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死線を越えた人間は、かつて死にかけたときの記憶を夢に見るものらしい。
夢の中、僕はロザリア様に抱かれてた。
「んー?」
目を覚ますと、僕はノクス様に抱かれてた。
僕を抱き枕の代わりに寝てたのかと思ったけど、見上げると、ばっちりと目があった。
多分一晩寝てないぞ、この人。
「一晩中、人の寝顔を覗いてたの?」
「……いや」
ノクス様がばつが悪そうに顔をそむけた。
――意地悪なもの言いをしてしまった。
僕の容態が急変しないか心配で、ずっと見張ってくれていたのだろうと思う。
ただ、この人の口からそれを言うことはないとも思う。
大体、彼の人柄が分かってきた。当初思っていたよりも、可愛い人らしい。
「ん?」
頭の重さに違和感を覚えて髪を触り、異変に気づく。僕の髪はいつの間にか腰の長さまで伸びていた。
「何これ?」
「再生の魔術の副作用だ。細胞を活性化させ、自己治癒力を高める過程でこうなる」
「ああ、ノクス様の長髪、それファッションじゃなかったのか。道理で」
「私の長髪はファッションだ。君は今、何に納得した?」
「うーん、あのボブカットはグレイヴ卿の趣味だし、せっかくならロングに……いやでも、前髪はパッツンにしたい」
「君は今、何に納得した?」
ノクス様を無視し、鏡の前で前髪を横一文字にそろえる。うん、自分でやった割にはきれいな出来だ。
ノクス様がまだ何か言いたそうにしている。
「どうかした、ノクス様? 髪型のことならもう……」
「君は今、何で切った?」
「あれ、ごめん。この髪型嫌だった?」
「違う。何で切ったじゃない。何で切ったと訊いたんだんだ」
「え……あれ?」
僕は両手を広げて見せた。手ぶらだ。鋏なんかない。
けれど足元には、切り落とした前髪がきれいに揃って落ちている。
「……今、魔術を使った?」
右手のひらに刻まれた紋から小さな熱を感じた。
魔術師にとって魔術は、身体の一部ということか。
歩くという所作は、腕を振ろうとか足を曲げようとか意識することなく、その動作を終える。魔術もまた、それを使おうと意識して使うものではないらしい。
生まれて初めての魔術なのに、これじゃ何の感慨もわかないな。
広間の食卓で、ノクス様と横に並んで食事をしながら、二人で頭を捻らせていた。
同じ方向に首を傾げ、二人そろって難しい顔をしながら、もそもそと食べる。
「切断……斬撃の魔術か? 鎌鼬を生み出す魔術師もいるが……」
「斬撃……何かしっくり来ないなあ」
「君の勘は大事にしよう。無意識のうちに本能で感じ取っていることが、謎を解く鍵になりうる」
「感覚的には、少なくとも刃を飛ばすとかは無理そう。ロザリア様みたいな広域攻撃もできないと思う。相手の頭を掴んで、脳みそをグチャグチャにするとかはできるんだろうけど……」
そんな至近距離まで敵に接近できるなら、ハンマーで殴りかかった方がマシだろう。
戦闘に役に立つ力ではないと思う。強い力が得られるとも思ったけれど、これは期待外れだろうか。
「できないことは分かった、逆にできそうなことは何だ?」
「うーん、手元にあるものしか斬れないけど、もっと細かくできそう」
「微塵切りということか?」
「いや、細かくの意味が違う気がする」
首を傾げながら、僕はデザートのサクランボを両手のひらに入れた。皮と種と蔓がひとまとまりになって左手に、実の可食部だけが右手に残る。
「解体の術式か」
「斬撃よりはそっちの方が正しい解釈かな。でも、もう一段上がある」
僕が右手の実を手のひらに包むと、今度はそこから水があふれ出る。手元には白い粉末だけが残った。
「その白い粉は?」
「果糖、ブドウ糖、ショ糖、オリゴ糖……舐めてみない? 甘いよ?」
ノクス様に手のひらを差し出す。
「やめろ。絵面が変態すぎる」
僕としては見てみたい気もするが、確かに彼が嫌だろう。この提案、グレイヴ卿なら狂喜乱舞して、砂糖どころか手の感触まで全力で味わいに来るんだろうけど。
手のひらの粉を口の中に入れる。甘いけど、おいしくはない。有機酸もエステル類も失われてしまったから、酸味も香りも感じない。
「知識があれば、望むものだけの抽出も可能みたい」
「分解の魔法……いや、分離の魔法と呼ぶべきか? 望むものだけを抜き出せる力……」
「使い道あるのかなあ、これ? ハズレだったりする?」
「いや、大当たりだ」
ノクス様が左手を差し出す。黒い鱗に覆われた、竜の腕だ。
「私の魔術は戦闘に向かない。だから私は紋を持つ魔獣――その中でも強力な術式を持つ竜の死骸をその身体に埋め込んだ。おかげで私は竜の魔術が使えるが、当然、代償はある。身体に繋がる異物の処理に常時追われることで、私自身の再生の魔術は弱まっている」
「へえ、今そういう状況なんだ」
「そこで君の魔術が役に立つ。私の身体から竜の腕を抽出して外してもらう。私はそこから、人間の腕を再生する」
「え? でもそんなことしたら、もう竜の魔術がつかえなくなるんじゃ……」
「鱗や血肉などの異物を選別して分解し、竜の回路を残してほしい。私は人間の腕を再生しながら、竜の回路をそれと繋ぐ」
「意味ないでしょ、それ。結局、竜の魔力回路と人の腕との拒絶反応に苦しむから……振り出しに戻るはずじゃ……」
――いや、そうか。
――昨日の今日で忘れるなんて、どうかしている。
「……賢者の石」
「賢者の石の効果を厳密に言うと、”肉体と魔力回路が接するとき、二分の一の確率で、両者を適合可能な形に設計し直す”こと。私が人の腕と竜の回路を繋ぐ中でも、その効果を発揮する……かもしれない」
「言い切れないんだ」
「仮説の段階だからな。とにかく試してみよう」
「僕は大歓迎だね、この実験。その鱗は堅くてさ。次に抱かれたとき困るなあと思ってたんだ」
言ってから、失言だったと気づいた。
ノクス様が首を傾げる。
「何だ? 君は私に抱かれる予定があ……」
――そこに思い至ってもらっては恥ずかしい。
彼が言い終わるより早く、僕はノクス様の左腕を破壊した。