かってきた為、O-03-88《次元屈折変異体》を私を中心に生成し、光線の軌道を全て捻じ曲げる
そうしてその光線の主へ視線を向ければ…
未だに余裕気な表情を浮かべていた
「…処刑者。」
「…!」
背後で先も聞いた音が響く
そして…視認すら不可能な程の速度で私を切り刻み続ける
『黄昏』『ジャスティティア』を用いて防御するが…やはり殆どが捌ききれない
傷が増え、塞がる度に足元の死体が減ってゆく
(……私の目的はお前じゃなくて……)
…爪が私の喉仏へ迫る
「……《爪》」
そう、小さく呟いたその瞬間
眼球の裏から血液が溢れた瞬間
全く同じ姿形の存在が、爪を遥か彼方へ斬り飛ばした
そして…先程までの余裕気な表情は何所へやら
眉間を寄せ、こちらを睨む人物へ視線を向ける
(あなた何だよ………調律者。)
数十分程が経った
…次の瞬間には即死しているかもしれない
そんな状態が常に付き纏う為、一秒一秒が長く感じる
その十数分の間に…私の四肢も胴体も腹部も何もかもは破壊と再生を繰り返し続けていた
流石に頭を潰されるのは不味い為、他の部位を犠牲にしていた
…それでもなお、私は一切の疲労もなく攻撃を続ける
彼女の右手の役割をする爪は未だに私が生成した《爪》と戦闘を行っており、こちらへ手出しが出来ない様子であった
刹那。私の眼前まで光の一閃が迫る
「……F-01-02《マッチガール》」
光の線が二者間を埋めた瞬間
互いが互いの視線から外れた瞬間
…私は小さく呟き、調律者の背後へF-01-02《マッチガール》を召喚する
身を翻しつつ左手の『黄金狂』で光の線を逸らす
とんでもない音が私の左手部分から鳴り響き、衝撃で右肩まで吹き飛ぶ
その勢いを利用して半回転
そのままもう片方の手で逆手に持った『ミミック』を──
…F-01-02《マッチガール》の爆発で眼前まで吹っ飛んできたジェナの、心臓へ突き刺した
「…ッ!!!お前──」
駄目押しに左手の『黄金狂』をジェナへ叩き付ける
「《愛をください》!!!」
吹き飛んだ先へ石板を叩き付ける
そして《作られた神》による黒い槍、赤い手、白い触手、蒼い眼で一斉に攻撃する
先程までの多少の切り傷とは異なる、重い一撃
これで殺しきる必要は無い
…というより、殺しては不味い
吹き飛んだ調律者へ視線を向ける
……まだ息はあるようだ
…どれだけの身体施工を積めばあれだけ…
だがこのまま大量出血で──
「…っまず」
視界の端
此方へとんでもない速度をしながら向かってくる爪を視認する
…が、無視して横たわる調律者の元へ駆ける
「…………よしっ……O-01-64《貪欲の王》」
調律者の首根っこを掴み、すぐさまO-01-64《貪欲の王》によって創られた魔方陣へブン投げる
そこに私も入ろうとして……
「………っ」
間に合わない
と判断した為すぐさま振り返り、首を落とそうとする爪の斬撃を『黄金狂』、『ミミック』で防ごうとした
……のだが、長距離の助走を経た爪の斬撃を完全に止めきる事は出来ず、私の喉は掻き切られた
「…チ”ッ……」
血液混じりの舌打ち
掻き切られた喉から大量の血液が流れる
すぐさま死体で回復を…と思ったのだが、如何せん列車内には死体など一つも残っていなかった
…O-01-64《貪欲の王》の魔方陣で向かった先は、遥か天空で待機させていたT-09-86《地獄への急行列車》の列車内であった
爪、もしくはまた新たな調律者が来ては不味い…
そう思った為、すぐさま列車を発車させる
目的地…外郭の研究所へ
…あのAが私をL社へ入社させたあの時
正直殆ど覚えていないが…私の記憶を覗き、ハンスを捜しているという情報を盾にされた記憶がある
…それならば、この調律者をAの研究所へ持って行けば図書館の情報を得られる…そう考えた為にこのような暴挙へ出たのだ
その為R社へ向かった後、下見は既に行っており、研究所の場所も情報の引き抜き方も全て把握済みである
…後は研究所まで向かえば………
「………ふふ」
思わず笑みが零れてしまう
もう一度貴方と
次こそは貴方と……
「……お前は……何をしでかしたか理解していない様に見える……。
『頭』を…惹いては都市そのものを敵に回した訳だ……」
仰向けで動かない調律者が話し出す
……本当にしぶとい
殺さないかだけが不安であったが…これなら心配なさそうだ
「……分か”ってるよ。だからわざわざこ”んな事を”……
…………ゲボッ」
切り裂かれた喉から溢れる血液を抑えきれず、吐き出してしまう
(…別に…回復手段は死体だけじゃないのか…)
確かに最初は脳が割れる程の衝撃が走るが…これだけの時間があれば回復量が勝るであろう
「D-01-106《ピンクの兵隊》…ゲボッ……」
また血を吐き出す
やはり二体以上…ましてやAlephだと負荷は大きい
…やはり先程のAleph四体同時生成は…周りに死体が無い限り、ほぼ自殺行為の様だ
ゆっくりと喉が治っていき、話を続けようと調律者へ向き直り……
「………何を………」
……調律者は仰向けのまま天井へ手を伸ばし…力強く握った
その表情は…嘲笑う様に私を眺めていて…
(あれは…一番最初に一撃で《永久の食事》を殺した……)
……っ!!!まず───
巣全体に響く程の衝撃が、調律者ジェナを中心に走る
…その衝撃によって全身から血が噴き出し……列車はくの字に折れ曲がる
「………こんの……!!!クソッタレが……!!!」
列車が…何より私が
高度を維持し続ける程の体力を今の一撃で持っていかれ、列車は下へ下へと墜ちてゆく
……都市全体を見渡せる程の高さから
「図書館は都市の不純物だ………
………此度も、都市は廻り続けるであろう。」
地が凄まじい速度で近づく
「っ!!!T-09-……《3月27日の─…
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