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《フィオ視点》
これは僕の夢。
十三歳の僕が、死のうと思ったときの記憶。
僕は歳を十六と誤魔化し、賭博場に入っていた。
僕のチップは砦のように積みあがっていた。常に勝ってるわけじゃない。少額で負け、勝つときに大金を賭けていただけだ。
最初は隣の卓の客がチラチラ見てくる程度だったのに、いまでは誰もがゲームを放棄して、半円を描くように人垣ができていた。
「スタンド」
合計十五。ディーラーは無言で自分のカードを開く。十六。ルール上、もう一枚引くしかない数字だ。
カードがめくられる。
十。ディーラーの敗北だ。
ディーラーのチップを寄こす指先がわずかに硬い。動揺が見て取れる。
「あなた強いのね、どうして勝てたの?」
やじ馬から出てきた貴婦人が、後ろから話しかけてきた。帽子を目深に被っていて、クリーム色のドレスを着ている。
僕はハンドサインでディーラーとやり取りしつつ、貴婦人と話した。
「残り六枚はK、J、十、十、八、七。ヒットすれば何が来てもバストだった」
「え、何で残りのカードがわかったの?」
「このテーブルのカードの流れを見て、全部覚えてたから」
「イカサマ?」
「ルール上禁止されてない。常人の記憶力じゃ無理だからね」
貴婦人が僕の顔を横から覗き込み、口元に手を添えた。
「どうしたの? あなた、泣き腫らしてる眼をしてるけど」
「家族が死んだんだ」
「お父さんか、お母さん?」
「血のつながりはないよ。戦争で親を亡くして泣いてたとき、たまたま隣で泣いてた子たちだ。僕らは自然に仲間になった。ロイ、キース、ルネ、ミラ……みんな殺された」
「殺されたって、誰に?」
「町のギャング団。この賭場を牛耳る胴元だよ」
「……あなた、ここに何しに来たの?」
「賭場を潰してやろうと思って。ブラックジャックは賭場対客の試合が楽しめるゲームだ。あと四倍ほどチップを増やすと、賭場が運営不可能なレベルで資金を喪う額になる。奴らはきっと、大金をせしめたクソガキを殺すだろうさ」
「あなたが死んじゃうじゃない」
「やたらと湧いてる観客の中に、新聞社の記者が混じってるだろ? 明日の一面は決まってる。『少女の死を巡る謎! 賭場エース・クラブの闇に迫る!』ってね。 醜聞は広がり、奴らはもう賭場を営業できなくなる。上納金を払えず、格上の組織に消される」
「あなたが死んでるじゃない」
「それって気にしなきゃいけないこと?」
これまでのチップすべてを賭けた、最後の大一番が始まる。
ディーラーが新しいカードを配る。
周囲が息を止めた。
僕はカードを覗き込み――小さく肩をすくめる。
ブラックジャック。
どよめきが起きた。
賭場によくあるざわめきではなく、劇場で名場面を見たときのような、少し浮ついた空気になった。
胴元の男がヒステリックに喚く。
「クソが! ガキも新聞記者どもも、全員生きて返さねえ! 皆殺しだ! 先生、やってくれ!」
突然、店の中に黒い靄が漂った。
今日は満月のはずなのに、窓の外が真っ暗になる。窓に寄って暗闇の奥に手を伸ばすと、しっとりと冷たい感触がそこにあった。
「何だこれ、壁がある……出られない?」
貴婦人が外を観察しながら言った。
「魔術ね。ギャング団が結界を張れる術師を雇ってたみたい」
「魔術、初めて見る」
逃げ場を失った客たちに、ギャングたちが銃口を向ける。
「残念ね、私の魔術が君にとって、初めてなら良かったのに」
不意に、銃を構えた男たちの手が凍りついた。彼らは身動き一つできず虚空を見つめている。その身体は震え、ところどころ白い霜柱に覆われている。
靄が晴れ、窓からは月が見えるようになった。結界とやらは解かれたらしい。
「結局怪しい奴みんな凍らせたし、誰が術師かわかんなかった……ま、いっか」
「……お姉さん、何者?」
「私、白凍の魔術師って呼ばれてるの。さて、これであなたの復讐は終わりかな?」
「……うん」
「よく頑張りました」
貴婦人は僕を抱きしめた。もうそれまでに涙が枯れるまで泣いたはずなのに、彼女の胸の中は暖かくて、僕は大泣きした。
浮浪児の集まりの中で僕が一番年長だったから、自分より大きな誰かの胸の中で甘えるなんて、はじめての経験だった。顔は涙でグズグズだったのに、貴婦人は服の汚れも気にせず強く抱いてくれた。
「あなた、名前は?」
「……フィオレンティア・ロウ」
「ねえフィオ、あなた、帰るところはある?」
「ない。大事な人はみんな亡くした」
「……そう。それなら、私の屋敷に来てみない? 聡明なあなたなら大歓迎よ。私の話し相手になってほしいの」
「……いいの?」
「私はあなたの大事な人になりたいし、あなたには、私にとって大事な人になってほしいな」
「お姉さんの名前は?」
貴婦人は帽子を上げる。二十歳くらいに見えるその人は、少女のように天真爛漫な笑みを見せた。
「私はロザリア・グレイヴよ」
僕も笑って、強く強くロザリア様を抱きしめた。
今でも思うんだ。
僕が、ロザリア様のメイドになれてたら良かったのに。
変態当主様に目を付けられなければ良かったのに。
僕が王子様にならなければ良かったのに。
何か一つ運命が違えば、僕は彼女と親友になってたと思う。
主従関係ではあるけれど、きっと同じ目線で、一緒に笑いあえたと思うんだ。
だけど、そうはならなかった。
そうはならなかったんだ。
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