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前書き
今回の話には、
『99.ツナギ』 と、
『103.新しい先生』の前書き部分
の内容が含まれています。
読み返して頂くとより解り易く、楽しんで頂けると思います^^
役目を無事終えて、お腹も膨れたコユキは、上機嫌で口笛なんか吹いちゃったりして、園内を出口に向かって歩いていた。
お気に入りのリゲティ・ジェルジュの一節を、呼吸困難気味になりながら口ずさんでいると、突然話しかけられた。
「お、リゲティの『悪魔の階段』ですね? ちょっとお話しさせてもらっても良いかな?」
声のした方へ向き直って見ると、今更感が否めないコスプレをした青年二人がこちらに笑顔を向けて立っていた。
――――流行りに合ってるとはお世辞にも言えないわね、今時『両さん』って! 連載終了からもう四年だっていうのに、やれやれ
コユキが思っていると、二人の内の一人が距離を詰めながら、言葉を続けた。
「実はこの近く、園内でちょっとした事件があってね、少しお話し聞きたいんだけど、大丈夫だよね?」
もう一人は逆に少し離れてから左胸の無線機に向かって何やら報告をしている。
「現在、作業員風の中年男性にバンカケ中です」
!!
――――やばい、コスプレじゃなかった! ガチ物のマッポじゃん! 東京って事はピーポの手下ね、心して掛かろう
「何か、あったんですか?」
いつもより低めの声で、ワザとしわがれた感じで聞き返したコユキであった。
「ええ、何件か通報がありましてね、半裸の女性、痴女って言うのかな? 園内を徘徊しているらしくてですね、お父さん、見かけませんでした?」
――――!! 良かった、目撃証言が欲しかっただけか、アタシの事じゃなくて良かった、いや、アタシの事なんだけど……
「……見・て・は いないですね」
嘘は言ってはいない、自分の姿を見てはいないのだから。
「えー、そうなんですか? 先程から園内で聞いていると、多くの方が、いえ、ほぼ全員が見た、若(も)しくは噂で聞いてるって言うんですがね?」
言って、ギロギロとこちらの内心を窺うように眺め回してくる。
コユキは心中で冷や汗を掻きながらも、ポッケから先程食べたレストランのレシートを取り出して、若い警官に見せながら言った。
「飯を食っていたんだ。 表の騒ぎには気が付かなかっただけだ」
これも、嘘では無い、正確には騒ぎが収まってから食ったんだが。
レシートを覗き込んだ警官はボソッと呟いた。
「え、一人でこんなに? 化け物、か…… はっ、これは失礼、因(ちな)みにこちらへはお独りで?」
コユキは首肯(しゅこう)して答えとした。
「ええっと、お独りですか? お仕事中にお独りでねぇ? 何か目的でも?」
コユキは覚悟を決めた、全力(大嘘)で誤魔化し切る事に決めたのであった。
「何ってシャンシャンに決まってるじゃないか? あんた等東京の人には珍しくも無いんだろうが、俺達地方の人間からすれば下手すりゃ一生に一度だぜ? 赤ちゃんパンダなんてな! こちとら仕事でもなきゃ、東京自体来る事なんか、まず無いんだからよ、空き時間がありゃ、スカイツリーとシャンシャン位は押さえとくのが普通なんだよ、普通! 分かる?」
中年男性風味で、それっぽく語ったコユキだったが、警官は更に質問を重ねた。
「地方からいらっしゃたんですか? 因み(ちなみ)にどちらから、東京へはなんのお仕事でしょう?」
コユキは思った、ここが正念場だ、と。
「三重県の松阪だよ、港区の中央卸市場の食肉市場に松阪牛を出荷に来たんだよ、こんな事聞いてどうするんだ?」
少し離れた場所で無線を使っている警官の方から、小さく『アライグマのキャップ――』と聞こえた気がした。
近くの警官はワザとらしく笑顔を大きくして、またもや質問をして来た。
「いえいえ、少し興味が有ったものですから、ところでお名前と年齢、教えて貰っても良いですかね?」
「あ、辻井(つじい)道夫(みちお)、三十九歳だけど、なんで? 」
堂々と当たり前の様に答えるコユキだったが、内心ではガチブルであった。
警官はコユキの質問に答える事無く、無線係の相方へと顔を向けたままであった。
十秒ほど経過して、無線を胸に戻しながら頷く姿を確認すると、コユキの方に振り返り自然な笑顔を向けて言った。
「いやいや、お時間取らせてしまい大変失礼いたしました。 御協力感謝いたします。 でわ!」
敬礼をして去っていった。
すっかり、肝を冷やしたコユキは、さっさと懐かしい田舎へと帰る事にしたのであった。
同じ頃、揃って目を覚ました二匹のカバは、遠い目をしながら話し合っていた。
『すごかったねぇ、どっちも…… 強かったよねぇ、旦那様』
『……ああ、あの最後まで立っていたニンゲンが、あの二人と力を合わせるんだ、ガタコロナにも勝てるだろうな』
『そうだね、大丈夫だよね、きっと、それに春には援軍も来るみたいだしね』
『ああ、『わくちん』だったか、名前じゃあ強さは分からんが、あのニンゲンが頼りにしてるんだ、任せて大丈夫だろう』
『なんか、うち達の出る幕じゃなかった? かな、てへへ』
『俺達は俺達の仕事をしっかりやるだけだ、人々を楽しませるって仕事をな…… それに』
『それに?』
『『わくちん』を加えても、万が一ニンゲンが負けそうだったら、その時は俺達の出番かもしれないぞ!』
『そっか、そうだね、その時は頑張ろうね、旦那様、あっ違った、『ジロちん』!』
『ああ、がんばろうな『ユイちん』』
二匹の会話に、西園の動物達がそれぞれ大きく鳴き声を上げて、同意を示したのであった。